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いつも通りの日常が待っているはずだ

「よし、それじゃあ出かけるよー」

 制服に着替えたところで加乃先輩が言う。ちなみに男子の制服も含めて3着だった。どうするつもりだったのか聞いたら加乃先輩が男装したとのこと。まあ、加乃先輩あんまり女子って感じしないし。

「手順はわかってるよね」

「はい」

 説明はさっき加乃先輩から受けた。手順は頭に入っている。メインで取材するのが加乃先輩、写真を撮るのが彩里さんでこの2人が陽動しているうちに、僕がさりげなくUSBを差し込む。そしてUSBがばれないように隠しながら、155秒立ったところで回収。時計はないから自分の頭の中でだ。ちなみに中学の新聞部の取材ということになっている。僕と彩里さんは1年だけ上だけど加乃先輩は大丈夫なんだろうか。飲酒(違法)を平然としてるし、中学生に見えるかどうか。それに、3年生だとしても受験があるんだけど……。

「実は私、一年飛び級してるから、同い年なんだよ?」

「そういうことは早く言って……」

「嘘だって。本気にしないでよもう」

 さりげなく心を読むのは別にいいけど、本気にするような嘘はやめて欲しい。

「加乃さんは昔からくだらない嘘を吐くのが好きですから」

「まあ、私のことで初耳なことは基本嘘だから」

「なるほど、今のも嘘と」

「バレたか」

 いや、バレたかじゃないです。嘘を吐くのは4月1日だけでいいから。ただでさえ加乃先輩はつかみにくい人なのに。まあ、ふざける時をわきまえてる点は信用してるけど。

「それじゃあ、久しぶりにいっちょやりますか」

 加乃先輩がオーとばかりにこぶしを突き上げた。調子がいいなあ。




「ねえ、京香さん、ちょっといいですか?」

「今ですか? 別に構いませんが」

 電車で移動中、加乃先輩から離れて、京香さんに少し訪ねたいことがあった。

「前から、こういうことやってたの? ほら、組織潰すとか。ひょっとして気づいてなかっただけでやってたのかなって」

「ええ、やっていましたよ。まあ、年に2、3度と言ったところですが」

「聞きたいんだけど、どうして、そんなことを? 普通のファンクラブとかだったら、別にそんなこととかしないよね? する必要ないし、ファンクラブって好きな人同士交流するものなんじゃあ」

 ため息が聞こえた気がした。もしそれが現実なら、それは京香さんのものだ。

「確かに、本当ならそうなのかもしれませんね。ですが、私たちはそうじゃありませんし、そうなるつもりもありません。ずっと前に、決めたんですよ。これ以上誰かが傷つく前に自分たちで守るって。それだけです」

 だけど、僕の知らないことを語る京香さんはとても遠くを見ているような気がして、思わず圧倒されてしまう。

「ねえ、それって。ひょっとしてそれって加乃先輩がこそこそする人が苦手な理由と関係あったりとか……」

「しますよ」

 少し、帰ってきた言葉に驚く。まさか、闇雲に言ったことが本当だったなんて。

「それって、何か理由があったりする……」

「失いそうになったんです。何もかも。だから、そう決めました」

 それは、説明しているように見えて、実際は教えることを拒絶しているような、壁だった。僕が知らないことを知っている。僕が知らない世界がある。それを知ってしまうと、僕がいた世界はなんと安全に守られていたんだろうと思う。ずっと遠くにいるのに気がついて、僕の見ていた景色が幻覚に変わっていってしまった。僕たちはずっと変わらないと思っていたけど、それは僕だけだったんだ。

「いつか、いつかその理由を聞いてもいいかな?」

「来たるべき時が来れば」

 それだけ話すと、口をつぐんでしまう。何となく決まずい雰囲気がした。

「なになに、なんかあった? ひょっとして京香ちゃんが悠杜君にコクった? 禁断の兄妹愛か、いいねえ」

「そんなんじゃありません!」

 電車の中にもかかわらず突っ込んできてしまう。だけど、加乃先輩の動きに違和感を覚えて。わざとおちゃらけた性格をしているんじゃないかと疑ってしまって。だめだね、こんなことじゃ。加乃先輩はバカノ先輩。これでいい。

