これって、脅されたんだよね?
「ここが、フクロウを飼う予定の部屋なの。どうかな?」
深草さんに案内された部屋は、もともと納戸だったという割には整理されて、というか割りどころではなくきれいさっぱり中身が追いやられていた。すごい、壁以外何もない。
「飼う品種は何を考えてるんですか?」
「えっとね、インドコキンメフクロウってのが可愛いなって思ったから、それにしようかと」
「聞いたことない名前だ……」
そう言ってため息を吐き出す。コキンメフクロウなら千秋さんの店にもいる。名前はアリスとキャロル。アリスがメスでキャロルがオスだ。ただ、インドコキンメフクロウという品種は聞いたことがないな。確か、『シャルロット』にもいなかったはず。
「調べてみたら、飼い方はコキンメフクロウと同じでいいみたい。だから、それを教えてほしいな」
「ああ、それなら大丈夫です」
深草さんの言葉に安心する。それなら大丈夫だな。ってちがーう! そもそもなんで僕が来る前提になってるんだ。手伝いはするけどさ。フクロウはそこそこ好きだし。
「え、みーちゃんフクロウ飼う予定なの?」
「はい。誕生日プレゼントに買ってもらう話がついたんです」
樟葉先輩の質問に嬉しそうに答える。まあ、この笑顔が泣き顔に変わるところは見たくないし、とりあえず僕はできることをやりますか。
「えっと、それじゃあ、まず入り口と窓にネットが欲しいかな。フクロウたちが逃げ出さないように。この部屋まるまる一個使うってことでいいんだよね?」
「一応、そのつもりです」
深草さんと話をしながら、いくつか気になっていたことを確認していく。止まり木とか、あとは掃除用具とかはまだ入ってきてないみたい。ただ、ここはフローリングだし、見たところ剥がしやすそうだから大丈夫かな。
「じゃあ、ロストは怖いから、それは必須と。あと、この部屋って冷暖房はしっかりしてるのかな?」
「それは大丈夫。この家を建てる時に全室エアコン床暖付にしてもらったって言ってたから」
なるほど、そういうことですか。それじゃあ、とりあえず下見で気になるのはあと一つかな。
「それじゃあ、あとは」
「騒音対策よね」
その部分は深草さんもわかっていたらしい。そう、騒音対策だ。
フクロウはうるさい。泣き声がとてつもなくうるさい。2キロ離れてても聞こえるという。そのせいで近所の人とトラブルになったなんてよく聞く話だ。ああ見えて『シャルロット』には相当の防音設備が張り巡らされているからね。
「え、何? なんで二人して私を見るの?」
樟葉先輩が言う。え、だって、ねえ。カラオケで大熱唱してましたし、たぶんこの中で一番の大声が出せそうだし。
「この部屋がどのくらい防音できてるか確かめたいので、何か一曲、歌ってもらえませんか」
「えー、こんな何もないところで歌うのやだな。ってじょーだん、冗談だから、白い目で見ないでよ」
僕が言うと、樟葉先輩は一瞬いやそうな顔をした後、手のひらをひっくり返した。ああ、深草さんですね。わかります。
「それじゃあ、適当に、そうですね、10分くらい歌ってください。その間に、僕はどうなってるか調べてきますので」
「はーい」
そう言うと僕は部屋を出た。専用の機材はないけど、まあ何とかなるだろう。
結論から言えば、そこまで問題はなかった。唯一不安材料があるとすれば、部屋の北壁、庭に面するところだけど、そこまでというわけでもなかったし。市販の防音壁でも取り付ければ何とかなるかな? 素人考えだけどさ。でも、窓とかはしっかりしてたし、たぶん苦情は来ないでしょう。
「一応、北壁だけ防音壁を貼りましょう。多少予算はかさみますが……、まあ、仕方ありません」
「よかった、特に何もなくて。事前にいろいろと調べといたけどそれとおんなじ結論だったみたいだし」
深草さんが言う。おい。僕の存在意義は何だ。これ、僕、来なくてもよかったんじゃないの?
「それじゃあ、伏見君待望の勉強会を始めますか」
まあ、勉強会には参加するのだけれど。
その後、深草さんから授業内容に関して教えられ、山科さんにみっちり問題集を詰め込まれ、樟葉先輩にトリビアをこれ以上ないくらい叩き込まれた僕だったが、いや、樟葉先輩は何やってたんだ? まあ、それはいいとして、深草さんはやっぱり教え方がうまいと思う。全部、と言い切る自信はないけど、ほとんどは理解できたんじゃないかな、僕が寝てたところ。いや、ほんとにありがたいです。深草さんと関係があってよかったって思える。まあ、もともと92位だったから、別に勉強を頑張ろうなんて志があったわけじゃないんだけど。
「もうそろそろ、私帰らないといけないし、帰るね。みーちゃんまたね。ゆーくんは駅まで送ってもらえる?」
「え、まあ、いいですけど」
「え、あの、その」
あの、深草さん? 何、そんな困った顔してるんですか。
「じょーだんだよ、冗談。大丈夫、寝取ったりしないから」
「寝取るも何も、付き合ってませんからね!」
何を爆弾発言してるんだこの人は! 付き合うどころか、片思いですらないはずだからね! そう、はずだ。はずなんだ。それはともかく。
「まあ、駅も近いですし、それくらい送りますよ」
「それじゃあ、また明日、学校でね」
そのまま深草さんの家を後にする。山科さんとは別方向に別れ、駅まで歩いていた、その時だった。
「おい、伏見。お前最近ちょっと調子乗ってるんじゃねーだろうな!」
突然、見ず知らずの男子に因縁をつけられた。え、誰!? というか何!? 僕この人と初対面なんですけど!? なんでいきなり胸倉つかまれてんの!?
