【 Ep.1-017 デミゴブリン 】
マイティボアとのタイマン戦を何巡かして依頼達成ラインの収穫を得たので、俺達三人はデミゴブリンが出現する森の奥へと移動した。因みにベギンバッタの捕獲とワイルドチキンの肉集めは済んでいる。マイティボアのクエストをやっている間、一人はマイティボアと対峙し、次に戦う一人はその補助をし、残った1名は付近でベギンバッタ等の捕獲と役割分担していた。時々マイティボアではなくワイルドチキンも襲ってきていたのでついでに依頼をこなせた。ワイルドチキンは名前の通り鶏の一種でマイティボアより強くはないが、ムキムキの太い筋肉が着いた脚を武器に跳びかかってくる中々獰猛な鳥だった。
先頭をアニールの俺が務め、聴覚を活かして索敵しながら森の奥へと進む。神経を研ぎ澄ませれば虫の位置でもわかる精度を発揮できるが、その分隙も多く無防備に近い状態になるのである程度のところで精度は抑えている。そうして暫く進むと複数の何かが動く音と気配がする。
「少し前の方に複数体何かいる」
「その背丈じゃ視認し辛いだろうし、俺が先に行って見てくる。ちょっと待ってて」
リツと頷いてケントを斥候に出す。複数体の音源に近づいていくケントが出している音が聴覚を通じて手に取るように分かる。ある程度距離を詰めたおかげか、嗅覚にはドブの様な匂いが薄く漂ってきていて思わず顔を顰めてしまった。
少しして音を出さないようにしながら小走りで戻ってきたケントは、やや興奮した様子で結果を語った。
「居た!三匹セットのゴブリン!あ、いやデミゴブリンか。薄青色の肌で120㎝くらいの小人っぽいのが。顔がなんかしわくちゃの爺ちゃんみたい!」
「という事は、おr…ボクと同じくらいの身長くらいかな」
小さい身体は当たり判定も小さく、回避力が自然と高い肉体的ステータスではあるが、そのメリットの代わりに当然デメリットもある。基礎の身体能力は同種族の大きめの対象と比べるとどうしても少し劣った物になる。勿論、経験値を積んで基礎能力そのものを底上げすればその差は大した問題ではなくなるが、すぐにその差を埋めれるわけではない。他に分かり易いものだと歩幅や、リアルとのボディバランスの不整合さが出たりすると言う点だろう。
「さっきから思ってたんだけど、セラのその身長だとやっぱり視界的に辛い?VRだと今までのゲームと勝手が違うから大変そうに見えるけど」
「うん。ボアの時に実感して思ったけど、想定以上に視界によるアドバンテージの差があるよ。視点が低い分速度も実際より早く感じちゃうし、クリーンヒットのタイミングが計りづらいんだよね」
「私は逆に身長伸ばしてるから、視点の高さと視野の広さにまだなれてないね。でもまぁそこまで困ってはないから…多分、セラの場合はリアルとの身長面でのギャップが大き過ぎたせいだろうね」
「二人とも同調させた身長にしないからそういう事起きるんだよ。俺を見てみなよ。ナリは弄ったけど身長はそのまんまなんだよ?そうやって変なところに拘るからそんな苦労するんd ガハァッ?!」
セラとリツ、二人の共通点であるキャラクターメイキングの拘りという地雷を見事踏み抜いたケントが、二人から同時に鳩尾への突きを綺麗に決められていた。バカな男である。
「「何か言い残す事は?」」
「ずいばぜんでじた…っ!」
そんな茶番を挟みながら、足音をできる限り立てずにデミゴブリンが見える位置へと移動する。そこにはケントの言っていたように、薄青色の肌をしている小柄なデミゴブリンが三匹居た。それぞれ薄汚い襤褸切れを纏い、手に棍棒、石斧、粗末な槍を持っている。さっきから匂っているドブの様な匂いは恐らくあれらが纏う襤褸切れが原因だろう。眉間に皺を寄せつつ三匹を見ているとケントが声を掛けてきた。
「セラ、どうする?」
どうする?とはどうやって倒すか、つまり作戦はどうする?という意味だ。依頼討伐対象をみすみす逃すと言う選択肢は今の俺達にはない。言葉を発してないが、目線をこちらによこしてリツも聞いてくる。
「リーチ的に槍は一番最初に潰したい。リツの遠距離魔法で槍持ちを攻撃して潰して、ケントを前面に出して残り二匹に攻撃しよう。ボクはケントの後ろに隠れる様にギリギリまで追随して、左から出て片方を仕留める」
