伝説を作るな!
長くなりました
その後、僕の指という被害があったものの、大学生たちの手伝いもあり、多大なる苦労と怪我の末、お化け屋敷『13日の金曜日』は何とか完成を迎えた。13日じゃないけど。
その間は特に問題といった問題もなく、強いて上げるならば血だらけの不気味なフランス人形が大量に出来上がったこと、それからオーブンをかなり広く設計した生徒会長が一緒に入りたいともめにもめた結果、嬉々としてロープを取り出してきた樟葉先輩に雁字搦めに縛られたことくらいだろうか。スタッフがいちゃついてるお化け屋敷って、別の意味で帰りたくなるよね。
ちなみに僕の役割をもう一度確認しておくと、最初は1つフランス人形を出しておいて、物音を立てながら増やしていく。簡単に言えばそれだけである。ちなみに人前には出ない。だから、服装はこだわる必要がなかったのだが。
……なぜかお祭り騒ぎの好きな『愚者』はめちゃくちゃ凝った格好をしてきたのである。
「……なんで包帯してるんですか?」
「え、そんなのファッション包帯に決まってるじゃない。お化け屋敷するんだったら、これくらいは普通でしょ? ゆーくんもミイラになってみる?」
「なりません!」
両手両足、果ては首元にさらに左目まで。包帯を巻いてきたのである。朝あったらこの状態だったし、ここまで来る途中に職務質問されなかったのか不安になる格好だ。そして。
「それから、そのアンバランスな格好は何なんですか!」
「え、これ? セーラー服と黒ポンチョだけど」
「そういうことを聞いてるんじゃない!」
それは見たらわかる! そうじゃなくて!
「冗談だって。ほら、このお化け屋敷のタイトルってあれでしょ。『13日の金曜日』と言えばジェイソン、殺人鬼だよね」
「ジェイソンって誰だ!」
「殺人鬼の名前だよ。トリビアトリビア~」
知らん。というかまた無駄な知識が増えた。
「ま、ともかく殺人鬼をイメージして見ました。あ、セーラー服はネットオークションね」
でしょうね。うちの学校ブレザーだし。どうでもいいけど。
「ちなみにナイフも用意してあるよ。銃刀法違反だから出さないけど」
「先に言っときますけど、僕ら裏方ですからね! 前に出ませんからね!」
「知ってる知ってる。こういうのは気分だって」
そう言いながら生徒会長を縛る姿は、本物の殺人鬼と被って見えた。流石に、それはないよね? 樟葉先輩?
「ふう、この衣装、ちょっと蒸し暑いね。それに、化粧も落とせないし」
「まあ、全体を覆ってますからね」
昼休み、深草さんの弁当を食べ、黒装束から着替えた深草さんと話しながら、休息をとる。黒装束から着替えた深草さんと話しながら、なんか、汗びっしょりのせいか色っぽく見えるんですけど。ねえ、なんでこんな攻撃してくるのさ。
「私の方も暑いよ」
「だったら脱いでください!」
あなたは装飾過多だ!
「なっ!? 乙女に脱げというとかゆーくんは変態か!?」
「ちゃうわ!」
オーバーに反応するな!
「どう考えてもポンチョと包帯は要らないでしょうが!」
「チッ、騙されなかったか!」
誰が騙されるか!
というか、樟葉先輩は包帯を外すべきだと思う。深草さんが四人前作ってきてくれたのに、さっきから箸が使えてない。左目完全にふさがってるからね。
「でも、包帯巻くの結構時間かかったんだよ。具体的に言うと昨晩から」
「徹夜ですか……」
なんで、そこにそんな労力をかけるんだ……。
「いや、そのまま寝た」
「まじですか!?」
「朝起きて一瞬寝込みを襲われて病院にいるのかと思ったよ」
自分でやっといてそれはないんでしょうか。
「そ、それはともかく、衣装に外せる所ってないんですか? 首元とか、腕とか」
とりあえず話題変えよう。この人には付き合いきれん。
「この衣装は背中にファスナーがあるタイプです。なので、外せるところはありません」
深草さんとは全然違って汗一つかいてない山科さんが言う。
「だから、頑張ってとしか言いようがないよね。あ、一応水分はたっぷり用意してあるよ」
「まあ、ここが冷房きいててよかったですね」
「でも、むしろ悠杜君にはききすぎじゃない?」
「まあ、そうなんですけどね」
幸いにして熱中症になった人はいないみたいでよかったと思う。
「だったら冷房緩める? ゆーくんは期待してるかもしれないよ?」
何がだ。樟葉先輩がこうやって笑う時はろくなことがない。
「ほら、ちょっとファスナーおろして胸元露出させてみたら? ゆーくんが惚れ直すかもしれないぞ?」
「ちょっとなんてこと言ってるんですか! あとそれから、直すってどういうことなんですか!」
ほら見ろ。
「え~、それじゃあ、私の胸でも見る?」
そう言って樟葉先輩は煽るように襟を動かす。ああもう!
