【 Ep.1-016 ファーストハント 】
やや薄暗い森の中、柔らかな光が柱状に差し込むその奥から『ピギィイイイイイイッ!!』と動物の悲鳴が響く。悲鳴の発生源はケントの前で横に倒れるマイティボアだ。本物の猪に比べればやや小さめのサイズではあるが、その変わりに肉体は引き締まっていて脚力は馬鹿にできない。
攻撃方法はその脚力を活かした突進だ。まともに当たれば怪我の一つや二つでは済まない程度には威力がある。だが突進の軌道は一直線にしか動けない上、その前動作として2,3回前足で地面を掘った後、鼻先を下げてから突進する。この単調さのおかげで動きは読みやすい。VR初心者に回避方法を覚えさせる為にいる様な存在だ。
俺達は三人でパーティを組んでいるが、今はそれぞれ一匹につき一人で相手をするようにしている。まずは自分自身の得物に慣熟する事が優先だ。いきなり三人同時で戦闘をするにも、そのあたりの基礎がしっかりしていないと仲間に怪我をさせてしまう。このゲームの難しさはそういった「同士討ち」の概念もちゃんと導入されている点だ。
そんなわけでパーティを組んでいるのに1対1という構図ができているのだ。勿論対峙していない二人が何もしていないというわけではなく、リツは全員に<纏風脚>をかけて回避しやすくしているし、俺は俺で戦闘終了時に<手水>で喉を潤したり、怪我を負った時に<治癒水>で治している。リツも回復手段として<治癒>を使えるので、マナさえあれば怪我は治せるが、メインのヒーラーのマナがいざという時に少ないといけないので、基本的にマナが切れてても近接攻撃の手段で戦う事の出来る俺がなるべく回復するようにしている。
理由は他にもあって、メインクラスを[侍祭]にしているリツは、クラス補正がかかって保有マナは前衛クラスに比べて多いが、俺自身は[狂戦士]なので保有マナの総量は低い。なので、余裕がある時に魔法を使用する事により、スキルアップを図ってマナの総量を増やそうという魂胆なのだ。狐獣人は種族特性としても魔法ステータスへの補正が強く働くらしく、同じ様に余裕がある時に魔法を使っているケントに比べて能力の伸びが良い。
倒れたマイティボアから素材回収したケントに<手水>で出した水を渡して、今度は自分が前に出て戦闘担当としてマイティボアを索敵する。
この森の中は奥へ進むにつれ、腰までの高さもある背の高い草の茂みが増え、樹木が思い思いに生えている為視界はそこまでよくない。二人よりも背の低い自分には余計に視界の悪さが足を引っ張るが、視界に頼らなくとも種族特性を活かせばそんな不利な点も補える。何せ今の自分はアニール。獣の良い点をその身体に宿した種族なのだ。鼻をスンスンと動かし周囲の匂いを伺い、馴染んできた自分の狐耳に意識を集中させて音を拾っていく……。
「居た。前方やや右斜め前おおよそ30mの距離」
「アニールはそういうところ強くていいなぁ。そのうち俺も作ろうかな」
「さっきみたいな調子だと当分先になるんじゃない?バフなかったら直撃してたでしょさっき」
「そのうち慣れるさ、俺は単純にスロースターターなだけ!」
「そういえばラインアークでも何でもそつなくこなす割りに、新種族とか出た時は上手く使うまでが随分と長かったっけ……」
『フゴォォオオオオオオオオオオオッ!!!!!!』
二人が会話に気を向けてたところへ前方の茂みから突進状態のマイティボアが現れる。視界的には相手の反応範囲外だったはずだが今はそんな事を考えている暇はない。タイミング的にケントとリツの二人は虚を突かれた形で、戦闘状態に入っているのは俺だけだ。
二人の目前に迫ったマイティボアの前に滑り込む形で割って入り、フルークを下側にし、武器全体をやや傾けて地面に対して斜めにハルバードを突き刺す。瞬間、傾けてあるアックスブレードの刃に沿うようにしてマイティボアの突進を逸らす事に成功した。
「二人とも油断しすぎ。それともう少し距離とって」
短く注意して、再び突進を仕掛けようとこちらに反転動作をしているマイティボアへと構える。
「わりぃ」
「ごめん」
謝る二人に軽く顎を振って下がるように促す。此方に向きなおしたマイティボアは自慢の突進を逸らされた事に腹を立てているのか、明らかに"敵対心"は俺に向いている。距離をとるために後退した二人には一切目もくれてないことからそれは明らかだ。
ザリッザリッ
突進の前動作が入る。後は鼻先が下がれば突進してくる。フスッと鼻を鳴らし、スッという効果音でもなりそうな自然な所作でマイティボアは鼻先を下げた。
―――来るっ!
初動から3秒もかからず最高速度に達して突進してくるマイティボア。今の俺のアバターは身長が低く、視線も当然ながら低くなる為想像以上に速く見える。ハルバードを左前半身構えに持ち、スパイクの先端を相手の眉間に合わせて呼吸を整える。
狙うは槍の基本「刺突」だ。
ハルバードは普通の槍とは違い、アックスブレードとフルークがある為重量がその分嵩む。ある程度の重心バランスは考えられてはいるが、それでも使い勝手は槍とは微妙に違う。そのバランスを意識して手に力を入れ、少し捻る。手持ちのハルバードのスパイク部はニードル状なので捻りを入れても破損はしないだろう。
そんな思考を僅かな時間している内に猛烈な勢いでマイティボアが眼前に迫ってくる。一層腰を落とし、インパクトのタイミングを計る。自身のハルバードを大きな銃だとイメージし、左手を筒に見立て、右手の捻りを撃鉄とし発射に備える。
衝突まで後15…12…10…8…5…3…ここだ!!!!!
溜めてた捻りを開放し、スパイクの先端部に全体重を乗せ、身体全体が一本の槍を銃弾として撃ち込むイメージで相手の眉間を狙い突き出す!
『ドッッ!!!!』
という鈍い音と共に、柄から掌に骨が砕ける感触が伝わってくる。やや遅れてからマイティボアの突進の威力がスパイク部から柄へ、柄から掌を通じて体、脚へ伝わってそれを地面へと受け流す。ズズズーッっと地面を抉りながら後退しつつ突進の勢いを殺していく。
完全に勢いがなくなったのは2mほど後ろにノックバックされた後だった。相手がしっかり死んでいることを確認してゆっくりとスパイクを引き抜き、スパイク部についている血を得物を振るって飛ばし落とした後、背中に回してホールドする。
「ふぅ……。二人とも気を抜きすぎだよ?」
深く息を吐いて呼吸を整え、二人を指さし注意する。
「…悪い、油断してた」
「ごめん。私も気が緩んでたみたいだ」
半目で少しだけ睨んでみるけど、二人の様子がおかしい。最初は普通に謝ってる空気だったのに、今は何故だか全身が細かく震えている。
「…?」
思わず首を傾げてしまう。
「「ブフッwwww」」
となぜか二人同時に噴出した。意味が分からない。
「なに?」
「だってさwwwセラそれwwwww」
「完全にツンデレ系キャラそのもののテンプレ言動だよw」
「は?……え???」
二人の目の前には腰に左手を付け、やや前のめりの態勢で右手で二人を指さす膨れっ面のケモ耳少女がいたのだ。二人がそう思うのは仕方のない光景だった。