「おい、無視してんじゃねーぞ」
殴られる。そう思った瞬間に、拳が目の前で止まった。樟葉先輩がその拳を受け止めていた。
「いきなり暴力は感心しないな、並河君。それに、私たちは生徒会員なんだよ」
「てめえ、目障りなんだよ! いきなり現れたくせに、俺の、俺の未悠を横取りしやがって」
どうやらこの並河とかいう人は、僕と深草さんがはたから見たらいちゃいちゃしてるのがたいそうご不満ならしい。しかし、僕は命がけで駆け引きをしているわけで、そんなにうらやましがられることはないと思うのだが。特に、山科さんの仕打ちなんか。できることなら、他人に役割を任せたいものだ。
ただ、少し怒っていた。深草さんはこいつのものじゃない。僕のものだと高らかに宣言するつもりはないけれど、というかそもそも僕のものじゃないんだけど、こいつみたいな、こんなガラの悪いやつみたいなものにされちゃたまったもんじゃない。深草さんの友達として、僕は大いに怒っていいと思う。友達として。何だったら、殴られそうになった、実際樟葉先輩が止めに入らなかったら確実に殴られてたことから考えて、僕には殴る権利があると思う。
まあ、そんなことを心の中で思いつつも僕は本質的に臆病なので何も言わずにこの場をやり過ごせたらな、なんて思っていた。それが、どうやら並なんとか君の癪に障ったらしい。
「ああ、てめえ俺になんか文句あんのか! あるなら行ってみろ!」
そんなことを言われつつも、僕は意外にも冷静だった。高校に入ってからいくつも修羅場を潜り抜けてきたしなあ。それにぶっちゃけ、並なんとか君よりも山科さんの方が怖い。
「君のその発言は刑法249条、恐喝罪に相当する可能性があるけど、それでもいいの」
「てめえも俺が本気出したら一発なんだからな!」
それに、僕の横で恐ろしいくらい冷静になってる樟葉先輩がいる。この人、さっきの動きだけなら十条さんと互角なんじゃないだろうか。
「何だったら、勝負しますか。その場合、こちらにはあなたから襲ってきたということで刑法36条、正当防衛に該当しますが」
「上等だアマ! かかってきやがれ!」
そう、なんというかチンピラ的なせりふを吐いたなんとか君、もう不良でいいや、は言うなり樟葉先輩にとびかかっていった。そしてその右拳をあっさりかわされ、右の首筋と左の脇腹にそれぞれ拳と蹴りを叩き込んだ、ように見えた。早すぎてよくわからん。ただ、一つ、大きく気にかかったことがあるとすれば、戦闘中に樟葉先輩が恍惚の笑みを浮かべていたことだ。何これ、バトルジャンキー? なんにせよ怖い。しかも、なすすべなく地面に倒れた不良についていた跡は2か所じゃなかったし。
「これで終わりか。正面切って喧嘩売ってくるから強敵かと思いきや、全然そんなことなかったな、残念。あ」
そう言うと樟葉先輩は残念そうな表情から戻ってこっちを向く。
「ごめん、大丈夫だった? ダウンする前だからセーフだよね?」
「え、まあ、たぶん」
それよりあなたが怖いですとは言えない。
「それにしてもずいぶん強いんですね……」
「まあ、これでも親衛隊の4番手だからね」
知りたくなかった……、そんな情報。僕の周りには一体全体親衛隊が何人いるんだ? 知らない間に固められてそうだよ。
「ごめんね、駅までって言ってたけど今は伏見君の方が心配だし、もう帰っちゃってくれるかな? あ、安心して処理の方は私でやっとくから。それじゃあ」
そう言うなり僕は樟葉先輩に思いっきり押されて現場から放り出されてしまった。まあ、親衛隊だし、山科さんみたいに非常識な人が所属してるわけだし、ほっといてもいいか。にしても、あの不良は結局何がやりたかったんだろう。僕が邪魔だとしたら、深草さんに惚れてるとか? 一方的に。でも迷惑だし、あの二人だけはないしな。樟葉先輩が撃退しちゃったからわからなかったけど、一応これって、脅されたんだよね?
長くなりました……。それから更新遅くなってすいません><
一応、週2のペースは守りたいなあ




