閑話 大谷拓都の野望 2
本当は坂本さんが来てくれるかどうか心配だったが、その心配は杞憂に終わったようだ。というのも、伏見という餌は相当に魅力的だったらしく、坂本さんも木野さんもしっかりと時間通りに来てくれたからだ。
「今日は誘ってくれてありがとね」
早速、坂本さんが俺に話を切り出す。私服姿もかわいいなあ。白いフリルの着いたトップスとチェック柄のスカートがよく似合ってる。俺なんかジーパンとTシャツだぞ。もうちょっと考えてくればよかった。
「え、何、私何かおかしかったりする?」
「いや~、似合ってるなって思って」
「あ、ありがと」
坂本さんが照れた。ついでに俺も照れた。気まずい沈黙が二人を流れる。やべ、変なこと言うんじゃなかったかな。
「はいはいお二人さん、お熱いのは結構ですが早く中に入りませんか。結構暑いことですし」
「そ、そうだな。行こうか」
木野さんの助け舟(と言えるのかわからないが)に促され、俺たちは店内に入る。
「いらっしゃいませ」
「おう、伏見、時間通り来たぞ」
本当は10分前なんだけどな。まあ、それはともかく。
店内には俺たちのほかに、もう一組の客がいた。あれはカップルだな。羨ましいぜ。リア充爆発しろとは言わない。俺もリア充になって見せるからな。
「3時間のコースでよろしかったですね」
そう言うと、伏見はいったん奥に引っ込んでいった。
「それじゃあ、席に着こっか」
坂本さんに言われるまま、俺たちは一番奥の四人掛けの席に着いた。すぐに店員が注文を取りに来る。
「コーヒーで」
「私も」
「私はロイヤルミルクティーを」
そうか、坂本さんの好みはロイヤルミルクティーなのか。
「かしこまりました。みんな、伏見君と仲良くしてあげてね」
店員さんは営業スマイルからすぐに表情を切り替えてそう言った。
「もう、十条さん、変な茶々入れないでください。あ、大谷君、おまたせ」
そんなことを言ってると、伏見がやってきた。制服のまま残りの一席に座る。
「それじゃあ、他のお客さんの方はお願いしますね」
「まかせときな」
十条さんと言われた店員さんが奥に引っ込んでいく。
「あ、伏見君、浮気はだめだからね」
「浮気ってどういうことですか!」
その前に振り返って茶々を入れた。ああ、なんというか伏見、お前も苦労してるんだな。
「くそ、気が散る」
「ああ、二重根号ね。人から聞いた話なんだけど、まずルートの外に2を作るんだって。2がなくても分数とかで無理やり作るの。ルートの中を無理して小さくしちゃだめだよ。それで、和が外の数で積が中の数になる2つの数を求めればいいんだよ。それで、大きい方を前にして書けば」
伏見が説明する。まあ、確かに俺が詰まってたのは二重根号で、伏見の説明はとても分かりやすいのだが。そのおかげで問題が解けたのだが。
「このフクロウたち、ちょっとどこかにやれないか」
「酷いよ、こんなにかわいいじゃない」
白いフクロウを撫でていた坂本さんが言う。いや、そりゃ可愛いけどさ。
「それじゃあ、勉強やめればいいじゃない」
「そうだよ、彩里みたいにフクロウたちにかまってあげたら?」
最初からノートを取り出さずにフクロウたちに餌をあげていた木下さんを坂本さんが擁護する。
「それに、もうフクロウたち懐いちゃったみたいだし、多分もう帰るまで離れないんじゃないかな」
そういう伏見も、問題集に手を付ける様子はない。
「勉強会には息抜きも必要だよ」
「あ~、はいはい、わかった」
本来なら坂本さんの苦戦してる問題をかっこよく解いて尊敬してもらう予定だったのに。伏見にアドバイスされるわ、勉強ができないわ、想像してたのから大きく違うな。
「こんなもんだよね、ふつうの勉強会って」
「しゃーない。俺にも餌貰えるか?」
遠い眼をした伏見が呟くのを見て、俺もようやくフクロウたちにかまうことに決めたのだった。
「フクロウは、手の甲で頭の後ろをなでてあげて」
疲れた様子の伏見に注意されながら。
ただ、俺は完全に忘れていた。いや、忘れていたのは伏見なのだが、ここで勉強するにあたって一人、大きく関係するかもしれない人物の存在を。暴風域を伴った台風のごとく、学校のあらゆる噂を身にまとったフクロウ好きのクラスメイト、深草未悠の存在を。
彩里というのは木下さんの下の名前です。今まで出してなかったので、ちょっと補足を。