相手は雑魚モンスターだが、だからと言って最初から舐めてかかるのは良くない。小規模な集団戦だと認識し、どの敵から優先的に倒すしていくかを決めなければならない。そういった場合の定石は回復役から順に、遠距離攻撃が可能な相手等リーチが長い相手、リーチが短い相手という風に、最初は集団の要となる回復役から無力化し、次に攻撃レンジの長短で決めていけばいい。勿論、相手との力量差等によってそれらは変化するが、大筋では今述べた感じでやればいい。というわけで定石通りにリーチの長い槍を最優先ターゲットにして、此方のロングレンジ攻撃で潰し、残りを処理するという方針で行く事にした。
「おーけーおーけー。なら俺は最低でも一匹は確実に引き留めればいいんだな」
「私は初弾で相手を仕留めないといけないか…。少し緊張するね」
気楽な感じのケントに比べてリツは少し緊張しているように見える。
「そんな気張らなくても大丈夫だよ。一撃確殺は理想だけど、何秒間か無力化できればそれでもいいわけだし。それに失敗しても十分リカバリーの効く相手だよ」
「そう?そう言ってもらえると気が楽になるね」
「ま、失敗しても俺とセラがカバーするからどうにかなるって!それでも失敗したら笑って済ませればいい。そうだよな、セラ!」
「もち!」
一撃で倒せれば言う事はないけど、別にそこで完璧を求めているわけではない。それにまだまだ序盤のエリアなわけで、肩肘張ってやる様な場面でもないだろう。最悪全滅したとしてもそれはそれ、馬鹿やったと互いに笑って済ませればいい話だ。そもそも俺達は三人共神経同調型VRゲームの初心者なんだし、そういう場面もいずれ出てくるだろう。そうなったら次にその反省を活かせばいいだけだ。
フォローを入れて気持ちを落ち着かせ、それぞれ得物を手に取り戦闘態勢へ入る。多対多の戦闘は今回が初めてとなるが、きっと大丈夫だろう。
「じゃ、リツのタイミングに合わせて攻撃開始って事で」
三人で顔を見合わせ頷く。ケントは盾を体の前面に構え、いつでも突撃を掛けれる様に腰を落として脚に力を入れる。ケントの後ろにはセラが付き、セラは後ろ手にハルバードを構えて腰を低く落として突撃に備える。
リツが深呼吸を一つ入れ、詠唱に入る。短い詠唱の後、セラとケントに<纏風脚>を掛け、続いて先程より長めの詠唱に入る。今まで使っていた<風切弾>と違う詠唱に周囲の空気がビリリとざわつく。
(ここで新しい魔法を使うとか、相変わらずリツの肝座ってるなぁ……)
横目でリツをチラ見しながらセラは思った。
紡がれていく詠唱は徐々に形を成し、詠唱者であるリツの両手杖の先端に留まり発動の時を待つ。
「<電撃>!!」
リツのその声を引き金に、雷魔法である<雷撃>が発動する。野球ボールより二回り程度大きい雷の属性を宿した光球を放ち、掠っただけでも軽い気絶状態にするという、初級の魔法としてはかなり高性能な魔法である。
眩い光球が槍を持ったデミゴブリンに向けて飛んでいく。突然の攻撃に虚を突かれたデミゴブリン達は、間近に迫ったそれが何なのか理解できず、回避する事はできない。
「グギャッ!」
持っている槍で防御しようとしたデミゴブリンだが、槍に当たった<電撃>はそのまま武器から手を伝わって全身へ雷撃を走らせる。<電撃>がデミゴブリンにヒットしたタイミングでケントが駆け出す!その陰には姿勢を低くしてハルバードを引っ提げ追随するセラがいる。
魔法に当てられた槍持ちのデミゴブリンが力を失って後ろに倒れ、状況を理解する間すらないタイミングで猛烈な勢いで自分たちに迫ってくる人間の姿に、デミゴブリンは思考が追い付かず武器すらまともに構えられていない。
「せやぁあああっ!!!」
剣を振りかぶり右側の石斧を持ったデミゴブリンに狙いを付けたケントが吼える。
「ギギャギャ!!!」
「ギャガガ!」
目前に迫ったケントの咆哮にようやく敵襲だと認識したデミゴブリンが武器を構えて戦闘態勢を取る。ケントは左側のデミゴブリンからの棍棒での攻撃に、盾を合わせて弾き返しながら右側のデミゴブリンへと剣を振るう。同時にケントの影から左手へセラが飛び出す!
