ニューギニア沖海戦
レキシントンに命中した魚雷2本は山口機が放ったものは艦首付近、藤井も登場している中隊長機が放ったものは右舷中央にそれぞれ直撃し、235kgの炸薬が弾けた。
魚雷によってぶち抜かれた穴からガブガブと海水が入り込み巨船の命を徐々に削り始める。
防水隔壁が押し込まれ、海水の流入を加速させた。
このままでは、日本海軍の潜水艦の雷撃を喰らい大破したサラトガの二の舞だ。
レキシントン。
彼女にとって不幸だったのは艦首付近に穴が開いたことだろう。
大穴から海水をなるべく飲み込まないためには、船速を落とさなくてはならなかった。
しかも、伊藤機の一式によって引き起こされた火災を鎮火しようと試みた矢先に魚雷の衝撃に襲われたので火災はさらに広がってしまう。
短いスパンの攻撃にレキシントンの応急処理要員は懸命に対処している。
だが、現状間に合っていない状態である。
「被害状況は!!」
艦内にブラウンの大声が響く。
一番安全なはずの艦内でも衝撃により転倒し怪我を負った人間は少なくなかった。
ブラウンもその一人で、軽度であるが顔に痣ができていた。
「艦首付近と右舷中央に被雷2!!先程の体当たりと合わせての死者、負傷者数不明です!!」
部下からの報告を聞き、ブラウンは苦虫を噛み潰したような顔をする。
何がいけなかったのか?
ブランは考える。
彼率いる第11任務部隊は日本海軍の基地航空隊に対して適切な対処を行ったはずである。
14機の直援機に、100門を超える対空火器。
まだ慣れないがレーダー誘導も上手くいった。
なにか原因があるとすれば...
(やはりあの大型機か!?)
ブラウンは日本海軍新型爆撃機を前級のNELLと同じように思っていたが、どうやら違ったようだ。
(NELLより硬く、素早い...。)
しかも、四発機で雷撃を行うとは思ってもいなかった。
英海軍から情報提供は受けていたが、やはりこの目で見るまで信じ切れなかったのだ。
艦内にいた自分でさえそうだ。
他の乗員、特に対空関連の人間は一層驚いただろう。
(私も陸軍の奴等にB-17の雷撃を勧めてみるか?いや、四発は動きが鈍いから双発のB-25の方がいいかな?)
頭の中で冗談を考える。
心の中で笑った瞬間、艦の傾斜が急になった。
(いかん、こんなことを考えている場合ではない!!)
もし、レキシントンが沈めばブラウンは一生デスクワークだ。
今はダメコン要員が上手くやってくれることを祈るしかない。
だが、第11任務部隊はブラウンの考えた通り間違った行動はしていなかった。
14機のF-4Fは文字通り、17機の新型爆撃機を壊滅させた。
戦略的には今のところ米軍の方が勝っている。
何故なら、いかにも生産性の悪そうな四発機を少なくとも一飛行隊分は落としたからだ。
島国の小国があれほどの機を作るのにはものすごい時間がかかるだろう。
汚点を上げるとしたらレキシントンは暫く使い物にならないという事だけだ。
(いや、十分な敗退か?)
ブラウンは他人のミスと同じく自分のミスにも厳しい男だった。
だからだろうか?
「重巡インデイアナポリスより!!新たな敵編隊約10機が接近中です。」
という部下からの報告にブラウンは只運命に身を任せることにした。
第三中隊隊長山縣茂夫大尉は元水上機乗りの熟練搭乗員である。
しかし、彼は元千歳空の自分の隊に不満を持っていた。
中隊の構成機の約3分の2が旧式の九六式だから当たり前といえば当たり前だ。
最新の一式は彼の小隊3機分だけなので全体の巡航速度も遅くなり、その為第一、第二中隊より遅れての接敵である。
本来なら目標到達時間が合うように離陸時間を調整するのだが、緊急状態での一式の離陸準備に手間取ったことから調整を誤った。
離陸したのは一番最初だったものの、いつの間にか他の中隊に追い抜かされていたのである。
(こんな隊で戦えるのか?)
顔には表さないが頭の中でこう考えていた。
今までのような陸上攻撃でない。
動く艦船が相手で、敵戦の来襲も予想される。
「敵機接近!!数10!!」
上部20mmの射手が叫ぶ。
(しまった...!!上を取られた!!)
山縣の頭が真っ白になる。
自小隊の一式ならば機銃を何発喰らっても耐える自信があるがあとの6機は九六式。
支那軍程度に蹴散らされる紙飛行機だ。
あっという間に落とされてしまうだろう。
案の定すぐに1機の九六式が真っ赤に燃えた。
(まずい、こちらにも接近してくる!!)
上部20mm機銃手が懸命に抵抗している。
カンカンカン!!と機銃弾が着弾する。
機の風通しがよくなった。
10発ぐらいだろか?当たったのは?
見るとグラマン共は一式に攻撃を集中させていた。
(いいぞ、もっとこっちに撃ってこい!!この程度では一式は墜ちんっ!!)
そう思って下を見るが、先程急降下したグラマンが機首を上げてこちらに向かって来るところだった。
さすがにまずい
山縣は死を覚悟する。
しかし、どういうわけかグラマンは絶好の射線を保持しているにも関わらず、いつまでたっても両翼から機銃弾を吐き出さない。
まるで模擬空戦のように自分たちがとられて嫌な位置を取っては来るが発砲しないのだ。
撃墜された機も初撃でやられた九六式1機だけだ。
それ以外の機は自機を含め未だ健在である。
(弄んでいるのか?)
