違う、これは『シャル』じゃない!
屋上についた僕を、山科さんはイライラしながら待っていた。すまない、全部僕のせいだ。早速取り掛からないと。
本来は、山科さんの手を借りるべきなんだろう。その方が圧倒的に早いし、縫い目もきれいになる。でも、自分自身で、縫い方は教わったけれど、ここまで来れたんだ。だったら、しっかりと、最後まで僕の手で仕上げてあげたい。そう思った。なぜだろう、嫌なこともたくさんあったはずなのに、妙に愛着がわいてくる。
恥ずかしいからそんなことは言えないけれど、山科さんには頼らないって決めたんだ。もうすぐ完成する。大丈夫、放課後はまだ時間が残ってる。仕上げられるはずだ。
黙々と針を動かし続ける僕を、深草さんは落ち着かない様子で見ていた。
「できた! 完成だ!」
すっかり日の傾いた屋上で叫ぶ。つい今しがた玉止めを終えて中に入れたぬいぐるみを掲げる。
「やりましたね、伏見悠杜」
心なしか山科さんも嬉しそうだ。これが、このぬいぐるみが、僕の作品なんだ。ついに仕上げたんだ。そう思うと、これまでのいろんな思い出がこみあげてきて胸がいっぱいになる。
「お姉さまは午後8時から、家族と夕食を食べに向かわれます。それまでに渡してください」
「そうだね、そうするよ」
そう言いながら。僕はかばんにぬいぐるみをしまう。にしてもなんでだろう。達成感が残っているはずなのに、この妙に胸に引っかかる感覚は。おかしいな、何か底知れぬ違和感を感じる。
「何かありましたか?」
かばんを開けて再びぬいぐるみを取り出した僕を見て、山科さんが不思議そうに聞く。何もおかしいところはないはずだ。ちゃんと、少しは格好が整わないところがあるけれど、しっかりアカスズメフクロウに見える。
「ねえ、山科さん。僕らが作ったのって、アカスズメフクロウの番だよね?」
「そうですが、それが何か?」
まさか。違和感の正体が分かった気がする。
「それって、『アル』と『シャル』なんだよね」
「そういう名前だったかと」
そうだったんだ。小さく呟く。
「違う」
「今、なんと」
「違う、これは『シャル』じゃない! シャルの左の翼には桜色のハートマークがあるんだ。これじゃあシャルじゃない」
そうだよ、どうして気づかなかったんだ。山科さんはシャルのことを知らない。僕が作ったのは、アカスズメフクロウのぬいぐるみであって、深草さんの好きな『アル』と『シャル』の番じゃなかったんだ。
「そういうことは先に言ってください! わかりました、少し時間がかかりますが、これで、刺繍を」
「違うんだ!」
僕が叫ぶ。
「その刺繍糸はピンク色だ。桜色じゃない。桜色じゃなきゃシャルじゃないんだ!」
「いい加減にしてください! 時間がないんですよ!」
「でもここは妥協できないんだ! そうでないと意味がないんだ!」
僕は叫ぶ。そうだよ、そうじゃなきゃ、意味がないんだ。ただフクロウのぬいぐるみを作るんじゃなくて、深草さんの好きな『アル』と『シャル』のぬいぐるみを作らないと。
「はあ、あなたの勝手な屁理屈はよく理解しました」
山科さんが溜息交じりに吐き捨てる。
「どうぞ、ご自由にしてください。私はもう関わりませんから」
そう言って、山科さんはさっさとかばんを持って帰って行ってしまった。後には、僕一人がぬいぐるみを抱えて取り残されていた。
……山科さんに見捨てられた。
いや、まだできることはあるはずだ。日差しはだいぶ傾いてきたけれど、まだショッピングモールは開いてるはず。今日中に仕上げられるはずだ。それに、山科さんに見捨てられたけど、裁縫は教えてもらった。どうにか刺繍もできるはず。そうと決まれば急がないと。
かばんを抱えた僕は、急いで屋上から駆け出す。ショッピングモールは僕らの帰り道とは反対方向の電車に乗らないといけない。とりあえず駅まで急げ。階段を駆け下り、靴を履くのに手間取りながらも、駆けだしていく。駅をめがけて全力で。寝不足での体力不足が息を荒くした。
手芸用品店を探すのに手間取ったけれど、桜色の刺繍糸は調達できた。縫いあがったぬいぐるみに改めて刺しゅうを施すのは、強引以上の何物でもなかったし、それもとても難しかったけど、何とかそれも終えた。昨日の晩からほとんど何も食べてないおなかが音を立てるけど、それも我慢した。決して完璧とは言い難い出来だったけれど、『シャル』のぬいぐるみは完成した。僕が今持てるものすべてを出し切ったプレゼントが完成した。
けれど、その時には、もう時計の短針は、12の位置まで迫ってしまっていた。




