二本の魚雷
レキシントンに突き刺さった伊藤機の一式は乗員がダメージコントロールを試みる前に爆発した。
25番爆弾2発が誘爆したためだと現在では考えられている。
この2発の爆弾は陸用爆弾に過ぎない。
それに加え、レキシントンは元々巡洋戦艦として計画されておりその装甲はとても厚い。
本来なら大した損害もなかっただろう。
だが、深さは浅いとしてもレキシントンにめり込み、半ば一体化した状態で爆発したこともあったので、レキシントンを船として沈めるには至らなかったが、巨船から空母としての能力を奪うには事足りた。
突き刺さっていた場所には穴が開き、飛行甲板のあちらこちらに鉄片が突き刺さる。
その破片はレーダー、高角砲などの艦艇設備だけでなく、人間にも牙をむいた。
何人かは海に吹き飛ばされ、散弾の様に飛び散った鉄片に手足をもがれた人間は一人や二人ではない。
「オーッマイッゴッド!!」
「ジーザスッ!!」
「ファッキン!!JAP!!」
レキシントンの甲板には白人達のお決まりの声が木霊している。
CV-2レキシントンは一瞬にして地獄となった。
この攻撃により第11任務部隊全体に動揺が広がり、やや遅れて対空サークルに侵入した第二中隊は絶好の機会を得ることとなる。
第二中隊の損害は序盤で藤井が奮闘したこともあり第一中隊に比べれば幾分ましであった。
といっても8機の内半数が既に撃破されている。
唯一の救いは残存4機が全て雷装であったことだろう。
第二中隊唯一の爆装機は早いうちに海中に没していた。
残存四機はそのまま第11任務部隊の対空サークル内に侵入した。
F-4Fの妨害もあり編隊での雷撃でなく各機の単独攻撃となった。
第二中隊はサークル内に侵入するとレキシントンを除く重巡4隻と駆逐艦10隻の激しい対空砲火にさらされる。
大きいものは12,7cm高角砲や28mm機関砲から小さいものは20mm、12,7mm機関銃まである。
対空火器のオンパレードだ。
今さっきの第一中隊の水平爆撃に対抗するため高角砲の信管を高高度に合わせていたので、低空を飛ぶ雷撃隊にアメリカ海軍自慢の Mk12 5インチ両用砲は対応が遅れた。
それでも、機関砲群は容赦なく彼らを襲う。
その銃弾の暴風雨の中4機の一式はバラバラになりながら黒煙を上げているレキシントンめがけて直進していく
目標はレキシントン一隻のみだ。
「くそぉ!!何だぁ!?この弾幕!!」
弾幕に包まれた第二中隊の一式の中で山口飛曹長は唸った。
彼の機は残存4機の中で一番被害が酷い。
どれくらい酷いかというと米海軍の高角砲が海面に産み出す水柱を確認するのにわざわざ風防を除かなくていいぐらいだ。
こんな穴だらけではいつ空中分解するか解らない。
だからと言って速度を落とせばたちまち海の藻屑と化すだろう。
そんなことを考えていると近くで巨大な水柱立った。
「メリケンの奴ら高角砲をもう雷撃高度に合わせたのか!!」
いつもは声が大きく独り言をしゃべるなと言われている山口を咎めるものはもういない。
死んでいるか、対空機銃を熱心に乱射しているかだ。
彼の機は目標10キロ手前で雷撃針路をとったがその時点で五体満足な搭乗員はいなかった。
電信員は頭を吹き飛ばされ、搭乗整備員は下腹部に跳弾を喰らったらしく腹綿が飛び出ている。
彼自身も左足の感覚がなかった。
血と硝煙の匂いに包まれた機内で
(もうだめかもしれない...。)
山口がそう思った時。
「距離1300メートル35メートル!!、1100メートル30メートル!!」
主偵察員大西和久二飛曹の距離を読み上げる声で我に返った。
いけない、そろそろ雷撃を敢行する頃合いであった。
(俺以外にも生きてる奴がいるじゃないか)
見ると、煙を上げたレキシントンのすぐ目の前まで迫っていた。
レキシントンは回避行動を取ろうと舵を取っている最中だったがその動きは巨船らしく鈍い。
(これなら外さない)
「距離800メートル20メートル!!」
訓練で何度も聞いた距離に達すると、山口は反射的に魚雷投下釦を押した。
一t近い重さの魚雷が機から離れ、一瞬機体が浮く。
放った魚雷は真っ直ぐレキシントンに向っていった。
雷跡は山口機の他にもう一本。
横を向くと中隊長機が山口機よりやや近い場所を飛行していた。
他の2機は見当たらない。
日本海軍の一番最適とされる雷撃高度から魚雷を投下すると約20秒前後で目標に到達する。
魚雷が目標に到達する前に上昇し敵艦の真上を通り過ぎる。
その間12,7mmと思われる閃光が山口機を襲うが、その弾丸は一式の大きな翼に穴を開けるだけだった。
通過直後、真後ろで大きな二つの爆発音。
恐らく魚雷が命中したのだろう。
そのまま、速度を上げて米艦隊から急いで離れる。
山口機を追うように先程の魚雷にも負けない高角砲の爆発音が連続して響く。
(絶対生きて帰ってやる!!)
そう強く念じた。
暫く飛行しF-4Fは追ってきていないことを確認する。
燃料か弾薬の関係で追ってこないのか、今頃別の航空隊の相手をしているのかは彼には解らない。
が、ひとまず危機は去った様だ。
安心すると山口は
「助かったぞおおおおおお!!」
といつも仲間から注意されるぐらいの大声で叫んだ。
「おいっ!!助かったぞ」
適切な高度を示してくれた大西に発動機並みの大声で怒鳴った。
彼なりの感謝の表し方だ。
しかし返事はない。
「おいっ!!大西!!返事しろ!!助かったんだぞぉ!!」
嫌な予感がする
「どうしたっ!!いつもみたいに怒鳴り返せ!!おいっ大西!!」
更に声を掛けるが、冷たくなった大西の体はピクリとも反応しなかった。