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ごめんなさい、出来心だったんです!

 翌朝、というかその日の朝、相変わらず徹夜した僕だったが、昨日よりは余裕が少しあった。なんでだろ、光明が見えてきたせい? 徹夜に慣れたとは信じたくないけど。おかげで痴漢対策はばっちりでした。今日のは山科さんの方に来たから機会なかったけどね。

 ただし、授業は寝ました。そうでもしないと、体がもたないし、集中力も持たない。体育の時間きつかった。体力がまじでないから、走高跳だったけど、記録10センチ落ちた。もともとそんな高くなかったけど。

 お昼ごはんは、山科さんの気遣いのおかげか、ゆっくりと取れました。まあ、生徒会室で食べたからっていうのもあるんだけどね。これから文化祭に向けてなんとかかんとか。食べ終わった後寝ていたので知りません。

 それで、授業が全部終わって帰ろうとした時だった。今日は早く帰ってフクロウのぬいぐるみを仕上げなきゃ。そう思ってかばんをつかんで駆けだそうとして……足を引っかけられて転んだ。

「あの、伏見君!」

 転がした張本人、深草さんが言う。まあ、けがはなかったからいいんですけど。でも、僕急いでるので。

「待って」

 腕をつかまれる。何か、少し不安そうな顔をしていた。

「最近、一緒に帰ってくれてないよね」

「すいません、用事があるので」

 そう言って帰ろうとすると、深草さんはさらに強く腕を握りしめてきた。

「知ってるけど、でも、たまには」

 そう言う深草さんは、手折れてしまいそうなほど弱く、飲み込まれてしまいそうに見えた。

「たまには、私と帰ってくれないかな? お願い!」

 そうやって必死に頭を下げる。

 どうしよう、本当にどうしよう。すぐにぬいぐるみの仕上げに取り掛からないといけないし、山科さんも待ってる。でも、この状態の深草さんはほってなんておけない。幸いにして、山科さんはすでに帰って用意して待ってるはずだ。どうしよう、どうしよう。

「お願い、伏見君。いいよね?」

「え、ええ、はい」

 相変わらず、深草さんの懇願には勝てない僕であった。ほ、ほら、この状態の深草さんをほっておくのは忍びないし。それに、周囲の視点も痛いし。決して裁縫が大変だから気晴らしに行こうとか思ったわけなんかじゃないんだからね!

 

 

 

 というわけで、深草さんと寄り道をしています。時間の方は気になるけど、今は精一杯羽を伸ばそう。

「こっち、前言ったパン屋があるんだよ。せっかくだし、寄ってこうよ」

「いいですね」

 深草さんに導かれるがまま、前回と同じ店員さんがいたパン屋でまたハート型のパンを買う。お金は僕が出した。ちょっと忙しかったせいで、引け目を感じている部分もあるので。にしても、この店員さん多分僕らが恋人同士だと確信したんだろうな。笑顔が痛い。もう、否定する気力もないけど。

「たまには、いつもと違う道行ってみない?」

「そうですね」

 いや、すでにそうなんですけどね。まあ、それはともかく、たまにはこの辺りを散策するというのもいいものだ。住宅街の中に子どもたちが遊んでいる公園を見つけたり、あるいは幽霊でも出てきそうな荒れ果てた屋敷を見つけたりと、結構面白かった。恋人じゃないけれど(そこは断固否定する)こうやって街歩きするのは結構楽しいな。

「伏見君、伏見君、こっちにいい感じの古本屋があったよ。入ってみようよ」

「へえ、確かに年季が入ってていい感じですね。おじゃましまーす」

 そう言いながら、僕たちは古本屋のガラス戸を開けた。古き良き面影が残っていて、素晴らしいな。それから、店員と思しきおじさんは、カウンターの向こうで一心不乱に本を読んでいた。この店、完全にジャンルがばらばらだな。名作と呼ばれる古い本もあれば、ラノベとかまで置いてある。

「すごい、全部そろってる」

「え、なになに?」

 僕の漏らしたため息に深草さんが反応する。

「これ、僕が好きなミステリーのシリーズで、結構長いんですけど全部そろってるんです」

 今ちょうど読んでいるやつだ。正確には、途中で止まっているけれど。いろいろ忙しいしね。

「あ、それって伏見君が前に読んでたやつ?」

「ええ、そうです。おすすめって言ってたやつですね」

「へえ、それじゃあ買ってみよっと」

 そう言って、深草さんはシリーズを全部取り出して抱えた。え、全部買うんですか!

「すいません、これお願いします」

「あいよ、袋付きで3000円だよ」

 安い! 1巻800円くらいしたし、結構量多いのに! あれかな、中古でまとめ買いだから安いのかな。だったら早く僕も見つけておくべきだったよ。

「それ、僕も読んでない巻あるんで貸してもらえますか?」

「うん、いいよ」

 深草さんが歌うように言う。やったね。

「それじゃあ、僕ももうちょっと見てますね」

 そう言って僕はほかの本棚を見に移る。何か面白い作品発掘できないかな。それもマイナーな。一冊の本を手に取ってみる。なかなか面白そうだ。近くにある椅子に座ってページを開く。でも、こういう場所にいると、本当に時間を忘れてしまいそうだ。忘れないようにスマホで確認するけど。

 

 

 

「伏見君、伏見君起きて」

 は! いつの間に眠りこけていた!? 気持ち良すぎて微睡んでたよ! 気がついたら深草さんが僕の肩を揺さぶっていた。いつの間にか陽が差している。やばいじゃん、時間。

「すいません、長居して。これ買ったら出ます」

「あいよ、200円だ」

 安い、って今はそれどころじゃなくて、早く山科さんのところに行かないと!

「もう帰らないと」

「それじゃあ、こっちだよ」

 深草さんに連れられて、よくわからない場所をひた走る。右へ左へ、再び左へ。そっから先はよくわからん。とにかく、僕たちがたどり着いたのはいつもとは1つずれた駅だった。

 電車に1駅だけ揺られ、改札から出てすぐ家を目指す。まずい、早く山科さんのところに行かないと。

「それじゃあ、さようなら」

「伏見君!」

「え?」

 深草さんの言葉に一瞬振り返る。

「明日……、ううん、何でもない。またね」

「それでは!」

 そう言って僕は駆けだす。やばいやばい、山科さんに怒られる。

 

 

 

「何やってたんですか!」

 そして僕は山科さんに雷を落とされていた。正座です。

「いままでどこで何やってたんですか! あなたは時間ないんですよ! 間に合わなくなったらどうする気ですか!」

「すいません。つい、深草さんと一緒に」

「ついじゃないです! あなたは、時間の重要性というのを、まるでわかってない!」

 うう、山科さんの激怒が止まらないよ。原因は全部僕なんだけどさ。

「いい加減にしてください! これじゃあ、間に合わないですよ!」

「すいませんすいません」

 ごめんなさい、出来心だったんです!

 

 その後、僕は石の塊を正座の上に乗せられたまま裁縫に励む羽目に陥ったのだった。足が痺れる。全部僕のせいなんだけど。

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