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深草未悠 せっかくの誕生日だったのになあ……

 伏見君の様子が何か変だ。

 そう気づいたのは、先週の火曜日だったと思う。打ち上げで言ったカラオケ店で、私と加乃先輩がノリノリで歌っていて、伏見君もそれに付き合ってくれてはいた。でも、そうやってノッてくれてたのは店の中にいた間だけで、店を出た後は急によそよそしくなってしまった。何か、私から離れようとしているような、そんな気がした。

 水曜日も、何か疲れた様子をしていたし、それは見ててだんだん心配になってくるくらいだった。でも、本人は何ともないって言うし、やっぱり、何かおかしいななんて思った。ケガもしてるみたいだったし、土曜日に『シャルロット』に行った時も、なんかずっとコーヒー挽いてたみたいだし。まあ、血の気がするとフクロウが騒ぐってことなんだろうけど、もっと伏見君と一緒にフクロウたちをなでなでしたかったよ!

 それで、決定的におかしくなったのが翌週の火曜日。それまでもいろいろおかしな兆候が見えてはいたけど。とっても疲れてるのとか、あと、どこかケガしてたりとか。でも、気のせいかなって思えなくもなかった。でも、その日からは明らかにおかしかった。学校に着くなり机に突っ伏して眠っちゃったし、話しかけてもすぐ逃げられたし。授業中はほとんど眠っていて、ノートも取ってないみたいだった。まあ、寝顔を堪能できたといえばそうなんだけど。

 それに、今週の木曜は私の誕生日だ。伏見君も、知ってると思ってたんだけど、なぜか私を避けてるみたい。私から逃げるように、放課後もすぐ出て行ってしまう。

 昨日、つまり水曜日は、何とか捕まえたんだけど。でも、すごく疲れてそうだった。表向きは楽しそうにしてたし、古書店でも楽しそうに本を読んでた。でも、肝心なことには触れてくれなかったし、スマホで時間を気にしている様子もあった。私に、一定の距離を置かれてるような、そんな気がした。触れようとすれば受け止めてはもらえる。けれどそれはあくまで外側だけであって、決してその内側は見せてくれようとはしない。そんな気がした。

 結局、誕生日が今日だって、伝えられなかった。自分から口に出すのも、プレゼントを欲しがってるみたいでおかしな気がして、でも、やっぱり誕生日を祝ってほしくて。帰りしなに口に出そうとはしてみたけれど、伏見君は気づいてくれなかった。私の前から逃げるように去っていった。

 逃げられてるのかな? ずっと前に言われた言葉が頭をよぎる。そんなわけないよね。別に、私を避けてるわけじゃないよね? そうだって言ってほしい。

 でも、結局伏見君は私の誕生日を祝ってくれなかった。昼休みに京香たちが私にプレゼントをくれたときも、伏見君はどこかへ消えてしまった。むう、どこへ行っちゃったんだろう。

「未悠ちゃん、何かあったの?」

「ううん、何でもない」

 いけない、私ったらため息をついてた。伏見君が来てくれないくらいで落ち込んでちゃだめだよね。私は、みんなの憧れなんだし、笑顔をしてなきゃ。それに、伏見君も単に知らないだけかもしれないし。実は照れ屋だからあとからひょっこり現れるかもしれないし。

 でも、それでも、私は伏見君のことを考えてしまうのだった。むう、最近距離を取られてる気がするのは、気のせいでいいのかな。

 

 

 

 でも、結局、最後まで伏見君は現れてくれなかった。放課後になっても、家に帰っても、時間だけが過ぎていく。誕生日なのに、せっかくの誕生日なのに……。ようやく、初めて恋をすることができた伏見君といられないなんて。時計の針が進むのはあっという間だ。もう両親と、夕食を食べに出かける時間だ。その後は、もう家に戻るのはだいぶ夜遅くなってしまう。

 ディナーは私の誕生日で豪華でおいしかった。でも、どうしてだろう。このデザートもおいしいはずなのに、ため息が出てしまう。

「どうした、未悠? おいしくなかったか?」

「ううん、そういうわけじゃないの。おいしかったよ」

「悩み事があるなら言ってね」

「……うん」

 言えない。誕生日を伏見君に祝ってもらえなかった。その程度で落ち込んでるなんて、両親に相談できるわけがない。そんなことしたら、恥ずか死んじゃうよ。でも、どうしようもなく落ち込んだ私の心は、周りの人を心配させてしまう。無理して明るく取り繕っても、すぐに忘れてしまう。

 どうしてなんだろう。どうしてその程度のことで、こんなに胸がざわめくんだろう。伏見君が来てくれなかったイコール私のことが嫌いってわけじゃないのに。

 本当は、わかってる。素直に今日が誕生日だって言えたらよかったんだ。でも、そんなことできなくて。そのくせ、伏見君に期待しちゃって。馬鹿だなあ、私って。本当に馬鹿だ。どうして、伝えられなかったんだろう。せっかくの誕生日なのに。伏見君の異変にも気づいてたはずなのに。

 ああ、もうすぐ誕生日が終わっちゃう。せっかくだったら、一緒に祝ってほしかったな、伏見君に。余計な期待をしちゃったせいで、こんなに惨めな思いをするなんて。むう、せっかくの誕生日だったのになあ……。

 

 時計の針は、虚しく24時を示していた。

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