たとえ携帯を買わされようと!
「それじゃあ今日のところはあがっていいよ」
最後の客(深草さんは除く)が帰ったところで、十条さんが言う。
「わかりました、これ洗ったら先失礼します」
持っていたコーヒーカップを洗いながら言う。すると深草さんがカウンターから身を乗り出してきた。
「伏見君、そろそろメールアドレス教えてよ。連絡取り辛いじゃん」
「いや、別に取る必要なくないですか?」
「悠杜君は携帯持ってないからね」
十条さんが言う。別にそんなこと明かすつもりはなかったんだけどな。だってめんどい。確実に絡んでくる。そもそも携帯じゃなくてもパソコンでメールもできるし、いざとなれば親の携帯を使ってもいいわけだし。
というわけで僕は携帯を持ってない。でも深草さんはぐんぐん迫ってくる。
「伏見君、だったら携帯買いに行かない?」
「いや、別に必要ないし」
そう言うと、十条さんが口を挟んだ。
「雇い主の立場から言わせてもらうと、やっぱりあったほうがいいと思うな。今もお父さんの携帯で連絡取ってるから、こっちとしてはやり辛いし」
十条さんまで。僕に味方はいないのか!
「駅前にあるからさ、バイト終わりでしょ。今から買いに行こうよ」
「私からもそうして欲しいな。それに、今買えばもれなく美少女のメールアドレスがついてくるんだよ。せっかくの機会なんだし買ったらどうかな」
二人が僕を追い詰める。いや、深草さん、その営業スマイルはだめですって。ちょっと心揺れちゃうじゃないですか。
「買ってもいいですけど、でも、親が許すかどうかわからないし」
「ああ、それなら連絡とってみるよ」
そう言って、十条さんが僕の親に電話をかける。
「もしもし、伏見さんですか? 実は、悠杜君が携帯を買いたいといっていまして」
おい、ちょっと待った! 僕は買いたいなんて一言も言ってないぞ!
「ええ、かまいませんか。ありがとうございます。あ、今日買って帰るので、少し遅くなるかもと本人言ってますので、それでは」
そう言って十条さんが電話を切った。ねえ、打ち合わせとぜんぜん違うんじゃない? 打ち合わせしてないけどさ。勝手に事実改変しないでよね!
「というわけだから、早く行こう!」
深草さんが手を引っ張る。ちょっと、制服! シャルロットの制服から着替えないとだから!
結局、僕は駅前の携帯ショップで、深草さんにいろいろと指示されたコースでスマホを契約し、めでたくメールアドレスを二個ゲットしたのであった。めでたいのか、これ。あと親とも交換しとかないとな。
それにしても、深草さんはなんでメールアドレスを知りたがったのかね。早速来てるし。どう返事を打てばいいのかわからない。え、僕に惚れてるんじゃないかって? 何度も言わせるな! 僕はそんなこと信じないからね! たとえ携帯を買わされようと! きっと『シャルロット』の店員のメールアドレスが知りたかったとか、そんなだから!