「ガゲッ?!」
突如出てきたセラに、棍棒を弾き返され体勢を崩したデミゴブリンは目を剥いて驚く。防御をしようにも足は半分ほど地面から浮いていて体に力を籠める事など不可能。その側面に回ったセラは既に刺突のモーションに入っていて、セラの強烈な刺突がデミゴブリンの右脇腹へと突き刺さる。
ザシュッ!!
ドッ!!!
「グギッ!」
「ガッ…!!」
ケントとセラの攻撃がほぼ同時に攻撃がヒットし、デミゴブリン達は濁った呻き声をあげ苦悶の表情を浮かべる。ケントが振るった剣は右肩口から胸まで切り裂き、傷口からは緑色の血液らしきものが勢いよく噴き出している。左手に持っていた石斧でケントに対して最後の悪足搔きを狙うデミゴブリンの攻撃は届かなかった。それもそのはず、セラの刺突は棍棒を持ったデミゴブリンの右脇腹を貫き、その奥側の石斧持ちのデミゴブリンにまで達していたのだ。
「グェ……」
ボトリと手にしていた武器を地面へと落とし、苦悶の表情を浮かべていたデミゴブリン達から力が抜け、だらりと体が倒れる。二匹のデミゴブリンの死を確認して、セラは突き刺さっていたスピアーヘッドを引き抜くと、ドサッと二匹のデミゴブリンは地面に転がった。ケントは足蹴にして一番最初に<電撃>を受けたデミゴブリンの反応を見て、此方も既に息絶えている事を確認した。そんな二人の場所へ、したり顔のリツが軽やかな足取りで歩いてくる。
「どうだったー?初めて使う魔法にしてはうまくいったでしょ?」
爽やかな笑顔のリツに対し、ケントは明るく、セラはやや呆れ気味で答える。
「中々いい感じの連携プレイができたよな!にしても、リツは相変わらず度胸あるなー、あの局面で新魔法使うなんてさ」
「ほんとリツは変なところで度胸あるよねぇ……」
「驚かせてごめんねー。でも一応<電撃>を使った理由もあるんだよ?」
「ほーう?」
「ボアの時も使おうと思えば<電撃>は使えたんだけどね。クリーンヒットしなくても、掠れば気絶効果が見込めるから有用ではあるんだけど、<風切弾>より消費マナが多いし、動き回る相手には<風切弾>のが向いていたんだよね。態々非効率な手順踏んで倒すより、サクサクっとやった方が楽じゃない?それと今回はFAするから間違って<電撃>が仲間に当たって気絶する事もないし。それに風魔法はある程度撃った後も操作は出来るんだけど、雷は上手くいかなくてさ」
「エルフの種族補正とかでその辺上手くいかないの?」
「どうだろうね。種族特性よりも魔法適正の補正の方に引っ張られている感じかな。樹木が多い場所だと身体能力が微妙に上がる種族補正はあるけど」
「そっか。まぁ理由は理解できたよ」
リツの説明を聞くに、確かに魔法の選択は理にかなっていた。今後範囲魔法等を習得したら、仲間との位置関係や、その魔法の特性を考えて使用する必要がありそうだ。強力な攻撃手段ではあるが、その分使いどころを見極めないといけない仕様といい、この世界を構想し、基本設計を作ったCCCのゲーム思想は中々のガチ勢だと改めて認識した。
「あっ……?!」
そんな中、リツの説明中にドロップ品を回収しおえて、倒した敵のデータを参照できる図鑑機能を見ていたケントが声を上げた。
「何?」
「あぁ、いやさ、ゴブリンとかホブゴブリンとかはよく聞くけどデミゴブリンってあんまり聞かないじゃん?」
「そう言われると確かに珍しい名称だね」
「だから図鑑機能を見て由来とか読んでたんだけど……」
「だけど……?」
「んー……自分で見た方が良いんじゃないかなこれ……」
消化不良気味の話され方でオチも告げられない。流石に気になるのでセラとリツもメニューウィンドウから図鑑機能を選択し、"デミゴブリン"の項目を詳細表示した。
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ある魔術研究者が研究の補助の為、実験生物として野生のゴブリンを捕獲し、扱いやすい生態へと改良を重ねて作り上げた人造魔物である。当初、従順な性格の個体が多く製造され……
(中略)
……かくして研究所から逃亡した数匹のデミゴブリンは、その後野生環境に再適応・順応し、爆発的な自然繁殖で世界各地へ広がりながら増殖し今に至る。
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「……なるほど」
妙に納得した顔になるセラとリツ。そして何を言いたいか理解してもらえた顔のケント。三人は辿り着いた結論を同時に口に出した。
「「「ザリガニだコレ!!!」」」
……何やってんだこの世界の魔術研究者。




