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53.悪臭

 休日、迷宮(ダンジョン)の二十階層の探索をはじめた。

 二十階層までは普通の洞窟だったのだが、二十階層から唐突に森が広がっていた。

 何を言っているのか分からないと思うが、僕も何が起きたのか分からない。


 階段がやたら長いなーとは思っていたが、天井が物凄く高く、南国のような木々が茂っている。

 見た目も気候も完全にアマゾンである。行ったことはないが、イメージである。

 気温も湿度もとても高い。不快指数が凄い。


モンスターは狼やクマのような獣系に加えていかにも熱帯っぽいワニ系が度々出現した。

 そして非常に多いのが動く樹木、トレントだ。

 どれくらい多いかというと、密林の中の四分の一くらいはトレントで構成されている程だ。

 まだ刀でも魔術でも一撃で倒せる程度の魔物しか出てこないので危険はあまりないのだが、数が多いので若干面倒である。

 かと言って倒さないのも勿体無いので、目に入る魔物は極力倒していく。


 ちなみに勿体無いというのは素材のことではない。

 最近はギルドの解体場をフル稼働して貰っているくらいなので、それなりに有益な素材となる魔物以外は魔核だけ回収するようにしている。

 そのためお金についても困ってもいない。


 ではなんのために魔物を倒しているのかというと、鍛錬のためだ。

 冒険者の間では、魔物を倒せば倒すほど強くなるという説がよく噂される。

 科学的根拠はないし証明もできないので、あくまで噂話程度ではあるのだが…… 僕には『洞察』がある。

 魔物を倒す前後で自分のステータスを確認、倒して確認、と繰り返して検証したところ、微量ではあるが魔物を倒したあとにステータスが上昇していることが分かった。

 そしてその上昇率は、年々低下しているようだ。


 恐らく若い方が魔物を倒してから得られる何か、僕は経験値と呼んでいるそれを吸収する効率が良いのではないかと思っている。

 そのため、できる限り見かけた魔物は狩るようにしているのだ。


 その点、迷宮は鍛錬にピッタリだ。

 狩れば狩るほど報酬は貰えるし、魔物はいくらでも湧いてくるし、狭い空間に密集しているので数を多く狩りやすい。

 経験値もお金も稼げるなんて美味すぎなのだ。


 そうして心を無にしてアマゾン層を切り進んでいたら、いつの間にかボス部屋の前に到達していた。

 軽く休憩して、特に気負いもなくボス部屋に足を踏み入れる。


 そこに居たのは直径二メートルほどのぶっとい幹の巨木と、大量のワニがいた。

 中央の巨木はエルダートレントで、周囲のワニがデスアリゲイツだ。


 僕が部屋に踏み入れると、凄まじい勢いでデスアリゲイツが群がってくる。

 能力的に負けないと分かってはいるものの、正直ちょっと怖い。



 ……雷魔術と刀でデスアリゲイツの死体の山を築き上げているのだが、一向に減る気配がない。

 どうやらエルダートレントが召喚しているようだ。

 取り巻きを無限召喚してくるタイプか…… まずは親玉を叩かないといけなさそうだ。


 デスアリゲイツを斬り殺しながら、強引にエルダートレントへ走る。

 しかしそう簡単には行かず、エルダートレントが無数の枝を槍のように扱い弾幕を張ってくる。

 そして周囲の大量のデスアリゲイツ達もアグレッシブに攻撃を放ってくるため、中々エルダートレントに接近できない。


 うん、面倒だ!


墜雷(サンダーボルト)


 魔術により発生させた落雷はエルダートレントに吸い込まれ、轟音を立てた。

 エルダートレントは雷により内側から焼き焦がされ、一撃で沈黙した。


 デスアリゲイツ達は一撃で倒されたエルダートレントを凝視している。

 そんな余所見していて良いのか?