「ともかく、露出とかしないでください! 仮にも僕だって男なんだから、ちょっとは警戒くらいしないと! 襲われたらどうするんですか!」
まあ、僕の方が弱いけど。
「えっと、既成事実を作る?」
「作るな!」
変なのりになるな! ただでさえ、汗の香りがして刺激が強いんだから!
樟葉先輩は相変わらずのハイである。さっきからずっとからかってきてるし。深草さんも顔を赤らめてるし。もう嫌だ、この空間。
「ねえ、ゆーくん」
「なんですか、仕事しないと」
一応先輩なので反応はする。今のところ、一応レベルが樟葉先輩で、『恋人』二人は論外か。ってちがーう! 今は仕事だ仕事!
「早くフランス人形を戻さないと、次のお客さんが来ますよ」
「はーいはい」
なんでなんでしょう。僕より無駄口を叩いてるのに仕事量が多いのは釈然としない。そんなことを考えていた時だった。
「にしてもこのお化け屋敷ぜんっぜん怖くないな」
最低な客が入ってきたのは。
おい、お化け屋敷の中でそういうことを言うな。一応オーブンだって真面目に作ったし、血文字も(樟葉先輩が)嬉々として頑張って配色から凝り上げたんだぞ。バケツの量になって泣く泣く捨てたけど。それに、どれだけ僕の汗と涙と血が流れたと思ってるんだ。
小学3、4年の男子3人組といったところか。一番やんちゃ盛りだからって、人が頑張って作ったものを侮辱するなと言いたい。もちろん、スタッフだからある程度は耐えるけど。イライラする。
「これ、人形? ダサくね」
「あ、ぽっきりいっちゃったわ」
「まじか。弱えな、ハハハ」
しかもあいつら、僕が頑張って作ったフランス人形の首をいとも簡単にへし折りやがった。あんなに、衣装に苦労したのに。まあ、胴体を作ったのは樟葉先輩だけど。
「あいつら……」
「悠杜君、ここは我慢だよ。ああいう人も少なくないんだからさ」
樟葉先輩に言われて正気に戻る。ああ、そうだ。あいつらは少なくともお客だ。イライラするけどまっとうに対応しないとな。
「ほら、さっさと片付けよ?」
そうだ、他にも客はいる。そう思って片づけようと思っていた。けれど、そこで堪忍袋の緒が切れた。
「これ、黒い服まとってるだけだぜ? 幼稚でやんの」
「俺らがこんなのにビビるとでも思ってんの」
「や、やめて」
「くらえよ」
向こうから、くぐもった息を吐き出す音。この先にいるのは深草さんだ。今の声からしても間違いない。恐らくは腹でも殴ったのだろう。
あいつらは客だと思って耐えてたけど、もう限界だ。あいつらはもはや客じゃない。荒らしだ。それに、児童館のお化け屋敷はお金を取ってない。だったら、正面から、十分、たっぷりと説教してやる。
「そこまでだよ、悠杜君」
「邪魔しないでください、樟葉先輩、やることができました」
樟葉先輩に肩に手を置かれる。でも、あいつらは説教しておくべきだ。ここは樟葉先輩に任せよう。そう思って振り返った僕は、一気に毒気を抜かれた気がした。
「わかってる。反対はしないよ。でも、私に任せてくれない」
人は自分より怒ってる人を見ると冷静になれるという。そう、樟葉先輩は、まぎれもなく怒っていた。ピリピリした空気を感じる。しかも、黒ポンチョに包帯女の笑顔だ。すさまじく怖い。
「ふふっ、あいつらにはお灸をすえてやらないとね? そういうわけで、ここは頼むよ」
「あ、はい」
「あいつらに、本当の恐怖ってやつを教えてあげる」
委縮してしまった僕が見たのは、最高に怖くて、最高に楽しそうな顔をしている樟葉先輩の顔だった。
