何も知らないくせに!
なぜだ!? なぜ未悠さんが僕の部屋にいる!?
あれか? さっきインターフォンが鳴って母さんが対応した奴か!?
いや、そんなことより、どうする? 話せることなんて何もないぞ!? だとしたら、答えは簡単だ。
……逃げる。それに尽きる。
「京香、お願い!」
視界の端で姉さんが動き出すのをとらえる。正面はだめだ。ドアはふさがれている。となれば出口は一つだけ。窓だ。
窓を開け放つ。この高さなら、飛び降りられる。大丈夫だ。そう思って足を掛けた。
その瞬間、どこからともなく投げ縄が飛んできた。
……気づけば僕は縄でがんじがらめにされていた。
「逃げないで。ちゃんと話をしないと」
「僕には話すことなんてないですよ」
姉さんが、僕を見下ろしてる。なんかとっても蹴飛ばしたがってるみたいだ。普段温厚な未悠さんでさえ怒ってるように見える。だけど仕方ないよね。話せるわけがないもん。
「最近、私のこと避けてたよね? 気づいてたよ」
「……さあ、心当たりがありま、いてっ!?」
姉さんに蹴飛ばされる。
「これ以上、白を切るなら少々痛い目に合わせますよ」
「と言われても、わからないので」
嘘だ。自分が未悠さんを避けてることくらい気づいてる。だけど、本当のことを全部話すよりはましだ。
「京香。使っていいよ」
「分かりました」
そう言うなり、姉さんがどこかで見覚えがある石の塊を持ち出してきた。
そう言えば、そんなこともあったよね。あの時もこんな感じでがんじがらめに縛られた時だ。確か、その時に怒らせた理由が生徒会に入らなかったからだったんだよね。で、イライラした僕がどうせ遊びなんだとか言って怒らせたんだった。
つまり、あの時と同じくらい怒ってるということだ。あの時は自分でも相当酷いことを言った自覚がある。それと同じ、か。まあ、場合によってはこっちの方が酷いけど。
だけど、言えるわけないじゃん。彼女がいながら他の女の子にへらへらしてる自分に嫌気がさして避けるようになりましたなんて。それは、最後の最後まで言っちゃいけない言葉だ。
「どうして、私のことを避けてるの? 私だけじゃない。加乃ちゃんや千秋さん。三希ちゃんに彩里ちゃんに拓都君。あとは利頼君まで。どうして、繋がりを断とうとするの?」
「さあ、どうしてでしょうね? 理由なんてないかもしれませんよ?」
僕がそのつながりを持つに足る人間じゃないから。言わないけど。
「そんなことない。理由を教えて」
「もし、理由があったとしても言えませんし言いません」
京香さんが怒りをあらわにする。それを、未悠さんが手で押しとどめた。
どうして、そうやって僕を庇うんだ。知ってる。内心では僕のことを踏みつけたい怒り狂ってることくらい。だけど、そうしない。価値がない僕に笑顔を向けようとする。それが辛い。
「埒が明かないから質問を変えるね。おかしくなったのって、1月3日、私が帰った後か次の日くらいだよね。その日、何があったの?」
「……別に、何も」
その日に何かがあったわけじゃない。ただ気づいただけだ。
「京香、一緒にいたなら何か特別なことはなかった?」
「はい。従姉が帰ってきました。ひょっとしたらそれが関係あるかもしれません」
「従妹って葵ちゃんじゃないよね?」
「はい、その姉で茜さんというそうです」
「それで、その茜さんと何があったの? 揉めたりでもした?」
「……」
顔をそむけた。はぐらかしても否定しても、会ったに違いないと思うだけだ。喋る気なんてない。だけど、顔の向きを変えた方向からまた微笑みかけてくる。
やめてくれ。そんなことは。そんな目で見ないでくれ。その温かい視線が鬱陶しい。
そうだ、うざいんだ。ようやくわかった。僕に構ってくるのがうざい。面倒だ。そんなこと僕は望んでない。
「何か問題があるのなら言って。これでも悠杜君の彼女だから。間を取り持つくらいはできるからね」
ふつふつと怒りが沸き上がる。この人は、いったい何を言ってるんだ。ただの想像で突っ走って、いい子ちゃんを演じて。間を取り持つ? 僕が笑えなくなったのはそんなことが理由じゃない。
むしろ、そんなことを言われると不愉快だ。見当違いの励ましなんて傷つけるだけ。そうだ、傷つけられてるんだ。
「ねえ、悠杜君。悩んでることがあるなら、私の相談してよ。力になるから。絶対見捨てたりしないから。どんなことがあっても君の味方だから」
「知らないくせに……」
だから。嫌になった。何も知らないのに、自分が全部解決できると思ってる。無邪気な笑顔で信頼しきってる。僕も、未悠さんも嫌いだ。
「何も知らないくせに! 僕の中学時代のことなんて全然知らないでしょうが! 僕に過去何があったかも何も知らないくせに、知ったようなふりをするな! 何も知らないのに、わかるはずがない!」
「ふざけるな! お姉さまがどれだけ心配したと思ってる!」
かはっ。
蹴っ飛ばされた。体をくの字に曲げたところにさらに蹴っ飛ばされる。痛い。というか、息ができない。
「ストップ! 京香ストップ!」
「どうしてですか! あいつは、お姉さまに!」
視界が回る。よく見えないけど、未悠さんが暴れる京香さんを抑えているみたいだった。
「そうだけど! だけど私たちが知らないのも事実じゃん! 悠杜君が言ったのも間違いじゃないから」
「だからと言って言っていいことと悪いことがあります!」
「落ち着いて、京香!」
転がって仰向けになると、未悠さんが京香さんを羽交い絞めにしているのが見えた。
「今日はこれで帰るけど、また来るから! その時はちゃんと話してもらうからね! あ、京香落ち着いて!」
暴れる京香さんを引きずりながら、未悠さんは出ていった。体格の差かな。
……ところで、この拘束解いてもらえませんか。身動きがほとんどとれないんですけど。おーい。
結局解放されたのは、母さんが晩御飯を呼びに来た時だった。
翌日、僕はいつも通り、少し早い電車に乗っていた。
「未悠ちゃんに『何も知らないくせに』って言ったらしいね。君だって何も知らない、知ろうとしていない大馬鹿ものじゃないか」
ハッとして、本から目を上げる。
加乃先輩のスカートが翻るのが見えた。
作者「ちなみにこの章のテーマは絆です」
加乃「どういうこと?」
作者「これまでたくさん登場人物出てきたでしょ? その人たちとちゃんと好感度を稼いでいると、いざという時に力になってくれるの。それが試されるってわけ」
加乃「ゲームにありがちな展開だね。利頼君とかはその予定だったんだ」
作者「いや、今考えた」




