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海戦前夜

時は多少前後する


12月8日正確には日が変わった9日の夜中。

無事フィリピン爆撃から凱旋した高雄航空隊の整備兵はまだ陸攻の整備が終わっていなかった。

「全く整備は地獄だぜええええええ!!」

真夜中の基地に羽田義二等整備兵の絶叫が響いた。

「わかったから、五月蠅い!!黙れ!!整備の邪魔だ!!」

羽田の絶叫よりも大きな音量で他の整備員が怒鳴る。

しかし、羽田の発狂ともとれる絶叫を皮切りに若手、古参問わず多くの整備員が大声を上げ始めた。

それからは「ここは野戦病院か?」と思うほどの絶叫がこだまし、

「お前らー発動機の音なんかに負けんじゃねーぞ!!」

「おおおぉーーーー!!」

「叫べええええぇーーーー!!」

「おおおおおぉぉーーーー!!」

と一種の連帯感が芽生え始め意味不明な叫び声をあげながらみな「熱心」に整備に励んでいた。

傍から見れば狂人のそれだということは羽田達にもわかっている。

だが、それでも理解してほしいと羽田は思った。

整備する機の数が多すぎるのだ。しかも、彼達の担当は整備性の悪い四発機である。

確かに全機生き残るということは大変素晴らしいことだ。

それに加え、大戦果だという事だから尚更いい。

しかし、それは不謹慎だが整備員にとっては地獄を意味する。

只でさえ今日は朝から陸攻に爆弾を詰め込んだばかりなのだ。

その時の疲れがまだ残っている。

6番爆弾はまだいい、一人で持ち上げられる。

だが、25番、50番になってくると勿論、一人では持ち上げられず多人数でやっても6番よりも体にこたえる。

今回はなかったが、これが魚雷になると1t近い重さに加えて精密機器を扱っているという緊張感がプラスされ身心ともに参ってしまう。

その疲労は尋常なものではない。

現在その疲れた体に鞭打って機体の整備を行っている。

最初の内はそれでこそ整備の甲斐があるもだと意気込んでいたが、今は見る影もない。

特に第一攻撃隊第一中隊三小隊の三番機の陸攻は骨が折れた。

整備中に藤井とかいう搭乗員が使っていたルイス式機銃に残弾があったらしく暴発した。

調べてみると機銃の射ち過ぎで、銃身が膨張しねじ曲がっており、別の物に取り換えなくてはならかった。

幸いケガ人は出なかったもののあの時ばかりは(ストライキを起こしてもいいのでは?)と一瞬考えたほどである。

整備員からしてみれば戦争だから仕方がないが、機械を丁重に扱わない奴の機体ほど整備が難しい。

そして、この高雄空の搭乗員はみな好戦的でその傾向にあったのだ。

「全く整備は地獄だぜええええええ!!」

羽田は再びそう叫ぶと次の整備するべき場所を探し始めた。


高雄航空隊が絶叫に包まれている頃、別の場所で歴史的海戦が行われようとしていた。

Z艦隊旗艦プリンスオブウェールズの艦上でサー・トム・フィリップス中将はため息をついた。

彼はマレー半島に進軍した日本軍を撃破するためシンガポールを出港した戦艦二隻(POW、レパルス)、駆逐艦四隻(ヴァンパイア、エクスプレス、エレクトラ、テネドス)を指揮する立場にあるが、その気分は消して晴れやかではなかった。

その理由は二つある。

一つは、戦力が十分でなかったことだ

シンガポールには前述の艦艇以外にも巡洋艦などが存在したが修理や船速の関係上、艦隊に随伴することができなかった。

もう一つは空軍からの航空支援を受けられなかったことである。

出航前に航空司令官から直々に戦闘機による護衛を付けることができないと言われた。

(あれだけ日本の空軍能力を過小評価していたくせにいざとなると出し惜しみか...)

この時のイギリス軍人全般は日本軍を東洋人種だからと言って過小評価する傾向があった。

例えば、開戦前に対日用に配備された航空機は旧式のものが多かったが「ヨーロッパの旧式はオリエントの最新鋭」と言ってあまり問題にしなかったし、このフィリップス中将もこの後の海戦で戦死する最後まで「日本軍の航空機は旧式だから攻撃が当たらない」と信じていた。

しかし、同海域に展開している日本海軍艦隊には戦艦はいないものの、数の上ではこちらを上回っている。

そのため、フィリップス中将はこの戦いに勝利する為には奇襲しかないと確信していた。

だから日本軍が哨戒線を展開していると予想される半島沿いの航路は避けている。

奇襲に成功すれば、護衛戦力の薄い日本の輸送船団を10日までには一方的に撃破できると考えていた。

そう、「奇襲に成功すれば」だ。

しかし、このイギリス艦隊の動向を注視するものがいた。

「艦長、艦隊です。でかいのが二隻います。」

狭く蒸し暑い艦内に低い男の声が響く、その声は歓喜に満ちている。

「よしっ進路そのまま、真後ろにつけ!!電文を打つのを忘れるな!!」

第五潜水戦隊第三十潜水隊司令潜水艦伊65である。

艦長原田少佐と隊司令寺岡大佐は顔を合わせてニヤリと笑った。

この潜水艦は昨日、戦隊司令官の命令により哨戒区間を変更したばかりだった。

フィリピンと同じように日本海軍はこの地でも運がよかった。

「艦長、もう一隻の戦艦は艦名不明ですが片方はレパルス級です。間違いありません。」

どうやら片方は海軍年鑑にも記載されていない新型らしい

「艦長、どうやら英国海軍の象徴レパルスと噂のチャーチルのお気に入りが同時に出たようだなぁ」

寺岡はいたずらが上手くいった子供の様に原田に話した。

「そうですね、しかし新型戦艦と報告して海の上のお偉いさんに誤認情報と勘違いされても困りますね。」

「両方ともレパルス級と報告しておこう。」

こうして電文が打たれた

「敵レパルス級戦艦二隻見ユ地点コチサ一一、経路三四○度、速力14ノット 一五一五」

この報告は結局二時間遅れて伝達されることになる。

しかし、この後伊65は五時間にわたり接敵を続けた。

この段階でイギリス海軍は奇襲に失敗することが確定した。



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