「何か今ものすごくディスられた気がする」

 気のせいだ。




「いらっしゃい。君たちが新聞にしたいって言ってる人だね。僕は三雲(みくも)。よろしく。

 眼鏡をかけた男の人があいさつする。結構イケメン。優しそうに見えるけど、いろいろと暗い所があるんだよなあと思ってしまう。

「今日はお世話になります。鹿野(かの)って言います」

 加乃先輩が偽名を名乗る。表記はしてないけど名字だと思ったはずだ。ちなみに僕と彩里さんは会釈で済ませた。新聞部の腕章をつけてるし勘違いしてもらえたんじゃないかな。

「あれ、誰かと思えば加乃ちゃんじゃん。久しぶり。8年ぶりだっけ?」

「あ、守山の姉さん」

 奥から出てきた女性社員が言う。加乃先輩の知り合いだったらしい。これは、ちょっとまずいかもしれない。

「今、高校生だっけ?」

「中学3年です」

 よかった、年齢を把握されてないくらいで。

「加乃さん、どなたです?」

「はとこの守山さん。こんなところで働いてるとは思わなかった」

 密談ひそひそ。どうやら、そこまで親しい関係じゃなくてよかった。これならバレずに済むんじゃないだろうか。

「結構聞いてるよ? やんちゃしてるとか」

「あはは」

 苦笑いでごまかす加乃先輩。たぶん守山さんが考えてる方向とは違うけどかなりやんちゃしてると思う。潜入捜査したりとか。

「それじゃあ、軽く案内してくる」

「わかりました部長」

 三雲さんの案内の隙を突けばいいんだな。というか三雲さんが部長か。なら、目的地は決まった。

「僕たちの仕事は、簡単に言うと会計を処理して、データを出してます。結構大手とも契約してるから、結構忙しいんだけどね」

「その節は、ありがとうございます」

「えっと、守山くん、パソコン借りていいかな? 確か、プレゼン用のサンプルまだ残ってたと思うんだけど」

「残ってますよ」

 流石に、企業秘密とかあるもんね。そして素早くデスクを確認する。空いてる席は4席。三雲部長、森山さんとあと2人。守山さんの席は特定できるから、標的は3分の1。その上で部長席は、あそこか。

「あ、そうだ。さっきから気になってたんですけど」

 今だ!

「あそこに書いてある四字熟語、かっこいいですよね」

 加乃先輩が注意をそらせた隙にさりげなくUSBを差し込む。ノートじゃなくてデスクトップタイプだ。あとは、僕にできるのは注意をそらしながら155秒間祈るだけ。

「ああ、あれね、夢幻泡影って書いてあるんだけど」

「知ってます。全部儚いもので、それを人生に例えてるんですよね」

「どういう意味なの?」

 22、23、24。

「うーん、簡単に言うと諸行無常かな」

「へえ、鹿野さんって物知りなんだね」

「それより、これの作者って誰なのかが気になる。素人目に見てもかっこいいし」

「これは、社長が書いたんだよ。なんでも座右の銘なんだってさ」

 84、85、86。早く終わってくれ。そう思う。不自然にしちゃいけないって思っても、ちらちらとみてしまう。

「で、うちはこんな感じで仕事をしてます。これは、前に大企業のコンサルティングの枠をかけてプレゼンをした時のやつだね。流石に、リアルなのは見せられないから」

「はは、そうですよね」

 124、125、126。早く、早く。時間よすぎてくれ。

「なるほど、こんな感じですか」

 まだですかと加乃先輩が目線で急かす。後10秒もないんだ。早く。

「あ」

「なんだい?」

「いえ、見間違いかも……」

 今だ!

 USBに手を伸ばす。でも、その前にそのUSBは寸前で抜かれてしまった。


 え!?


 ヤバイ、守山さんに取られた。

「あれ、そのUSB」

 守山さんが加乃先輩の方を見る。ヤバイ、どうしよう。

「見たところ、加乃の差し金みたいね。いいわ、あげる。まあ、いつかやめないととは思ってはいたんだけどね」

 耳元で囁きながら、守山さんはUSBを返してくれた。え、いいの!?

「あーあ、再就職先探さないとな。ねえ、加乃ちゃんなら伝手あるよね?」

 そのまま加乃先輩とも相談事。緊張を張り巡らせながら笑顔を取り繕う。加乃先輩の冷や汗なんて初めて見た。

「頼むよ。これは、黙っとくから、さ」

「あ、はい。頑張ります」

 密約が交わされるのを前にして彩里さんが息を吐き出す。僕もほっと溜息をついた。

「あれ、みんなどうかしたの?」

「いえ、これで今回のも無事仕上がるなーと。あはははは」

「そう、それならよかったよ。もうちょっと見てく?」

「はい!」

 加乃先輩が空元気に言う。他の社員には、よかった。どうやらバレてないようだ。




「いやー危なかったねー」

「お疲れ様です」

 京香さん達と合流しながら加乃先輩が話す。

「よし、じゃあこれは悠杜君、涼ちゃんに渡しといて。今日はこれで解散ね。制服は洗濯して返して。お疲れ様」

 加乃先輩が解散を宣言する。ふう、すっごくびくびくしたよ。

「あ、そうだ。悠杜君、後で千秋さんに就職斡旋してくれるよう手伝ってもらえる?」

「まあ、それくらいなら」

「よし、それじゃあ帰るか。あ、アイスクリーム食べに行く人!」

「僕は遠慮しときます」

 かなりギリギリだけど、終わった終わった。それに、加乃先輩はいつも通りみたい。こっちが素なんじゃないかなって思うくらい。って、それは考えないようにしないとね。

 さて、いつも通りの日常が待っているはずだ。

作者「さて、こちらにはミスターモブこと守山さんにお越しいただきました」

悠杜「いや、そこはミスなんじゃあ」

作者「細かいことは気にしない。さて、守山さん、出演してみていかがでしたか?」

モブ「あの会社給料低いわりに待遇あんまりよくなかったしね。加乃ちゃんなら安心だよ」

悠杜「気にするところそこかよ」

モブ「ちなみに、加乃ちゃんは我が一族の星なんですよ」

悠杜「その辺の話も出てくるのかな」


作者「いや、まったく。守山さんも一話限りの登場人物ですし。加乃先輩はギャグキャラだからシリアスは書かない」

加乃「さりげなくディスる人たち……」

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