風邪でも流行っているのかな?
翌朝、僕がいつものように家の扉を開けると、家の前で待っていたのは深草さんだけだった。山科さんはあれかな、いつもの任務かな。でも、それだと、登下校が少し心配かも。
「おはよう、深草さん」
「おはよう」
そのまま連れ立って学校へ向かう。なんだかんだ言いつつ習慣化してしまった。恐ろしや。
改札をくぐって電車の到着を待つ。そういえば、痴漢は一人でいる女性を狙いやすいってどこかで聞いたことがあるぞ。誰だったっけ、忘れたけど。だったら、話しかけといていたら大丈夫なのかな。
「深草さん、深草さんってば」
「えっ、あれ、伏見君?」
「何ぼうっとしてるんですか。電車来ましたよ」
ボケっとしていた深草さんに声をかける。何か考え事をしていて手元がおろそかになってたみたいだ。
「ああ、ごめんね。ちょっと、京香のこと考えててさ。無理しないといいけど」
「大丈夫ですよ、山科さんが失敗したことってありました?」
「いや、ないんだけどね」
そう言って深草さんは電車に乗り込みながら笑った。深草さんをドアの横に立たせ、その前に僕が立つ。こうすれば、変な輩は寄って来ないはず。こうして考えてみると、山科さんってすごくよく気遣いができる人だね。普段からこういうことしてたんだもの。
「ところで、テスト、自信あります?」
「う~ん、普段の実力が出せれば大丈夫、かな。昨日樟葉先輩にいろいろかき回されちゃったけどね」
「昨日のあれは、大変でしたからね。ただでさえ今の範囲で手一杯なのに、いらないことまで覚えさせられそうで」
そう言って笑う。よし、一駅過ぎた。今のところ、怪しい奴が近づいてくる雰囲気無し。
「でも、あと2週間あるんだよ」
「テスト勉強に取り掛かるのが早すぎですよ。僕グロッキーになりそうです」
「まあ、あのトリビアの塊みたいな人は、私も、ちょっとね。それ以外はいい人なんだけど」
そう言って深草さんが苦笑いを浮かべる。
「無駄知識の塊と言った方がいいんじゃないですか」
「それは言い過ぎよ」
そう言って深草さんは楽しそうに笑った。よし、駅に着いた。間に合った。
「あ、駅に着きましたよ、早く行きましょう」
深草さんの手を取って駆けていく。ふう、何とかなった。
「よし、みんな席につけ。朝のホームルーム始めるぞ。今日は山科と木野が休みだそうだ。風邪かもしれないから気をつけるように。一時間目僕だからこのままいくぞ。それじゃあ、これで終わります」
山科さんはいつものあれだと思うけど、木野さんも休みか。ちょっと心配だな。写真部のよしみで様子でも聞いてみようかな。
どうやら本当に風邪が流行っているらしい。というのも、昨日あれだけ雑学を披露して、僕らの勉強を邪魔していた樟葉先輩の姿が影も形も見えなかったからだ。小野先輩と石田先輩は相変わらずだし、山科さんもいないから、真面目に勉強してるのは僕と深草さんの二人だけだった。
でも、樟葉先輩の存在はかなり必要だったらしい。途中から勉強が飽き飽きしてきた。だって、地理なんて暗記の繰り返しだもん。面白くもなんともないよ! 迷惑がっていたりしても、実際にはそうでなかったりするもんなんだね。失って初めてその大きさに気づくのだと、柄になく心の中で思ってみたりもした。あれだよね、仮病とかじゃないよね、樟葉先輩?
そんな事を言っていたからかどうか知らないが、そしてその翌日、僕は本当に風邪を引いた。




