そんなこと聞いてないんですけど!
屋上の扉が開く音がした。来た、深草さんだ。
「……伏見君? なんで?」
深草さんが言う。
「山科さんに頼んで連れて来てもらいました。僕じゃ来てくれないかもしれなかったから」
僕が言う。深草さんは無言でうつむいて、肯定の意を示していた。やっぱり、そうだったんだ。
「ちゃんと、深草さんに言わないといけないことがあるんだ」
そう言って、僕は深く頭を下げた。
「今朝は本当にごめん。自分でも言い過ぎたと思ってる」
僕の視点からじゃ深草さんは見えない。
「ずっと、迷惑だって思ってた。お節介で、気まぐれで、僕のことをからかってるんだって思ってた。空きでもなんでもないんだって思ってた」
「違う、違うよ」
「うん、知ってる」
深草さんのつぶやきに僕が答える。自分の気持ちに嘘はつけても、他人の好意に嘘は吐けなかった。
「でもね、僕も気づいたんだ。深草さんがいなくなってさ。すっきりしたわけじゃなくて、むしろ寂しかったんだ」
そこで息を切る。深草さんの息を呑む声が聞こえた気がした。
「うるさいって口では言ってても、その実、楽しかったんだ。振り回されてばっかりだったけど、でも実際はそれを楽しんでいたんだって。深草さんと一緒にいられて楽しかったってわかったんだ」
前を向く。深草さんの瞳を見つめる。
朱に交わって赤くなる。僕は深草さんと関わって、それを少しいいなと思ってしまった。それじゃあ、その居場所を守ろうとするしかないじゃないか。
「今朝はごめん。ちゃんと謝っておきたくて。それと、これも」
そう言って、深草さんに山科さんから渡された紙切れを見せる。
「……これは?」
「生徒会の立候補届け。僕も、立候補することにした」
そう言って差し出す。すでに名前の欄は埋めてある。
「これが、僕にできる、精一杯の誠意。これを、受け取って欲しい」
ありったけの誠意をかき集めて、拙い言葉を取り繕って言う。
「お願いします。前みたいに戻らせてください」
沈黙が場を支配する。深草さんはどういう反応をするのだろう。その表情は固まったままで、読み取ることができない。
怖い。僕が拒絶してしまったように拒絶されてしまったら。でも、それもいいかもしれないと思っている自分がいる。これが自分への罰なんだって。それとは逆に、大丈夫だって言ってる自分もいた。深草さんは優しいから。心臓の鼓動が激しすぎて破裂してしまいそうだ。それを抑え込んで平静な態度をとる。
深草さんが唇を開く。
「いいよ」
そう言って深草さんは微笑んだ。
「よっしゃあぁぁぁ!」
僕が叫ぶ。その声がいつまでも響くような気がした。
「うるさいです、伏見悠杜」
そこに扉から出てきた山科さんが吐き捨てるように言う。ねえ、今いいシーンだったのに!
「にしても、ここを選ぶなんて、伏見君も粋だね」
笑って深草さんが言う。いったい何があったんだ?
「ここで告白したカップルは幸せになれるという噂があるんです。まあ、閉鎖されてますけどね」
何なのそれ! そんなこと聞いてないんですけど!
あ、あと告白じゃないからね! あくまでも友達としてだからね!




