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【 Ep.1-001 物語は尿意と共に始まった 】

「ああああぁぁぁぁぁああああ、漏れちゃうっ!!漏れちゃうってぇぇぇぇええっ!!!!」


 夕暮れの光が差し込む木々の中で、狐耳をはやしたかわいい少女がそう喚いている。どうにもこうにも限界が近いらしく、特徴的な耳はしなった様に折れ曲がったり、ピンと立ったりピクピクとせわしなく動いている。お尻から生えているもふもふの尻尾も制御不能のようでバタバタと動いている。


「ねぇセラ落ち着いて?ログアウトしてトイレいけばいいじゃない?」


長身のイケメンエルフの男性が頭を少し傾けながら狐耳の少女セラに問いかける。


 "ログアウト"……そう、ここはVRゲーム世界なのだ。尿意はあるにはあるが、それは現実で催しているというアラートの様な物なのだ。一度ログアウトして現実世界で用を足せば何ら問題はないはずである。だが――


セラと呼ばれた狐耳の少女は顔を上げ、涙目で問いかけたエルフに訴える。


「それがっ、ないんだよっ……、メニューのどこにもログアウトの表示が見つからないんだよぉ……」


消え入りそうな震える小さな声でそう訴え、脚は細かくプルプルと震えてダムの決壊は近そうである。もはや声を大きく出す事すらままならない。状況が状況だけに手早く告げられた内容を確認するエルフの男性。


「え、嘘?ちょっと待って…って本当にどこにもない……?!ケント、あんたも調べてみて!」

「え?ああ、ちょいまち……ってホントに無い。え、マジで???」


呼ばれたヒュームの男性ケントも、中空に浮かぶ半透明のウィンドウを見つめつつ右手で何かを操作する。そんなやり取りをしている間にもセラのダムはギリギリの一線で堪えている。もふもふの尻尾は毛が逆立ちながら股間の前にいっている始末である。


「リツ、女の子ってどうやっておしっこしたらいいの?教えて?助けて!!?は、早く……ぅう~~~」


セラはリツと呼ばれたエルフの男の裾を掴んで離す様子がない。いや、もはやその行動は無意識で、裾を掴んだ事も認識してない程余裕がない。


「え、あー……そうよね…中身女なの私だもんね……ほらセラ、ゆっくりでいいからそこの茂みに行くよ」


 リツにそう声を掛けられ、不自然なまでの内股のままセラはリツに連れられ小刻みに震えながら近くの茂みへと慎重に進んでいった。

 ケントはそうやってゆっくりと茂みに向かっていく二人を見ながら、漏れそうな時の歩き方というのはどこでも共通で内股になるのか……等というどうでもいい思考をして気を紛らわせていた。何しろ彼は童貞である。そうでもしないと平静を保てないのである。それが例え中身が同じ男だとしてもキャラクター外見は少女のそれなのだ。


「ケントはちゃんとアッチ向いておいて!セラ、下脱げる?ってその服だと難しそうだね……それなら股のところの布をずらしてするしかないわ。多分だけど男女でそこまで差はないはずだから臍の下のところ、膀胱を意識しながら力めば大丈夫なはずだよ」


 リツのいうアッチを向きながらケントは何か引っかかりを感じた。


「なぁリツ……ゼノフロってハラスメントガードあったはずだよな……?」


「あ……そういえば、胸は触れたり下着までなら脱げたけど、下半身のキャストオフはできなかったはずだったよね……?」


「ああ、リツが合流する前にセラと二人で色々検証してたからそこらへんは確認済み。異性間でも胸までは大丈夫だったけど、下半身は下着の露出までしかダメだったよ。」


「ずらすのもそれならアウトのはずだけど、セラを見る限りできているんだけど……。この短時間にパッチでも当たったとか?でもそんな事するかな?っとセラ、終ったらその右手にある葉っぱでちゃんと拭くように。その種類ならかぶれとかは出ないはずだから」


「わかった……」


 ガサゴソと音をたてつつ葉っぱを毟るセラを横目にリツは思案する。


『セラ達と合流する前にハラスメントガードの検証はしていたんだよねー。まぁ向こうも同じ様な事してるとは予想してたけど、 こればっかりは異性の前ではしづらいからしてないしね……。私が確認できたのはNPC相手だと胸もNG。触れる直前でアラートが出る。プレイヤーであれば胸までは大丈夫で、下半身は下着までで脱ぐ事もずらす事もできなかった。それに……さっきから不思議なんだけど、森や草、木々の知識が体の中から湧いてきている……。ログアウトメニュー消失といい、何かしら問題が起きているのは確実……か。』


思考しながらリツは徐に自身の下着の腹側を引っ張り、できた隙間から中をみる。


「――っ付いてる!!」


思わず声が出た。


「ねぇリツ……自分のナニ見て恍惚な表情するのやめてくれない?後、涎……」


 心底嫌そうな顔でケントがリツに告げる。成人しててもケントは童貞なのである。女子と少し喋る事はあっても付き合うどころか手を繋いだ事もない。現実の女性がどのようなものか、女子会での女同士の会話が割とえげつない事など知る由もない。ましてやリツは今でこそ外見は線の細いエルフの優男だが、中身は女性である。その上属性的には「腐」の付く側に位置しているので下方面に抵抗はない。そこまでの事情を知らないケントにとってリツは幻想破壊者(イマジンブレイカー)なる存在なのだ。

ピュアか。


「ちょっと、セラからも何か言ってやってよ!」


そうやってセラに水を向けるも、そのセラはと言うと、


「鬱だ……死のう……」


とブツブツと地面に向かって俯いて呟いていて話にならない。

一体何年前のネットスラングだ。


 いくら可愛らしいアバターの姿とは言え、中身は成人したアラサー手前の男性である。或いは酒にでも酔っていれば、それを言い訳にできたかもしれない。だが、悲しいかな完全に素面の状態で人前で醜態をあられもなく晒したとあっては精神ダメージは致命傷に近い。


「も、もうダメぽ……」


ケント、お前もか。



――この後セラが正気を取り戻したのは、たっぷり30分かけた後の事である。


大丈夫か、このパーティ。



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