白人は日本人を見下す傾向にあるらしい。
脳が小さいから航空機に乗れないとかいうことが議会でまじめに話されていたこともある様だ。
(だからと言ってこんなことをするだろうか?)
すでに敵艦隊はこちらが補足している。
あと数分もたたずに攻撃できるのにこんなバカみたいなことをするとも思えない。
自分が言うのも何だが一刻も早く落とすべきだ
(まさか!?)
山縣はある考えに至った。
そして
「よし、敵戦を無視して爆撃準備をしろっ!!」
と怒鳴った。
「クソッ!!弾切れだ!!」
「俺もないぞっ!!誰か弾に余裕のある奴!!」
「さっき落とすのに使っちまった!!」
この時F-4F残存10機のコクピットは仲間同士の無線でやかましくなっていた。
混乱中である。
ほとんどの機が弾切れを起こし、燃料も心もとなくなっていたのだ。
彼らは一方的に日本の新型機を撃墜していたが、無傷ではなく3機が撃墜され1機が操縦ミスで臨時着水していた。
また、思っていた以上に四発機は固かった。
それに驚き、もう致命傷を与えているにもかかわらず熱くなりすぎて機銃を打ち続ける者、無理な軌道を描いて燃料を使いすぎる者が多くいた。
あまり実践慣れしていなかったのだ。
さらに悪いことにレキシントンの甲板が破壊され新しい飛行隊も増援としてやってこない。
その為、優先攻撃目標を明らかに艦隊に近づけるにはヤバそうな四発機にしたが勿論頑丈で少ない残弾では撃墜するに至らず、遂に弾切れを起こしてしまったのである。
弾切れ後も模擬空戦みたいに相手が嫌がるやらしいポジションに就いて編隊をバラバラにしようと試みたのだが、目論見通り上手くいかない。
最初の内はビビっていたが、今さっき我々を無視し始めて編隊での爆撃体勢に入ろうとしている。
高度は3000ぐらいであろうか?
10機のF-4Fは黙って爆弾層から爆弾が投下されるのを見ているしかなかった。
全長270mを誇る航空母艦も高度3000から見ればゴマ粒の様にしか見えない。
動きは攻撃を受けたようでとても遅いが...。
(これはちと難しいかもしれんなぁ...)
激しい対空放火の中で山縣はそう思った。
第四航空隊はポートモレスビー、ラエ、サラモアへの偵察と爆撃を何度も行っているので練度に自信はあるがそれでも厳しいと感じる。
幸い高度があるので、それほど高角砲は怖くはない。
なるべくやられないよう、小隊ごとに高度を多少変えて飛んでいるおかげかもしれない。
一番上を飛んでいる小隊とは200近く違いそうだ。
少なくとも、爆撃直前には8機の陸攻が脱落なく生き残っていた。
照準の内側に米空母らしき艦影が入る。
「ヨーイッ!!テッー!!」
山縣は勢いよく爆弾透過電鍵を引く。
山縣の一式から2発の25番陸用爆弾が落とされると他の機もそれに倣って一斉投下。
計16発の25番が落ちる。
彼らが搭載している爆弾は、陸用爆弾が少しでも敵艦に損害を与えられるよう信管を鈍く設定してある。
落ちた爆弾は思ったよりも真っ直ぐに空母に迫った。
まるで雨が砂利道に降り注ぐ様だ。
爆弾の形が見えなくなった瞬間。
高度3000からでもわかる爆発と水柱が確認できた。
「命中3!!至近弾2!!」
報告を受け自分の目で確認すると甲板と艦首付近に黒煙が立っている。
(高い命中率だ)
陸用爆弾とはいえこれだけの数を命中させれば何らかの被害は出るだろう。
搭乗員からの戦果報告を山縣が聞いた時彼の中隊の数は4機にまで減っていた。
25番陸用爆弾は対艦用の通常弾に比べ、装甲の貫通力は極めて低い。
が、その分炸薬量は多く通常弾よりも約20キログラムほど多いので、単純なインパクトは通常弾より大きい。
横に広がる火焔は火災を発生させ、産み出された衝撃は艦艇設備と乗員を破壊する。
また至近弾2発は鈍く爆発されるよう調節されていたので若干海中に沈んでから爆雷の様に爆発。
水面下の船体にダメージを与え、それは方向舵にも及んだ。
更に海水が流入する。
甲板と艦橋には火災。
船体は浸水。
このレキシントンの状態から戦後、
「上は大火事。下は大洪水ってなーんだ?」
「レキシントン!!」
というネタが流行ったり流行らなかったりする。
この第三中隊の爆撃を最後に後に「ニューギニア沖海戦」と呼ばれる海戦は終了する。
結果として米軍は空母レキシントンを失うことになった。
火災は何とか鎮火に成功し、艦の傾斜も水平に戻したが、航空機用のガソリンが気化し艦内に充満。
静電気により引火して大爆発を起こしたのだ。
火災の規模から曳航はできないと判断され、その結果彼女は駆逐艦隊に雷撃処分されている。
大爆発によりブラウンは一時意識不明の重体に陥るものの一か月後に意識を取り戻す。
以後前線に戻ることはなかった。
しかし、43年頃からはルーズベルト大統領の海軍顧問となりその能力を発揮した。
対する日本側も第四航空隊は壊滅。
20機の陸攻と143名の熟練搭乗員を失う。
海戦3日後の3月4日には直ぐに9機の九六式が補充されたが、戦力は著しく低下することとなる。
こうして、本海戦は勝敗が曖昧となる結果で幕を閉じた。