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戦雲

高雄航空隊は9月初めに編成地に戻った。

対米関係の雲行きが怪しくなったためである。

その日から陸攻隊の猛訓練が始まった。

訓練内容は初歩的な飛行訓練から夜間飛行、雷撃訓練、爆撃訓練、長距離航行訓練など多岐に及んだ。

この頃になると搭乗員達は一式陸攻に愛着を持ち始め誰も寸胴などと悪口を言わなくなっていた。

搭乗員の中には自身の搭乗機に自分が機銃で落とした支那軍機の数と同数の青天白日満地紅旗(中華民国の国旗)を塗装する者まで現れた。

新しく隊に配属された者たちも、最初から乗る機体があの伝説の「三菱の一式」なのですぐにベテランパイロットになれるよう努力している。

高雄空の「搭乗員」の士気は最高潮に達していた。

そう、「搭乗員」はである。


11月3日

「羽田ァ~。そっち終わったかぁ?」

飛行場の脇で今にも死にそうな整備兵の声がエンジン音に紛れて聞こえる。

「はいっ!!終わりました!!」

羽田と呼ばれた整備兵は、まだあどけなさの残る青年の声で答えた。

先程の人間に比べれば元気そうな声だがやはりどこか辛そうである。

「お前元気だなぁー。もうこの隊には馴れたか?」

彼、羽田義二頭整備兵はこの高雄航空隊に10月1日に配備された。

少し前に普通科整備述訓練生を卒業したばかりの新人だ。

「えぇだいぶ慣れました。ですが、夜間の整備は慣れませんね。」

整備用の機材をガチャガチャさせ、笑いながら返答した。

別の人間が空を見上げ答える。

「もう夜明けだがな。」

彼らは現在、夜間飛行の終わった一式陸攻の整備中であった。

高雄航空隊は前述の通り日々様々な訓練を昼夜を問わず行っている。

その影響が整備兵に多大な苦痛を強いていたのだ。

特に夜間飛行の整備に回された整備兵は悲惨なものだ。

真夜中に帰ってきた機体を眠い目をこすりながら整備し、気がつくと朝になっている。

仕事を終えてやっと寝られると思っても、エンジンの爆音で寝付けない。

高雄空の整備員のやる気はどん底である。

それでも整備をやめないのは日本人特有の仕事姿勢から来るものだろうか?

とにかく、四発の一式陸攻は整備が難しい。

爆弾槽一つとっても巨大だ。巨大すぎる。

大型の爆弾槽には九六式陸攻に比べ6発も多く6番を搭載できる。

搭乗員曰くそれを高度5000メートルからバラバラ落とすのはとても素晴らしものだそうだ。

それを聞いたとき羽田はあと少しで手を出すところだった。

(詰め込む身にもなって欲しい、我々だって人間だ。)

実際は搭乗員も詰め込むのだが...。

全弾詰め込んだ翌日には全身が筋肉痛に襲われる。

また、機体全体に施されている装甲版も整備兵の悩み種だ。

今まで装甲版を張った航空機の整備などしたことはない。

これは重装甲を目指した四発機には避けられない問題であった。

唯一の救いはエンジンが九六式と同じ金星であることだろう。

同じエンジンなので、いざというときは他の陸攻部隊から整備兵を借りてくることができる。

金星の使用。

それにはちゃんとした理由があった。

簡単に言うと生産性向上のためである。

本庄技師は最初、自社製の火星を使用するつもりであった。

しかし、開発の途中で前代未聞の四発機をいきなり生産開始すると工員が慣れていないので、工場が混乱する可能性が高いと判明した。

ただでさえ、エンジンを四発つける四発攻撃機は生産性が低い。

「ならば、発動機ぐらいは前作の九六式同じ物にし、部品の融通がきくようにしよう。そして工員が作業に慣れ始めたら本命の火星搭載に切り替えよう。」

と考えたのである。

だから、火星を搭載できるよう機の設計には余裕を持たせた。

後に陸軍が一式陸攻とほぼ同じキ50を正式採用したことでさらに生産は楽になるが、陸軍も生産効率を上げるためにエンジンをなるべく同一のもので統一しようという動きを見せ始める。

この動きがある戦闘機の登場に貢献することになるのだがそれはまた別の話である

「これで終わりですね。」

羽田が最後の機を整備し終えた頃にはすっかり昼間になっていた。

夜間飛行が終わった機体はすべて片付けた。

「いや、まだある。」

先輩の熟練整備兵が言う。

「えっ!!これですべてのはずですが!?」

応えるその声には少しいら立ちが混じっている。

「さっき命令があった。特殊作戦用に一式を一機塗装しなおしてくれってな...。」

それを聞いてその場の全員が苦虫を噛み潰したような顔をした。

特殊作戦。

それは11月3日から行われているフィリピンへの偵察作戦だ。

機体が日本のものだと悟られないよう、胴体の日の丸、尾翼の部隊マークを塗りつぶして行われる。

機体全部を塗りつぶすので当然、塗装されている青天白日満地紅旗も消さなくてはならない。

それをやっている間背後からその機の搭乗員に凄い目で睨まれる。

その気分は針の筵にいる様だ。

宣戦布告前の偵察は国際法違反ではないかと思われるが、当時どの国もやっていることだった。

戦後、アメリカやソ連も同じような事をしている。

アメリカ空軍のU-2撃墜事件などは有名だ。

ちなみに陸軍ではみんな大好き辻政信が自ら百式司偵に乗り込んで開戦前の英領マレーを偵察した。

その偵察でコタバル上陸を思いついたという。

ともあれ、このフィリピンでの特殊作戦は対米開戦が近いということを暗に意味していた。

最近では台湾上空で一式陸攻ではない国識不明の「別の四発大型機」が何度も目撃されている。

今、台湾ではいつアメリカとやりあうかが隊員たちの酒の肴になっていた。

そして最初の特殊作戦から約一か月後の12月1日。


総員外出禁止令が全隊員に出された。


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