開戦
12月8日
「この時歴史が動いた!!」という某番組のキメ台詞があるが、この日ほど近代日本でこの代名詞が似合う日はないだろう。
「ニイタカヤマノボレ」
「ヒノデハヤマガタトス」
このたった二つの電文が日本の未来を決定した。
これが合図となり、南雲率いる空母機動部隊はハワイへ、
山下が指揮する第二十五軍は英領マレーへと進攻する。
そしてこの台湾に展開している航空兵力、総計約500機も、もちろん行動を起こすことになっていた。
フィリピンへの進行だ。
「霧が濃いな・・・。」
数メートル先の戦友の顔が判別できない位の濃い霧の中で藤井三飛曹は呟いた。
高雄空の藤井は愛機にいつでも乗り組めるよう陸攻のすぐ近くに座っていた。
この基地には既に我が海軍の精鋭たちが真珠湾奇襲に成功した報が届いている。
本来なら機動部隊が奇襲に成功したと同時期にフィリピンを攻撃せねばならなかった。
フィリピンには台湾を爆撃圏内に持つB-17フライングフォートレスがクラーク基地、イバ基地に合わせて4、50機配備されていると予想されている。
これを早急に排除しなければ、せっかくの奇襲が無駄になってしまう。
しかし、それができないでいる。
濃い霧のせいだ。
前日7日の陸攻による天候観測では予定通り決行されると宣言されていたが、誰もこんな濃い霧が発生するとは思ってなかった。
本来なら今日未明に開始されるはずだった作戦は延期され、未だ実行される気配はない。
「予定ならとっくに比島上空だな」
後ろから川上裕也三飛曹が話しかけきた。
彼は藤井と同じ高雄空第一隊の偵察員である。
「全くだ。せっかく機銃で米軍機を打ち落とせると思っていたのに・・・!」
「お前は本当にそれが好きだなぁ」
「ああ、俺の生きがいだ。」
藤井はオ号作戦で支那軍機を一機打ち落として以来、敵機を打ち落とすことが彼の趣味になっていた。
あの作戦で何かに目覚めてしまったのかもしれない。
そのおかげで、台湾での長い訓練期間は彼にフラストレーションを感じさせていたのだ。
「速く機体にユニオンジャックを刻みたいもんだ。」
彼の機には彼が担当している胴体右舷の銃座付近に機長の許可をとって落とした数と同じ支那軍旗を塗装している。
その数三枚。
支那軍機が軒並み複葉機、固定脚機ばかりの旧式だったせいもあるが、高雄空でも三機以上落としている隊員は少ない。
「おい、おい、それはマレーに侵攻する鹿屋空とか陸さんなんかの仕事だろう。お前が機に塗るのは英国旗じゃなくて、米国旗だな。」
笑いながら、川上は後ろに座った。
「英国旗のほうが格好がいい」
そう答えて後ろを見ると他の隊員がキャッチボールを始めている所だった。
結局高雄空含め台湾の航空隊がフィリピンに向かい機を離陸させ始めたのは予定より6時間以上後の事であった。
だが、この時間差が日本に味方をすることになる。
(やっぱり、ジャップの奴等は来ないじゃないか・・・)
アメリカ陸軍第24航空群P-40パイロット、オリバー・ミラーはクラーク基地を飛び立ち警戒行動を行っていた。
日本軍がハワイを攻撃したのでフィリピン全域で警戒命令が出ていたのである。
台湾から侵入することが予想される日本軍機を迎え撃つためだ。
しかし、彼を含めほとんどのアメリカ軍人は日本軍は来ないだろうと考えていた。
真珠湾が攻撃されたと聞いてはいるが、アメリカ海軍の一大拠点を攻撃したなら大損害を受けたはずで、今頃日本は被害の多さに驚いて降伏手続きを始めているはずである。
そう考えていた。
実はこの時、米海軍はフィリピンの陸軍に対し、攻撃は受けたと報告したがその被害を報告していなかった。
どこの国でも陸海軍は仲が悪いのだ。
オリバーはふと燃料計を見る。かなりの量が減っていた。
(燃料がなくなりそうだ、もう戻るか。)
周りを見渡しても自分以外の僚機の数も少なくなっていた。
「燃料切れだ。着陸する。」
無線機にそう怒鳴りつけ、着陸姿勢に入ろうとした。
その時である。
「翼のミートボル!!ジャッ...」
雑音交じりの通信が来たと思った瞬間、ものすごい爆音が彼の耳に響いた。
地上を見ると着陸先の滑走路に並んでいた戦闘機が爆発している。
それだけではない、数秒後にはあらゆる場所から火の手が上がっていた。
風防越しに墜落していく仲間の戦闘機も確認できる。
(なんだッ!?)
おもわず、後ろを振り返る。
(戦闘機と四発機…!?)
それが、彼の最後に見た物となった。
「藤井大紀三飛曹!!フィリピン上空にて米戦闘機一機撃墜確実!!」
それと同じ頃同空域に進出した高雄空第一航空隊の1機である一式陸攻の機内がたいへんやかましいことになっていた。
着陸途中のP-40と思われる戦闘機を撃墜した藤井である。
「やりました!!ゼロ戦隊より速く落としましたよ!!」
エンジンの騒音に負けない大声で叫ぶ。
「わかったから、五月蠅い!!黙れ!!爆撃の邪魔だ!!」
爆撃手の川上が割と本気の怒った声で怒鳴り返した。
諸田が黙るとすぐに地上に駐留している爆撃機隊に照準を定め爆弾を素早く投下、
計18発の6番爆弾が次々と炸裂し、クラーク基地が火の海と化す。
「全く戦争は地獄だぜえええ!!」
藤井は危ないスイッチが入ってしまったらしく逃げ惑う地上人員を機銃掃射でなぎ倒す。
たちまち機内に火薬の匂いが充満する。
爆弾を落とし終えた一式陸攻だが、7,7ミリ機銃と20ミリ機銃が各三門あるのである程度の対地攻撃が可能である。
僅かに上空に上がっていた敵機を全て撃ち落としたゼロ戦隊も機銃掃射に加わっていた。
今、フィリピンでは一方的な殺戮が繰り広げられている。
日本海軍は霧のせいで出撃が遅れた。
しかし、そのおかげで日の出から警戒のために上空に上がっていた米軍機の燃料がきれるタイミングと同じタイミングで攻撃を加えることに成功。
藤井はこの帰り際に比島での幸運で、「やはり日本は神国だと思った」という。
陸攻隊は大した障害もなく着陸したばかりの米軍機相手に安全に爆撃を行うことができたのだ。
結局、この日の空襲で日本軍はフィリピンに展開する米軍機125機を撃破し、同地の米軍機の約半数を行動不能にした。
それに対し日本軍の被害はゼロ戦が7機、九六式陸攻一機だけで、一式陸攻の被害はなかった。
ここでも一式の高い防弾性が証明された。
10日には2度目の空爆が行われ、その時に野中少佐が指揮する高雄空第二航空隊により米輸送船「サゴラン」が轟沈。
これが一式陸攻の最初の艦船撃破であるとされる。
その後12日、13日に高雄空第一第二航空隊が一緒に出撃。
この出撃によりフィリピンの制空権を握ったと判断され、フィリピンへの空襲は終了した。