緊張して上手く話せなかっただけなんです
その日、僕は寝坊して弁当を忘れた。
いや、別にそこまで寝坊したわけじゃない。ただ、弁当を作るほどの時間が無かったというだけだ。コンビニで弁当を買う暇もなく、食堂を利用しようと思った。ただ、それだけのつもりだった。
「竹田、食堂行かないか?」
竹田に声をかける。
「いや、俺は……いいわ」
歯切れの悪い台詞が帰ってくる。どういうことだ。
「あれを、見ちまったからな。当分食堂は利用したくないぜ」
おい、なにがあったんだ。不安にさせるようなことを言うなよ。
「まあ、頑張れ」
達観したような表情で竹田は僕の肩に手を置いた。
「じゃあ、大谷君も一緒に」
「いや、俺もいいよ」
大谷君を誘ってみたけど断られた。何、戦場に向かう親友を送るような目は。なんなの、これ。僕一人で行くしかないの!?
「すまん、一人で頼む」
その台詞を怪訝に思いながら、僕は食堂へと向かうのだった。
食堂に入って、カレーうどんを注文する。右手一番奥の長机が空いていたので、そこの端に腰掛けた。友達がいないので1人で静かに食べたいと思ったから。カレーうどんをすする。
え、何。僕何かしましたか? 同じ机に座った少女に思い切りガン飛ばされてるんですけど。クラスメイトの深草さんだよね。何、僕に恨みなんかないはずですけど。
「私に関わらないで。どうせ大した用もないんでしょう」
「まあね、用は特にないよ。ここ空いてるから使ってるだけ」
とりあえず、無難に答えとこう。どこで地雷踏むかわからないし。すると深草さんは僕をにらみつけて来た。え、何? 何でしょう? 適当に愛想笑いをする。というか、確かにかわいいけどなんかちょっと怖いや。
「あなた、占いが得意だったよね」
「そうだよ、深草さんも占ってみる?」
とりあえず振られた話に乗ってみる。緊張して上手く話せないよ。というか何話せばいいの。
「それじゃあ、お願いしようかしら」
「了解」
ああ、これでようやく視線から逃れられる。
そして繰り出して引いたカードは逆位置の『恋人』だった。ヤバイじゃんこれ。誘惑とか悪い意味じゃん。これ、悪い結果いったら詰むやつだよね。
「出ましたよ、えっと、逆位置の『恋人』ですか。……そうですね、このタロットには深い絆や結婚を表すんです。深草さんもいい相手と出会えるといいですね」
適当に微笑んどく。これで変に恨まれることはないよね。とりあえずここから逃げ出させてください。あんまりかかわりたくないので。
でも僕は知らなかった。翌日思わぬ形で再開することを。そして、この時、歯車は狂い始めていたことを。




