【 Ep.1-018 遭遇 】
ザリガニ――もといデミゴブリンを、その後も連携攻撃で屠りながら俺達は森の奥へと向かっていた。どうやら三、四匹で一つのグループを組んで行動するのがデミゴブリンの習性らしく、単独行動をとる個体は殆ど見掛ける事が無かった。こういった習性を考えてみると、所謂フィールドダンジョン扱いのこの「アルバの森」は適性レベルのソロプレイヤーには難易度が高い様に思える。
初遭遇するモンスターでも、二、三度戦えば初心者エリアのモンスター故か、行動パターンも読める様になり、楽に倒せるようになってくるというのはステータスの上昇と共に、気付かぬ間にVR世界に馴染んできた証左だろう。
道中複数のパーティと遭遇したが、大半のパーティはデミゴブリンを難なく倒せているのに対し、幾つかのパーティはデミゴブリンの小人容姿を倒す事に生理的嫌悪を感じるようで苦戦していた。小人と言っても可愛くもないし、そこまでのものかなぁ?とは思うがこればかりは感性の問題だけに難しい。苦手な物は人それぞれ違うし、かくいう俺自身はこのVR世界で巨大な虫系のモンスターに遭遇したら、年甲斐もなく逃げ出す自信がある。
冒険者間のルールというべきものなのか、戦闘で苦戦していても明確な救援要請がない限りは手出しはしない。戦闘中でなくてもすれ違う時などは会釈する程度だ。知り合いなどがいればまた違うのかもしれないが、今はまだそこまでの交友関係もないので無難なやり取りに努める。
そうして森の奥へと進むにつれ、パーティの数も減ってくる。モンスターの数は反比例して増えてきて、巨大なキノコの化け物であるファンガスや、ドライアドと呼ばれる草の妖精みたいなものも出没し始めた。中でも目を引くのはトレントと呼ばれる動く巨木のモンスターだ。
巨木がそのまま意志をもって徘徊している光景は、VR世界と認識していても中々に強烈な印象を受ける。巨木がベースなだけあって、その動きは緩慢で大雑把だが、芯の詰まった木の腕から繰り出される攻撃をまともに受ければ大ダメージは間違いないだろう。窪んだ洞の中にぼんやりと灯る昏く白い眼からは、知性というものは感じられない。目に付いた敵を本能のままに襲う程度の思考しかできないのかもしれない。
それが事実であるかのようにトレントと初遭遇した際、ケントの剣は相性が悪いのかダメージの通りが悪く、リツの風魔法も耐性があるようでダメージが出ずに撤退したのだが、トレントの視線を"切った"後に一定距離トレントから離れると、何事もなく徘徊行動に戻ったのである。
さてこのトレント、元が樹木なだけあって剣や鈍器、槍、弓等幅広く耐性を持ち、魔法に対しても風属性と地属性に強い耐性を持ち、水属性は下手をすれば回復してしまうという逆効果になる程である。然しながら斧系統の武器と火属性魔法には滅法弱いという極端なステータスをしている。
これらの情報を知れたのは、必死こいて一体のトレントを倒して図鑑機能で確認したからだ。大分苦労したのだが、ケントが敵対心を取ってトレントを引き回し、リツと二人でトレントの背後からチクチク攻撃してトレントのLPを削る地味な攻撃作業を10分もかけたのだ。
比較的安全な方法ではあったのだが、ドロップアイテムやその手間暇を考えると非効率この上ない手段だった。何しろ引き回している間も他のモンスターにエンカウントするのだ。その際ケントは回避と防御に専念してもらって凌ぎつつ、残り二人で追加されたモンスターを処理する。絶え間なく戦闘を継続しなければならないので消費されるマナが回復しない。魔法職のリツが6分経過時に自衛用のギリギリのマナを残して無力化し、そこからのメインダメージディーラーが俺だけになった。リツのマナがある程度まで回復するまでは、ケントがより神経を使って最小限の範囲を引き回す。
幸運だったのは、ハルバードがトレントには有効な武器であった事だ。「刺突」などの槍スキルは大したダメージは出ないが、アックスブレードも付いている事から分かるように、ハルバードは戦斧としてもカテゴライズされる武器種だ。偶然にも特攻武器であった事から戦斧系攻撃スキル「スラッシュインパクト」を中心に攻撃し、高LPを誇るトレントを三人パーティではあるが、実質一人に近い状況下で10分で倒せたのだ。
