仮称十三型
「クソッたれ!!」
駆逐艦「エレット」の20㎜AAGUN(対空機銃)を操るエドワード二等兵は明らかに速力が落ちた艦上で悪態をついた。
小さな駆逐艦の甲板には海水で髪の毛がベッタリとした水兵が所狭しに並んでいる。
中には血が出ており負傷している人間もいた。
エレットを含む第十六、十八任務部隊の駆逐艦達は先程の日本海軍の攻撃で沈没した駆逐艦の漂流者を引き上げている真っ最中である。
近海に展開していると思われる敵空母からの攻撃は主力艦の2隻の空母や2隻の重巡洋艦に損害を与える事は無かったが、三隻の船がダメージを受けた。
「ベンハム」、「グヴィン」の駆逐艦2隻と軽巡洋艦「ナッシュビル」だ。
まずベンハムがJean(九六式艦攻)の雷撃を受け沈没した。
ベンハムは3機のJeanに狙われ1機を撃墜、一本の魚雷を回避したものの、その直後に艦首付近に一発被雷。
そのまま艦首が引きちぎれ、乗員の努力もむなしく海中に没したのだ。
今、エレットの甲板上にいる負傷者達のほとんどはベンハムの乗員である。
その後、グヴィンにもJeanが襲い掛かり2本の魚雷が機関室に直撃。
こちらはまだ沈んでいないが、少なくとも戦力にはカウントできない。
既に退艦命令が出され砲撃処分がなされる予定である。
これら2隻に比べナッシュビルの損害は軽い。
ナッシュビルはKate(九七式艦攻)の雷撃隊に攻撃されるも殆どの魚雷の回避に成功。
しかし、一発の被雷と一機の体当たりを喰らった。
雷撃後、対空機銃で翼をもがれたKateがそのままナッシュビルに突っ込んだのだ。
だが、流石に軽巡洋艦なだけあって速力の低下と艦艇設備に損害が発生するも沈むことはなかった。
艦隊の損害は以上だが、エドワードの心中は穏やかではない。
「もし、次の編隊が飛来してきたら次に沈むのはこのエレットかもしれない」そのような考えが脳裏をよぎる。
速くこの海域から撤退したいが、負傷者を置いて逃げるわけにもいかないし、こんなに大量の負傷者を甲板上に乗せたままでは対空戦闘に支障をきたしかねない。
(そうだ、対空だ、対空火力が足りない)
エドワードはそう思った。
こう考えてたいのは彼だけではなかった。
エレット艦上の対空要員は皆そう考えており、先程から極度の緊張状態にある。
どこから持ち出したのかBAR軽機関銃を取り出し空を睨んでいる者もいた。
エドワードの対空機銃にかける力が自然と強くなる。
(絶対に叩き落す...!!)
そう強く念じながら新たに引き上げられた負傷兵を見た。
「護衛の戦闘機が引き上げていきます!!」
「燃料の問題だ悪く思うな」
木更津空の指揮官鍋田美吉大尉は風防越しに離れていくゼロ戦を見て部下に応えた。
木更津から離陸した30機の陸攻は今月1日に創設された六空とたまたま本土で訓練中であった空母「加賀」の航空隊の計24機のゼロ戦に護衛されていたが、ここでお別れの様だ。
鍋田大尉はつい先日まで鹿屋空の第一中隊長を務めており、あのマレー沖海戦の立役者の一人でもある。
(あの時は戦闘機の護衛なんてなかった、今回もいける)
鍋田大尉はそう思いながら対空警戒を発令し、各員が持ち場の機銃座へ移動する。
それに、彼等の座上するこの一式陸攻はマレー沖海戦の頃から進歩している新型だ。
簡単に落とされるとは思えない。
現在、木更津空、三沢空、四空が装備している一式陸攻は初期に生産された11型とは外見はほとんど同じだがその性能はまるで違う。
この一式陸攻_仮称一式陸上攻撃機十三型はその四つの発動機を金星から火星十一型発動機へと換装された型だ。
元々、一式陸攻は火星を搭載する計画であったため略符合は一式陸上攻撃機十一型のままだが公では十三型と呼ばれている。
この型の他にも火星十五型に換装し空気取り入れ口を改良した高度7000〜8000の水平爆撃を主眼に置いた型もあるがこちらも略符合は十一型のまま仮称十三型として扱われている。
現在一式陸攻の先輩にあたる九六式陸攻も少なくない数が発動機を火星に換装して大陸戦線、南方戦線で活躍中だ。
型式の話はともかく、発動機をより高出力の物に変更したことで全般的な性能が向上した。
特に生存性が抜群に向上する。
防弾ゴムによる防御範囲も広がり、自動消火装置を追加装備。
防空火器も機種の防空火器が従来の7.7㎜から後部機銃座と同じ20㎜にされた。
取り回しが悪くなったと一部不満の声もあるが、これは雷撃を敢行する際、正面の敵防空火器を破壊したり、爆弾が尽きても敵飛行場に損害を与えることを意図しての変更だった。
手動ではなく動力により旋回する旋回機銃座も開発中で上手くいけば年内に搭載可能だともいわれている。
確実に一式陸攻は高性能な爆撃機にはなっていた。
しかし、この発動機の変更は必ずしも良いことばかりではなかった。
発動機を高出力の物に変更したはいいが低空での運動性が低下してしまうといった弊害も起きている。
爆撃機としては搭載量はともかく、その他すべての性能が他国の四発重爆に匹敵する。
しかし、その名に「攻撃」とあるように一式陸攻には雷撃を行う攻撃機としての側面を日本海軍は求めているのだ。
いくら頑丈だからといってそれで低空での運動性の低下を補えるのだろうか?
一式陸攻の後継機は再び双発になるといった噂も流れている。
(四発機の未来は決して明るいもではない...。)
現場の人間だからこそ鍋田大尉はそう思った。