いや、本当に裁縫は苦手なんだって……
というわけで早速山科さんの家に連れてこられた。僕や深草さんの家から近い、とあるマンションの一室。そもそも深草さんの家がどれなのか具体的には知らないんだけど。
「じゃあまず、どれほどの実力があるのかテストをします。この布を並み縫いで縫ってください」
そう言って一枚の布と針と糸を渡される。並み縫いくらいなら、できるんじゃないかな。授業で習ってたよね、多分。うわ、自信ないなあ。
並み縫い以前の問題がありました。針に糸が通りません。どうしよう、スタート地点にすら立てないんだけど。
「はあ、そこの糸通しを使ってください。あと、糸の先を持つように」
そう言って針金でできたっぽい何かを指さされるけど、こっちのほうが糸より大きいよ。
「これ、どうやって使うの?」
「そこからですか。貸しなさい。やって見せるのでよく覚えてください」
そう言うなり山科さんは針金の先を針に突っ込んだ。すごい、曲がるんだ。そして糸を針金でできた穴に通し、糸通しを引き抜く。そうやって使うんですね。初めて知りました。いや、初めてではないのかもしれないけど。
「これで、並み縫いをやって見せてください」
「あ、はい」
再び針と糸を渡される。並み縫いは交互に表裏を行き来させればいいから、……ってあれ?
「糸が布から抜けちゃった……」
「玉結びも知らないんですか、伏見悠杜」
面目ない。玉結び、なんか聞いたことあるな、こんにゃく? みたいな感覚でした。
「こうやって糸を人差し指の周りで一周させたらねじりながら引っ張るんです。ほら、見たとおりにする」
もうひとセット取り出して山科さんは玉結びの見本を見せる。えっと、こんな感じかな?
「はあ、まあ大丈夫でしょう。ですが無駄な部分が多すぎますし緩いです。もっとしっかりするように心がけてください」
「はい」
「次、並み縫い」
そう言われて僕は並み縫いに取り掛かる。ピンク色にひかれた線をなぞるように突き立て、引き抜いてはまた突き立てる。
「伏見悠杜、並み縫いのやり方わかってますか?」
3針ほど縫ったところで山科さんからストップがかかった。
「こうやって一気にぐさぐさとまとめて引き抜けば裏返す必要もないし楽できれいになります。そのやり方はだめですね」
そうなんですか。こういうものなんですね。全然知らなかったなあ。よし僕も一気に、……って痛! 針で指刺しちゃった。
「はあ、白い生地には血は吸い込みますから気をつけてください。はい、さっさとやる」
絆創膏を貼らせてもらえずに次々と作業をこなしていく。さらに4回ほど刺したし、生地は血まみれだし。
「最後は玉止めです。こうやって針の根元を抑えて3回回してから引き抜いてください」
山科さんに言われるがまま仕草をこなす。あれれ、糸がだいぶ余っちゃった。
「それにしても酷いですね」
「滅相もない」
山科さんの台詞に力なく呟く。山科さんが見本で作った並み縫いはきれいにライン上にそろっていて、縫い目の大きさも同じ。玉結びと玉止めもきれいにピシッとしている。それに比べて僕のは、生地は血まみれ、縫った向きはぐちゃぐちゃ、縫い目の大きさもてんでバラバラ。ついでに玉結びがほどけかけて玉止めは大きくずれて、さらには何ヵ所かが引っ張られてたわんでいるという。しかもこれ、山科さんに手伝ってもらってこれだからね。ほんと、どうしようこれ。
「正直に言ってここまで酷いとは思いませんでした」
ですよね……。僕も同感です。
「あの……、点数つけるなら何点ぐらいですか……?」
「100点満点でマイナス100点をつけたくなるレベルですね」
「……」
本当に面目ない。いや、裁縫は本当に苦手なんだって……。
「さすがの私も自信を失いました。とにかく、今日は徹底的に叩き込みますから」
あの山科さんが自信を失うレベルって……。
にしても徹底的に叩き込まれるのね。絆創膏貼りたいなあ。
「次、ともかく練習あるのみです」
山科さんの無慈悲な掛け声が鳴り響いた。
その日は晩御飯までごちそうになる悪戦苦闘の末、一応手を血まみれにしながらも、並み縫いだけは見せられるレベルになったといっておく。いや、玉結びと玉止めは聞かないでくれ……。