樟葉先輩がバックヤードに沈んでいく。先回りするらしい。勢いではいっていっちゃったけど、僕も気になるし見に行こう。
「あれ、悠杜君?」
「深草さん、大丈夫ですか?」
「あ、一応、ね。それより、どうしたの?」
深草さんは声だけから判断するに大丈夫っぽかった。しかし、本当に生首が浮いてるように見えるし、一つは無表情でかなり怖いんですけど。
「樟葉先輩がなんか先走っちゃって」
「あ、そりゃ心配だね」
この先には特に何もない。かつかつと足音だけが響く通路があるくらいだ。樟葉先輩はそこにいるのかな。そう思った時、奥から声がしてきた。
樟葉先輩の、楽しそうな、狂気に侵された声が。
「あっれ~、見られちゃった?」
「な、何だこいつ」
かわいそうな小学生その1。まあ、自業自得と言えばそれまでだけど。でも、冷静に考えるとあの格好はちょっとやばいわ。
「見られちゃったんなら~、仕方ないよね~。見ちゃったんだもんね~」
「なんだこいつ、ナイフ持ってるぞ!」
どっから持ってきた、そのナイフ! あ、そういや銃刀法違反だから見せないって言ってた気がする。
「ふふっ、見ちゃいけないものを見ちゃったんなら、殺すしかないよね~。どの子からにしよっかな~」
「ぎゃぁぁぁぁぁ!!!」
どうやら、小学生たちにはそこが限界だったらしい。一目散に後ろに逃げ出した。そして、僕にぶつかって吹き飛ばした後起き上がって逃げた。いや、それ、順路逆だから。確かに、あのセリフは怖いけどさあ。
ま、いっか。スッキリしたし。
「あれ~、こんなので終わり? 手ごたえなさすぎるなあ~」
「ひぃっ!」
ちょっと、樟葉先輩、まじでその笑顔は怖いんですけど! 本気で狂ってるんですけど! それ、まじの殺人鬼に見えるんですけど!
「な、何があった! 明かりをつけろ!」
遠くから声が響く。確かリーダーさんだったかと。その声がしてから数秒後、明かりがついて、途端にスイッチがオフになったのか、樟葉先輩が元に戻る。いや、元から少しおかしいけど。
「あ、悠杜君未悠ちゃん、どうだった、私の演技は?」
ケロっと聞いてくるな!
「迫力ありすぎですよ! 何やってくれてるんですか!」
「え、だって『13日の金曜日』でしょ? だったら殺人鬼だよね?」
「そうですけど! そうですけど何やって……、って、何ですか、その左手の赤いやつ」
左手の包帯にいつの間にか見慣れぬ赤い跡ができてるんですけど。それって、まさか……? 違うよね?
「え、これ? 普通に血だけど? ナイフで切っただけだけど?」
「えっ、ちょっ、なんてことしてくれてるんですか! しかもよく見たら口の周りにもついてるし!」
と、とりあえず止血止血! リストカットってどう対応すればよかったんだっけ!? 確か人工呼吸は鼻を閉じて5秒かけて吐きこむんであってたっけ!? ってちがーう! それよりも!
「ああ、大丈夫だって。あんまり血管集まってないとこ切ったから。それに、これもナイフなめちゃって舌を軽く切っちゃったんだよね。テヘペロ?」
「軽く済ますなぁー!!!」
この日、お化け屋敷『13日の金曜日』には一つの伝説ができた。そう、そこには、黒いフードをかぶり、あちこちに包帯を巻いて返り血で赤く染めた、セーラー服を着た本物の殺人鬼が出ると。
そんな不名誉な伝説を作るな!
しかし、考えてみると、あの狂気、樟葉先輩って本当に人殺してないよね……? 大丈夫だよね? ね?
樟葉先輩……。本当に、制御不能。
樟葉先輩は狂ってますが、人は殺してません。念のため