【 Ep.1-014 パーティ登録 】
「ここまでの説明で何か質問はございますか?」
微笑みながら聞いてくるリントさん。他の受付嬢もそうだが、厭らしさのない笑顔は素敵だと思う。これまでの説明は要点を押さえてわかりやすく、分からない点は何もない事を伝える。
「それは良かったです。冒険者登録ついでにパーティ登録もされていかれますか?」
ケントとリツが俺の方に顔を向けてくる。間違いなく俺が決めろって事だよな。パーティ登録をするのは当然だが、パーティ名どうするか…。ファミーリアと合わせて未だに結論が出せない。
俺が思案して固まっているのを見た二人は、
「セラ、パーティ名は?勿論アレだよな!」
「当然アレにするんでしょ?」
と、既に二人は確固たる"答え"を持ち、俺もそれを選択するのが当たり前であるかのように話しかけてきた。だからつい確認してしまった。
「…本当にアレでいいの?名乗れば気づく奴は気づくし、今後やりにくくなるかもしれないよ?あの名前はネームバリューは確実にあるだけに、同時にそれ故の呪いじみたデメリットもあるんだよ?」
「そんなもん今更っしょ。既にそのナリで嫌でも目を惹くっていうのにさ?」
「それに遅かれ早かれセラは良い意味でも悪い意味でも有名になる性質なんだから諦めなさいな。」
二人は俺の懸念など些事であるかのようにバッサリと切り捨てた。良くも悪くも二人ともセラの様々な部分を知り尽くしているのだ。今更新しい名称にするよりも、今までの看板を背負って行く方が返って気が楽なのだろう。…この二人がそう言うのなら俺もこれからの事を一緒に受け入れよう。
「……わかった。待たせてすみません。リントさん、この3人でパーティ登録をします」
「承りました。パーティ名は如何なさいますか?」
「"天兎"でお願いします」
――"天兎"。読みは"テント"。最初は"あまうさぎ"と呼んで欲しくて付けたはずが、みんなしてテント、テントと読んだおかげで"テント"の方に定着した自分のギルドネーム。最初こそ不満はあったが、他の大御所が大規模集団になるにつれ内部格差でギスギスしたり、メンバー間の問題が多発したりする中、俺達は徐々に仲間が増え、しかし決して大規模にもならない、それでいて妙に居心地のいい場所。そんなギルドになっていった。そうした境遇に、"テント"という読み方も存外悪くないと思う様になった。
だが物事は良い事だけではない。兼ねてより活動していたBOT排除や不正プレイヤーの排除活動時の過激さが、一般プレイヤーの目に恐怖の対象として映り、畏怖される様にもなっていったのだ。良くも悪くも有名になるにつれ、それに尾ひれ背ひれが付いて回る。そしてマスターの俺自身の言動の激しさに、負けず劣らずの個性の強い仲間達。匿名掲示板の工作対象として晒し板の常連。排除されたゴミ共が逃げ出した先でまた不正行為を働き、そこの住人からゴミを押し付けた存在として逆恨みをされ、プレイしていないゲームでもその存在は年々着実に広がっていったのだ。
故に歴戦のネトゲプレイヤーにその名は認知されていて警戒対象とされるようになった。憧れ、畏怖、様々な感情の対象になりうるその名称は、新しい世界でプレイするにあたって足枷になるんじゃないかという懸念が俺にはあった。これから合流する仲間はまだ受け入れてくれるだろう。だが、此方で新規で入ってくる奴にまでその業を背負わせる事はしたくないと、どこかで思っていた。
だが違う。俺のその考えは間違っていた。ケントとリツの二人は"そんな俺達を認め、受け入れ、共に歩む事ができる奴"こそが新たに仲間に加われる奴だとそう言いたかったのだろう。これまで歩んできた中で起こした行為と結果。そこから目を逸らし、蔑ろにしていたのは俺だった。
リツの言う様に、遅かれ早かれ俺達は目立ってしまうだろう。きっと俺達の行動はこれまでとそこまで変わらないのだから。それなら開き直って、これまでの看板を背負っていく方が"らしい"のかもしれない。それこそがきっと俺達のプレイスタイルなのだろう。
「では、セラ様をパーティリーダーとし、ケント様、リツ様の3名でパーティ"天兎"として登録致しますね。もう一度冒険者タグをお預かりさせて頂きますので提出お願いします」
タグを再提出したところで後ろの方がざわついている事に気付く。
『おい、あいつら今"天兎"って言わなかったか?!』
(言いました)
『どうせ偽者じゃねぇのwww本人が知ったらぶっ殺されるんじゃねw』
(その本人なんだよなぁ)
『なにそれ有名なの?』
(世の中知らなくていい事もあるんだよー)
『マジモンならあまり近寄りたくはねぇなぁ。あそこの連中やべぇやつばっかだろ確か……』
(どんな噂聞いてきたんだ君)
『逆に今の時期なら加入するチャンスじゃね?』
(しっかりしてる奴なら歓迎するけど、変な奴は弾くぞー)
『つーかさっき受付嬢がセラ様って言ってなかったか???』
(流石耳いいねぇ、エルフの君)
『じゃぁそこの狐獣人の美少女が、あの"悪魔の帝王"って呼ばれてる奴なのか?!』
(不本意ながらその通りでございます)
『なら残り二人は誰だ?今でも主体はラインアークだろ?』
(そうですね、あそこに残ったメンバーも大多数居ますね)
『エルフはわからんが、男の方は笑顔の殺戮者じゃね?』
(ケントも大概な二つ名付けられてんなぁ…)
『だとしたらあのエルフも相当やばい奴なんじゃ……』
(Exactly!リツも負けず劣らずの悪魔だからな。でも絶対それ以上口にするなよ!)
好き放題言われているが、この程度の事は何度も経験しているので軽く受け流す。そもそも年単位でバカみたいな数の誹謗中傷や煽り、挑発を受けてきた俺達の耐性は高い方だろう。"俺達の逆鱗に触れなければ"という条件はあるが、それに該当する言動さえなければ鼻で笑って聞き流すだけだ。
「予想通り早くも話題になり始めたなー」
「この調子だとファミーリアも同じ天兎にしたら更に盛り上がるね」
二人もこんな調子なので幾分か気が楽だ。恐らくこうなる事も事前に予想していたのだろう。ガヤガヤとざわついている集団へと聞き耳を立てていると、手続きを済ませたリントさんがタグを持ってきた。
「お待たせ致しました。こちらが刻印しなおした冒険者タグになります。依頼は一階の受注フロアにある掲示板に貼り出されてあります。対応する依頼と同じ番号の依頼札を受付に持って行き、受付受理されれば依頼受諾となります。今後の皆様のご活躍を職員一同期待しています」
相変わらず素敵な笑顔で一礼するリントさん。そのうち受付嬢の人気ランキングとか作られそうだな。そんな笑顔に見送られて一階の受注フロアへ階段を降りていく。すれ違う人々の顔はみんなこれからの展開に目をキラキラさせている。俺達の居なくなった二階は去る前に比べて賑わいを増しているが……知らんわそんなもん。




