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任務部隊

1942年2月19日

「戦争というものはスピードとパワーが重要だ」

太平洋の洋上で初老の男が唸った

その男の眼は薄毛になり始めた頭に似合わず刃物の様に鋭い

「特に海戦においてはこの二つのどちらかが欠ければ成り立たない」

低い声で続けたその声には怒気がこもっている。

その怒りは彼の乗る巨船を包み込んでしまうように思えた。

「我々の目的は何だっ!!ラバウルに上陸したジャップを叩きのめすことだろう!!」

遂に怒りがこらえきれなくなったのか顔を真っ赤にして怒鳴り始める

「スピードが重要といったな!!それが艦艇同士の事故で予定が大幅に遅れているじゃないか!!約10日の作戦延期だと?ふざけるなっ!!」

初老の男のマシンガンのような怒声の乱射に周りにいる人間は思わず顔を下に向けてしまった。

まるで、小学校の五月蠅い児童が教師に叱られているような状態である。

男の名はブラウン。

合衆国海軍の知将である。

普段温和な彼がここまで怒り狂っているのには理由があった。

ブラウン中将は空母「レキシントン」と四隻の重巡洋艦を中心とする第十一任務部隊の司令官である。

米海軍は1942年の2月からパールハーバー奇襲で生き残った航空母艦を中心に部分的なゲリラ反撃を開始していた。

2月1日にはクエゼリンにハルゼー率いる空母「エンタープライズ」を基幹とした第八任務部隊が砲爆撃を行っていたし、フレッチャー中将の第十七任務部隊も行動を開始している。

ハルゼー、フレッチャーの両提督は合衆国最初の反撃としてその名を上げ始めている。

勿論、ブラウンも話題になりつつあるがその働きは彼等に比べ華やかさに欠けていた。

というのも、彼の部隊が中心となる作戦はいつも中止となっていたからである。

去年の12月には日本軍の攻撃にしぶとく耐えているウェーク島の救援に駆けつけている最中に同島が占領され、仕方なく撤退していたし、その一か月後の1月23日に再びウェーク島の空襲を行おうと進撃したが、石油を供給するため随伴していた給油艦が日本海軍の潜水艦に撃沈されたため作戦続行が困難となり中止されていた。

今回ブラウンは日本軍に占領されたラバウルへの奇襲攻撃を命令されラバウルに向けて針路を進めた。

だが、出航後暫くして濃霧に遭遇。

その際、駆逐艦「パターソン」が誤ってレキシントンに衝突。

軽度だが少し不安なダメージを負ってしまった。

その為、一旦帰投し損傷を確認してから再び作戦を行うことに決定。

(軽い損傷だからすぐに修復できるだろう)

ブラウン含め第十一任務部隊の船員は皆そう思っていた。

しかし、このダメージの修復に思ったよりも時間がかかることが判明。

その為ラバウルへの攻撃が9日間延期されることとなった。

ブラウンはそのことに対して怒り狂っていたのである。

今度こそ活躍しNYタイムズの一面を自分の名前で一杯にすると意気込んでいたブラウンがジャップを殺すのにWAIT(まった)をかけられたて黙っているはずもない。

と言ってもこの様な状況なら作戦は中止されてもおかしくないはずである。

だが、米海軍は日本への反撃が始まったばかりで、もし中止してしまえば全体の士気にかかわりかねないと考え中止することはしなかった。

実際には陸軍に文句は言われたくなかったというのが第一の理由であったのだが...。

この点ではブラウンは幸運だったかもしえない。

「衝突した駆逐艦の見張り員を呼んで来いッ!!撃ち殺してやる!!」

不憫な提督は落ち着く様子も見せずに怒鳴り続けている

周りの部下は八つ当たりの対象だ。

しかし、顔を赤くしたその外見とは裏腹に彼は頭の中でこの遅れがどう関わるかを冷静に計算していた。

(ジャップのネルとやりあったエンタープライズは体当たりを受けかけて小破している...)

2月1日の戦闘結果を思い出す。

(確か爆弾の命中はなかったか?)

元駆逐艦乗りの彼は損害にとても敏感である。

(いや、重巡が1隻小型爆弾を喰らった...)

直ぐに間違えを訂正する。

(日本海軍機は対空砲火に弱いのか?)

マレー沖海戦の英海軍は対空への備えが万全でなかったが我々は違うと断言できる。

(もしそうなら次の作戦は成功する!!)

頭の中でそう結論付けると周りの人間に気付かれないように小さく笑い、再び部下をなじり始めた。


ブラウンが部下に罵声を浴びせていた数日後。

日本軍によって占領されたラバウルに魚雷を装着した一式陸攻が数機着陸した。

「なんとか事故は起きなかったか...。」

その内の一機の中で藤井は静かに呟く。

彼の顔は南方特有の暑さと航続距離ギリギリの飛行を行った疲れで汗まみれとなっていた。


第四航空隊

二月中旬にトラックにて編成された新しい航空隊に藤井は今いる。

この航空隊は高雄、千歳、一空輸送隊からそれぞれ一個隊を抽出した陸攻36機と艦上戦闘機2個分隊から構成されている、戦爆混成部隊だ。

そして、この隊と横浜空の水上艇部隊で第二十四航空戦隊と成る。

昨日、諸田の所属する陸攻隊にはルオットから航空機用の魚雷を装着したまま航続距離ギリギリを飛行し帰投しろという本来考えられないような命令が出ていた。

ラバウル~ルオット間は片道だけでも骨が折れる。

それを一往復。

さらに、魚雷を付けたまま着陸することはとても危険だ。

万が一機が地面に接触したら大爆発を引き起こしかねないし、一式陸攻はただでさえ引っ込み脚が脆弱で何度も着陸事故を起こしていた。

何とか成功したが着陸するときはとても怖かった。

常軌を逸した命令。

目的は魚雷の輸送であった。

ラバウルにはまだ航空機用の魚雷が配備されていない。

そのため、ルオットから運んできたのだ。

本来なら輸送船を待つべきである。

しかし、日本海軍は早急に魚雷を前線に送ることを必要としていた。

2月1日の米機動部隊のクエゼリン来襲が理由である。

日本海軍は一月中旬に真珠湾での無線通信量が増大していることから近いうちに米海軍が行動に出ると予想していた。

かくして、予想通りに2月1日にクエゼリンが空母と重巡の砲爆撃を受ける。

この時、千歳空の九六式が反撃を試みたが、陸攻隊の展開地域に航空機用の魚雷が配備されておらず、有効な攻撃を行うことができなかった。

1機がエンタープライズに体当たりを試みるも僅かな火災を発生させるのみであり、敵部隊をほとんど無傷のまま取り逃がしてしまったのだ。

この戦いの戦訓からいつ前線基地に敵部隊が現れても反撃できるように魚雷の配備が急がれたのである。

ただ、ラバウルの近場で魚雷が配備されているのはルオットしかなく2000㎞以上も離れている。

こういった理由から一式を直接ルオットに向かわせ雷装のまま帰還するという荒業がとられたのだ。

だが、ルオットにも大量の魚雷の備蓄があるわけでもなく、一個隊分の魚雷しか与えられなかった。

しかも、9機でラバウルを飛び立ったが行きに1機がエンジントラブルで引き返し、帰りも搭乗員の体調不良で一機がルオットに残留したままである。

持って帰ってこれた魚雷は7本。

陸用爆爆弾よりましだが何とも心もとない。

「お疲れさん」

機から降りた藤井を整備員がラムネを持って労う。

「いや、いい遠距離飛行訓練だった」

そう笑って藤井は受け取ったラムネを一揆に胃袋に流し込んだ。


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