たとえ弁当を持ってこられようとも!
四時間目の化学が終わると、昼休みになる。ということはお昼ご飯なわけで、それを深草さんが見逃すはずもなく、僕は連行されるのであった。いや、見逃すはずもなくってなんだ。自分で言っててあれだがここ1か月で思考が麻痺してる。これじゃだめなのに。
「伏見君、一緒に食堂行こ」
そうやって僕は食堂に引きずられていくのであった。どうせ食堂行くからいいんだけどね。
僕は弁当を持ってきているわけじゃない。家が父子家庭なせいもあって、普段は、というか常に食堂で済ましている。コンビ二は通学路から少し外れてるし、しかも食堂のほうが安いし。そういうわけで今日も食堂通いである。朝早く起きて弁当を作るのもなーという感じだし。
僕の学校の食堂は食券制だ。食堂の入り口近くにある券売機で食券を買って名前を書いて並べておくと、食堂のおばちゃんが呼んでくれる。ちなみに箸と水はセルフサービスだ。
そして僕はみんなが並んでいる券売機の列の後ろに並ぶ――ことなく深草さんに引っ張られた。いつもどおり。
そしてそのまま奥の席へと連れて行かれる。食堂に入って右手一番奥が深草さんの指定席だ。いや、指定席というわけではないのだけれど、そこに入ると容赦なく白い目を向けられるので、そこには誰も入らない。頼むから誰か助けてくれ。
心の叫びむなしく僕は指定席に連れて行かれていくのである。振り払おうものなら深草さんの取り巻きにどんなひどい目に合わされるか。振り払う理由もないんだけど。
「座って」
深草さんに促されるまま座る。すると深草さんは持っていた重箱の蓋を開けた。
中には卵焼き、たこさんウインナーなどの弁当の具材と白ご飯が入っていた。
二人分。
そう、二人分である。誰用の分かは言わなくてもいいよね。そして僕はその弁当を食べることになるのだった。箸が二人分ついてるだけまし――って何考えてるんだ僕は! 違うから、別に深草さんの手料理を食べたいというわけじゃないから! 別に断る理由がないだけだから!
そうだよ、食費が浮くし助かってる身なので断るのもアレだと思ってるだけだ。
「伏見君、おいしい?」
深草さんが聞いてくる。まあ、嘘を吐く理由もないし。
「おいしいです」
「よかった」
深草さんが笑う。かわいい、とてつもなくかわいい。うう、でもそうじゃない、彼女が僕に惚れてるわけじゃない。うぬぼれるな自分。
「伏見君に食べてもらうために作ってきたんだよ」
「そ、そうですか」
そうだ、これはきっとあれだ。父子家庭で家庭の味に飢えてる僕のために深草さんが慈悲をかけてくれたんだ。そうだ、そうに違いない。いや、でも僕料理得意なんだけどそれを知らないだけだ、たぶん。
僕は深草さんに惚れられてるわけじゃないんだからね! たとえ弁当を持ってこられようとも!
ところで僕、父子家庭だって話してない気がするんだけど。