砲撃処分
(いた...。)
キラキラと輝く青い海に小さな島の様な、黄色い飛行甲板が見えた。
風を確認しながら高度を徐々に下げる。
相手もこちらに気付いた様だ、艦首を風上に向けている。
準備が整ったらしい、信号旗が確認できた。
旋回を開始する。
よし、大丈夫そうだ。
何度目かの旋回が終わり、計器を確認する。
さらに高度をグンと落とす。島の様な船にさらに接近すると目の前一杯に木製の黄色い甲板が広がる。
着艦誘導灯がキラキラと輝くが、その光の並びは真っ直ぐに一列。
進入角も適正だ。
そのまま、機を滑らせる。
甲板に車輪が接触する。
機の脚にゴロゴロとした振動が伝わり一瞬グンッと機が何かに引っ張られる衝撃を感じ、それと同時に機の前進が止まった。
フックがワイヤーを無事捉えた様だ。
何度やってもこの瞬間は慣れない。
「これだけか...」
野田は鳳翔の飛行甲板に着陸し周りを見た。
帰還できた鳳翔艦載機は彼を含めたったの2機。
いや、僚機は被弾箇所が生々しく残っておりもう使えなさそうだ。
帰還機は事実上一機。
6機で出撃していたため、損耗率は8割を超える。
あの激しい迎撃だ、複葉の旧式雷撃機が2機生きて帰れただけでも御の字かもしれない。
他の空母の飛行隊もまばらに着艦を始めているがその数は出撃前に比べ明らかに目減りしていた。
艦載機に余裕がないため哨戒と攻撃から帰還した機を再編成し日没ギリギリにもう一度攻撃隊を繰り出すと聞いているが、果たして大丈夫だろうか。
一筋の汗が野田の額を流れた。
「この戦い厳しい物になるな」
機から降りる際誰にも聞こえない声でそう呟いた。
所変わって米海軍の任務部隊。
こちらも黄色い木製甲板を持った巨艦が2隻海の波に揺られていた。
「損耗率は28%か...」
空母エンタープライスの艦内でウィリアム・ハルゼー中将は部下からの報告を聞きその顔を曇らせる。
先程の迎撃で2隻の空母から飛び立ったF-4Fの数は32機。
その内7機が撃墜され、帰還した2機は損傷が酷く使用不能であった。
飛来した敵航空隊のZEAK(ゼロ戦)の機数はパイロットの証言から20機程度であったため、この位機数に差があれば本来ならばもう少し損害が少ないことが普通である。
しかし、ZEAKは少数ながらもF-4Fに喰らいつき、無視できない被害を出させたのだ。
一応、こちら側も12機のZEAKを叩き落したらしので、損害は向こうの方が上だ。
今回、数はこちらが多かったのでこの結果となったが、もしこちらの数が少なかったらどうなっていたかはあまり考えたくもない。
F-4Fの後継機となる新型艦戦が本国で開発中だが、それが配備されるのは少なくとも来年だろう。
それまで合衆国は日本海軍に不利な戦いを強いられる。
頭の中で思考をまとめていると急にドンッ!!と爆発音が耳に届いた。
しかしそれは空母の近くではなく距離が離れている所から発生したらしい
音が少しくぐもって聞こえる。
「なんだ!!」
レーダーの観測員から新たな航空隊が来たという報告はない。
(敵機の飛来を見逃したのか!?)
反射的に怒鳴った。
「は、グヴィンの砲撃処分が始まったようです。」
近くの者が応答する。
(そうだった、グヴィンの被雷がだいぶ前であったから忘れていた。)
グヴィンは途中まで、喪失を回避できる可能性があったため、諦めきれず砲撃処分の決定が遅くなってしまったのである。
今頃は数キロ後方で他の駆逐艦の5インチ両用砲の砲撃がグヴィンの薄い装甲を貫いているに違いない。
幸いなことに犠牲者は少なく、漂流した船員も殆どが他の駆逐艦に救助された様だ。
(砲撃処分が終わり次第、全速力で引き上げなければ...)
ハルゼーがそう考えたのとレーダーが航空機の光点を捕らえたのはほぼ同時だった。
「発砲炎っ!!」
「なに!!」
鍋田機の一式陸攻仮称十三型の機内で偵察員が叫んだ。
本土からもうすでに4時間以上飛行を続けている所だった。
見ると数隻の軍艦が砲撃を行っており青い海にチカチカと稲妻を連想させる光を発している。
(友軍艦と砲戦をやっているのか?)
鍋田は一瞬そう思ったが、こんなところに友軍がいるわけがない。
かと言ってこちら側に筒先を向けているわけではないようだ。
ともかく、敵の捕捉に成功した様である。
しかし、周辺に空母を含めた敵主力艦は確認できない。
(被害を受けた艦を一旦切り離したか...)
鍋田はそう考えた。
ならばこのまま砲撃中の艦を目安に周辺海域を探せば敵の空母は発見できるだろう。
「敵戦来襲!!」
鍋田の考えは上部機銃手の叫び声で打ち消された。
直ぐに操縦員は機を降下させ敵戦の銃撃から機を反らす。
しかし、さばききれずに何発かが着弾し衝撃が走るも飛行に支障はない。
太陽を背にし降下を仕掛ける敵戦に向かって上部と尾部の20㎜が火を噴いた。
編隊飛行をする一式陸攻による20㎜の一斉掃射は敵戦の搭乗員を怯ませる。
20mmの野太い火箭が銃撃を浴びせたF-4Fのうち1機を捉え撃墜した。
機載機銃としては太平洋において現在一番威力のある機関銃であろう九九式二○粍機銃は一発でF-4Fの主翼をもぎ取り爆発させた。
残るF-4Fは一式陸攻のすぐ横を降下し射線から逃れる。
その際、左右側面の7.7㎜が弾丸を吐き出し、F-4Fを銃撃するが効果は無かった。
初撃で1機の迎撃に成功したが、こちらも無傷ではない
鍋田は風防越しに火を噴きながら高度が下がりつつある僚機を認めた。
(クソ、まだ空母にすら到達してないのに...!!)
鍋田が心の中で悪態をついた時、急に僚機の出火が止み、僚機はその機を持ち直すことに成功していた。
(自動消火装置が作動したのか!!)
二酸化炭素ガスを噴射する自動消火装置が働いたのだろう、もうダメだと思われた僚機は何事もなかったかのように飛行を続け始めた。
「12時の方向より敵機ィ!!」
機首機銃員の声に反応し前に顔を戻す。
気付くと真正面から敵機が3機真っ直ぐ突っ込んできている。
一式陸攻は機首の火力が貧弱だと敵も知っているのだろう。
真正面から槍を持った騎士の一騎打ちの様にやり合うつもりだ。
先にF-4Fが射撃を開始した。
何発かが風防を貫通し風通しがよくなる。
「ウッ」
誰かのうめき声、負傷した様だ。
距離を充分引き付けてから、鍋田の小隊3機が機首の20㎜を発砲した。
真っ直ぐ突っ込んできたF-4Fは発射される弾丸が十一型と同じ7.7㎜だと思っていたらしく、機銃の回避をあまり考えていなかった様だ。
鍋田機が怯まず放った20㎜の弾丸は油断していたF-4Fのカウリングに着弾し1発でそれを砕き、墜落。
しかし、鍋田の僚機も一機が爆発しながら撃墜される。
先程、自動消火装置に助けられた機だった。
「航跡多数!!空母です!!空母がいます!!」
撃墜された僚機に対して涙を流す暇も無く、新たな情報が鍋田の脳を刺激する。
空の戦いには休みなどない。