店員さん、誤解ですからね!
「伏見君、帰るよ」
深草さんが僕の腕を引っ張る。僕はかばんをつかんで、深草さんの後をついていった。心なしかうきうきした深草さんと、殺意のこもった目で僕を見るクラスメイトたちを見比べながら。自分でどうにかなるならどうにかしてるって。
「伏見君、こっち行ってみよ」
学校を出て少し歩いたところで、深草さんが声をかけてきた。こっちに行くと駅からは少し外れた方向になるけど、それでいいのか。まあ、家に帰っても宿題して読書して寝るだけだけれども。
「いいからいいから」
そう言って先へと進む深草さんを僕は追いかけた。迷子になると困る。
そうして少し進むと、景色は一変した。さっきまでオフィスビルが建ち並んでいたけれど、一本裏手に入るとそこは住宅街だった。ところどころに小洒落たカフェがあったり、あるいはちょっとした豪邸があったり。ここいいな。また来てみても楽しいかもしれない。実は結構カフェが好きなんだ。カフェでバイトもしてるしね。そんな中を深草さんは進んでいく。右へ左へ、当ても無く気ままに。
「あ、このパン屋入ってみようよ」
そう言って深草さんはパン屋に入っていった。僕も後に続いていく。
「いらっしゃいませー」
中に入ってみると、多種多様なパンが並んでいた。アンパン、メロンパン、クロワッサン、エトセトラ。変わり種でハリネズミパンなんてのもある。ハリネズミかわいいもんね。僕はどっちかというとフクロウの方が好きなんだけど。その中で深草さんが食いついたのは、二色に分けられたハート型のパンだった。
「ただいまー
「すごいよ、これ」
「はい、こちらは当店一押しのカップルに向けた商品となっております。彼氏さんもぜひいかがですか?」
店員さんが営業スマイルで薦めてくる。彼女としては善意でやってるんだろうけど、すいません、彼氏でもなんでもないただの隣人です。ただのクラスメイトで子分一です。あ、これいいな。連れまわされてる従者です。あ、でもファンクラブがあった。
「へえー、結構かわいいじゃん。伏見君、これ買わない?」
「わかりましたよ」
財布を取り出す。だってこうなったら深草さん絶対買うんだもん。逃げ道を徹底的に塞いでくるやり口は痛いほど知っていた。
「やった」
そうしてパン屋を出るまで、店員さんは意味ありげに笑っていた。しまった、もう少しは抵抗すべきだった。
店員さん、誤解ですからね! 彼氏とかじゃないですからね!
パン屋を出た後、僕らは普通に駅に向かった。ちなみにカップルにお勧めのパンは、一口だけ僕も食べた。ちょっとは興味があったんですよ! 赤と白どんな味がするのかすごく気になったんだよ。決して深草さんとカップルだとか、そんなわけじゃないんだからね!
それはともかく、裏通りを歩いて特に問題もなく普通に駅にたどり着いて、僕らは電車に乗ったのだった。
僕らの家は、大通りを一つ挟んだ向かい側にある。同じ高校になり、同じ駅を使うようになってからは、毎日一緒に帰っている。というか深草さんがついてくる。あ、ほんとの最初だけは違ったけど。
「伏見君、何読んでるの」
「ああ、これですか」
つり革に揺られながら本を読んでいた僕に、座席に座った深草さんから声がかかる。まあ、女の子を断たせたままにするのも気が引けるのですよ。隣に座るのがちょっとというのもあるのだけれど。
「これは、アメリカのミステリーですね。ハードボイルドの。なんだったら貸しましょうか」
「いいよ、まだ借りてるやつ残ってるし」
深草さんが笑って言う。そうなのです、結構本を貸してるのです。深草さんの読んでないジャンルと僕の持ってるジャンルがかぶってるから。
「さっさと返してくれよ」
「わかってるって」
そんなことを離している間に、いつの間にか目的地に着いていた。学校の最寄り駅からたった二駅なので、すぐ着くのだけどね。そのまま改札を出て、大通りを歩いていく。イチャイチャしてるわけでもなく、手をつなぐわけでもない。というかそれは嫌だ。たわいも無い会話をして、家の近くの交差点の信号で分かれる。
こうしてみると、付き合うとかそういうこととは違うけれど(これは絶対に)、でも、こうやって本のこととかを話しているのは結構楽しいんだよね。笑顔もかなり癒されるから、友達としてすごくいいなって思える。