 呆けているデスアリゲイツには『雷矢雨(サンダーレイン)』を叩き込み、狩り尽くした。



 三十階層に進むと、地面がメチャクチャぬかるんでいた。

 ところどころには水たまりや沼ができている。

 そして地面のところどころからガスが吹き出ていたりもする。

 ……臭い。


 少し進んでみると、沼にデスアリゲイツがいた。

 ボス部屋で散々倒したので、特に何の感慨もなくスパッと倒す。

 あとは泥まみれのスライムや、泥のゴーレム、あとは毒を吐く大きなトカゲなんかがいた。


 三十一階層の階段までは辿り着いたのだが、臭さのせいか噴出しているガスのせいか気分が悪くなってきた。

 魔物達も結構強くなってきており、また物理攻撃が効きにくい魔物が多く殲滅速度が落ちているため、今日中に四十階層まで降りきるのは厳しそうだ。

 もうちょっと残業していきたい気持ちはあるが、気持ち悪いし今日はもう帰ろ……

 次回はガス対策を忘れないようにしなければ。

 出会っては居ないけどこの階層を探索している人もいるはずだし、何らかの対策になるアイテムは存在するはずだ。

 なければとりあえず布でも口に巻いて進むしかないな。


 三十一階層には降りずに戻り、迷宮転移盤で地上に戻った。


 そのまま冒険者ギルドに報酬を受け取りに行こうと思ったのだが、体が臭い。

 迷宮の中では空間全体が臭かったため気にならなかったが、地上に出ると自分の体に臭いが染み付いていることが分かった。

 受付のお兄さんも顔をしかめ、そっと離れて行った。泣くぞ。


 すぐにでも風呂に入りたいがこのまま寮に戻ってクラスメイトに会うのも嫌だったので、迷宮前の雑貨屋でソープナッツを購入して川で体と服を洗った。

 ソープナッツは飴色の小さな木の実で、割ると石鹸の代わりとなる。

 この国では石鹸もあるけどもそこそこ高価なので、女性冒険者なんかは安価であるソープナッツを使って体を洗っているのだ。


 まぁまぁ臭いも取れたかなと冒険者ギルドへ報酬の受け取りに行く。



「くんくん…… シリウス君、ちょっと臭うわね…… もしかして三十階層まで行っちゃったの?」


 そんなことを言いつつ、事務処理をするセリアさん。

 完全に臭いが取れたわけではないと思ってはいたが、綺麗な女性に臭うと言われるのは結構ショックだな……


「あそこの階層、臭いガスが出ていて…… そんなに長時間滞在していたわけではないのですが、それでも臭いが中々取れなくてですね……」

「三十階層に行ってこの程度の臭いならかなりマシな方ね。あそこの階層は三日潜ると三週間は臭いが取れないって言われているくらいだから…… そのせいで冒険者は大体三十階層以上の階でしか探索してくれないのよね」


「あのガスは結構キツイですもんね…… 何か対策アイテムが合ったりしませんか?」

「あるわよ。安いものならマスク、高いものなら風の魔石ね。あそこのガスには弱いけど有毒成分が入っているらしくて、マスクだと完全には防げないわね。短時間ならいいけど長時間潜るなら風の魔石をオススメするわ」


「そうなんですね、ありがとうございます。それにしても臭いけど実入りは良さそうなんですけどね、あの階」

「あのね、三十階層以深は最低でもBランクのパーティで探索するようなレベルなの。Bランクにもなればわざわざ臭くてドロドロの迷宮を探索しなくても、もっと実入りのいい仕事は沢山あるのよ。

特にあの王都迷宮は国による探索が大分進んでいてマッピングもきっちりされているから初心者向けではあるけど、新しい発見もないし深くまで潜る旨味は薄いの。だから上級ランクの人たちはもっと実入りの良い他の依頼に移るか、国の探索進んでいない迷宮を求めて旅立って行っちゃうわね」


 なるほど、あの迷宮は初心者向けだから下の階層にはほとんど冒険者がいないのか……

 しかも国家迷宮攻略兵団が相当数攻略に当たっているから、冒険者が頑張って潜る意味も薄いと。


 僕は中途半端に攻略をやめるのも気持ち悪いし、どこまで行けるか試したいから迷宮攻略を止める気はないけど。


「報酬はっと…… あっ! Cランク昇格分のポイントがもう溜まってる!? 相変わらずすごい魔物討伐数…… ほんとに仕事熱心ねー…… ギルドとしては助かるけど、そんな小さな体で働きすぎると過労死するわよ?」

「はは…… 気をつけます……」


 一回本当に過労死しているから笑えなさすぎる。

 まぁあの頃に比べたら全然働いてない方だし、この程度では過労死なんてしないだろう。

 人間その気になればもっと働けるものだ。


「では、シリウス・アステール君、本日からCランクとして認定します!」

「はい、ありがとうございます!」


 セリアさんが佇まいを正して、新しくなったギルドカードを渡してくれた。

 Dランクの頃はくすんだ銅色だったカードであったが、Cランクのカードはちょっと黒ずんだ鉄のような色であった。

 無骨な感じがする冒険者らしいカラーリングで悪くないと思う。


 Cランクにもなると、依頼者からもそこそこの信頼を得られるランクになる。

 大体Fは素人Eは駆け出しDは脱初心者と下位冒険者として見られるが、Cにもなるとそこそこの実績と能力があると認められるようだ。


 ちなみにBランクは貴族のお抱えになれるほどで、Aランクにもなると上級貴族や小王家のお抱えになれるレベル。

 Sランクは王家と対等にやりとりができるほどの存在だそうだ。

 制度上はSSランクとSSSランクもあるが、滅多になれるものではないそうだ。

 実際、現在はSSSランク冒険者は一人もおらず、数十年前の勇者が認定されたことがあるらしい…… という都市伝説レベルだ。

 まぁそこらへんは僕には関係のない話だけど。


「この勢いで昇格していったらすぐにAランクになっちゃいそう。将来有望ねー ……やっぱり今のうちにツバつけとかないと……」

「ん? 何か言いました?」

「なんでもないわよー。うふふふ」


 なぜか不敵な笑みを浮かべたセリアさんに見送られ、冒険者ギルドを後にした。

お読みいただき、ありがとうございます。


Cランクは会社員でいうと課長くらいのレベルですね(分かりづらい)


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次回更新予定日は6/18(月)です。

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