その後十分に休息を取り全員のマナを回復させ、前述のトレントの情報を確認し、次からはケントは武器を片手剣からデミゴブリンから回収した石斧に持ち替え、セラとケント二人で攻撃を担当し、リツがサポートに回る事でどうにか安定して倒せるようになった。
安定してきた頃に、セラが≪天恵≫【狐火】を使用してみたところ、煌めく青紫色の炎はトレントを瞬時に包み込み焼き尽くした。あまりの威力の高さに三人共驚いたのだが、直後セラがマナ不足に陥り倒れるという事態に至った。マナコントロールに失敗しただけだとセラは主張したが、大事を取ってここぞという時以外は使用禁止と二人に言い包められ、暫しの休憩を挟む事となった。
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森に入ってからそれなりのモンスターを狩っているおかげで、依頼品以外のアイテム類も大分溜まってきた。トレントからドロップする名前そのままの「トレントウッド」は様々な用途があり、武器だけでなく建築材へも使える。また装備品のドロップもそこそこあり、リツが「ビギナーズワンド」から「トレントウッドワンド」へ持ち替え、俺は「ビギナーズハルバード」からポール部分がトレントウッドになった「フォレストハルバード」に。ケントは武器は支給されていた「ブロードソード」から、3回目に倒したトレントからドロップした「グラディウス」に持ち替え、盾は簡素な「ウッドシールド」から所々薄い鉄板が打ち付けられた「トレントラウンドシールド」に持ち替えている。
防具はデミゴブリンがドロップした「スタッズレザーブーツ」へと三人共履き替え、ケントは初期装備品の「革の胸当て」から鋲打ちされた「スタッズレザーブレストアーマー」へと着替えている。俺は「革の胸当て」はそのままに、その下へ「ドライアドシュミーズ」を着用した。細い蔦で編みこまれたアンダーウェアにあたる防具だが、通気性も良く肌触りも悪くない。リツも初期装備の「ビギナーズローブ」から「ドライアドローブ」へと着替えていて、薄緑から深緑色のローブに模様替えしている。
序盤という事も関係しているのだろう、モンスターからの装備品のドロップ率は悪くはないと思う。ただ、レア品ではなく普通の一般等級品なので売っても二束三文にしかならないと思われる。
この世界の装備品は、開発者の趣味嗜好がふんだんに取り込まれており、その等級によって特殊な効果が付与されていく仕組みになっている。
最下級で何もエンチャントされていない一般から順に、魔造、希少、唯一、伝説、遺物、神話と希少性や付与される効果に差が出てくる。同じアイテムで同じ等級でも、基本的に同じ付与効果が付いているという事はない。これはどうしても単調作業になりがちなMMOゲームの狩りを飽きさせない為のハクスラ要素だそうで、俺がゼノフロンティアに惹かれた要素の一つでもある「ランダムエンハンスドシステム」である。
装備を着々とアップデートしながら、『エビルトレント討伐』の討伐対象を探索するが、遭遇するのは普通のトレントばかりだ。時間沸きなのか、POP場所が決まっているのか、既に討伐された後なのかは不明だが、それ以外の依頼は後は報告して納品するだけという状態なので、一度村に戻った方が良いかもしれない。
――そう考えていた時だった。
「逃げろーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」
「きゃあああああああああああああああああ!!!!」
「こっ、こっちにくるな!!!!!!」
「助けてくれぇぇぇええええっ!!!!!!」
前方からズズズ、ドシン!ズズズ、ドシン!という地鳴りと共に、他のプレイヤーの出す悲鳴と絶叫が届いてきた。
※ハクスラ
ハックアンドスラッシュ(Hack and Slash)の略。
hack(切り刻む)とslash(叩き斬る)を組み合わせた言葉で、もともとはTRPG発祥の言葉ですね。
筆者はDiabloからネトゲにハマり込んだ重篤患者なのでこの手の物に非常に弱いです。




