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先輩が小悪魔する話

突然ですが、第三話、はじめました。

冷たく寒いある日の朝に、見たくなかったものを見た。


見たくなかったと気付いたのは後になってからのことだ。

その時はちょっと驚いて、でも必死に何気ない風を装って、そして、じわじわと広がる焦燥感に気付いた。


いつもの曲が、途切れていた。


それを不思議に思って、息を切らせて、近寄ってみた音楽室には明かりがついていた。

窓もカーテンも閉まっていない。

蛍光灯に照らされた部屋の中は、嫌になるほどはっきりと見えた。


ピアノの置いてあるちょっと古びた窓際に、先輩が背中を向けて立っていた。


それにそっと近づいた影を、僕は知っていた。

先輩をそっと抱き寄せた綺麗な腕の持ち主を、僕は知っていた。

確かに、知っていた。


息を呑んだ。


瞬きもできずに見つめた。

黒木先生が先輩にそっと口付けた。

先輩の手が黒木先生の背中に回るところを見た。


ろくに抵抗もせずに、自然に重なる二人。


――あまりにも、迂闊じゃないか……。


こんな所で、と思った。

たまたま見かけたのが僕だったから良かったようなものの、他の教師や生徒に見られたら、どうするつもりだったんだろうと。

そんな冷静なことを考えようとした。


いつものように、何でもないように平静を装おうとした。

しかし、無理なものは、無理だった。


気がついたら、逃げ出していた。

何も見なかった。

僕はここに来なかったのだ。

そう思おうとした。

そう信じようとした。


でも、頭の中を駆け巡るのは、ついさっき見かけた二人の姿。

先輩の姿。


先輩のように何事も笑って過ごすには、たぶん、まだ僕は子供過ぎた。

未熟だった。


全然、笑えない。


秘密はいつだって魅惑的だけど、時に酷く残酷だ。

そんなことを思った。

どうしてそう思ったのか、注意深くして考えまいとした。

でも、駄目だった。


そして、僕は胸に灯った甘酸っぱいそれでいてどこか苦い想いの正体をぼんやりと考え始めた――先輩の卒業が間近に迫っていることを、頭のどこかで意識していた。


   ■


その日の放課後、屋上で。


「何だ、周、変なものでも食べたの?」


怪訝な表情を浮かべた先輩は、いつもと全く変わらないように見えた。


「いえ、特に変なものを食べた記憶はないですよ」


変なものを見た記憶ならあったけど、わざわざ言う事ではない。

と、思った。


「ふ~ん、まあ、話してくれないなら、いいけどさ~」

「そんなに変ですかね、僕」


表情を取り繕うのは慣れていたはずなのに、先輩はいつだって手強かった。


「周」

「何ですか?」

「空は、どうして蒼いのかねえ」


先輩が唐突に妙なことを言い出すのは、いつものことだ。


「説明すると長くなりますね。もっともそれも物理の先生の受け売りですけどね」

「――つまらん」

「は?」

「お前は、つまらん」


芝居がかった大げさな口調で文句を言う先輩は、何か気の利いた面白いことを言ってもらいたかったようだったが、人間なかなかそういう訳にはいかないものだ。

無理なものは無理なのだ。


「いいから、教科書には書いてないことを言え。これは試験なのだよ。おぬしの適性を見極めねばならんのじゃよ」


先輩の口調はあくまで芝居がかっている。

悪戯っぽく、楽しそうに。


「はあ。じゃあ、え~っと。空はとても高くて寒いからじゃないでしょうか」

「どういう意味?」


先輩が理解できんという風に顔を顰めたから、僕は説明してみた。


「風邪引いて顔面蒼白」


だから、空は青い、という答えではどうでしょうか。


「――不合格。悪いが、面白くもなんともない。というか、あまりのつまらなさに引いたわ」


先輩は厳しいのだ。

容赦ない人なのだ。


でも、僕には、あいにく文才というものがないので、吟遊詩人のような気の利いた言い回しなんて到底できやしなかった。

残念なことだが、無理なものは無理なのだ。


現実って、そういうもんだ。


「でも、まあ、頑張ったかな――駄目男なりに、周なりに」

「そうですか」

「そうだ」

「そうですよね」

「というアレで、努力賞をくれてやろうと思う」

「――努力賞、ですか?」


先輩はニヤリと笑った。

目を細めて笑うその様は悪人面だけど、どこか憎めなくてちょっぴり可愛らしい。


先輩は、どこから取り出したのか、手品のようにいつの間にかその掌に鍵を一つのせて、その手を「ん」とか言いながら、差し出してきた。

その鍵が、どこの扉のものなのか、僕は知っていた。


「くれるんですか?」

「やる」


屋上へ通じる扉の鍵だった。

先輩が何故か所有していた鍵。

魔法の鍵。


「空を愛し、屋上を愛する者にこそくれてやろうと思っていたのだよ。継承させようと思っていたのだよ。光栄に思えよ、そして誇りに思えよ、周」

「戴きます」


僕は、あいにくと空も屋上も愛していなかったが、その鍵を受け取ることにした。

なんだか、先輩が身辺整理しているようで寂しくなった。


「そういえば、この鍵って、いつ誰から貰ったんですか?」

「ん? 話してなかったっけ?」

「ええ」

「黒木センセが、昔、くれたんだ」


黒木先生の名前が出てくるとは思わなかった。

唐突なそれに、動揺した。

そんな僕の様子を見て、ニヤリと笑って、先輩は続けた。


「一年の美術の講義、春先の最初の時にね、まあとりあえず好きなものでも描いてみなよって、センセが仰ったんだ」

「ふーん」

「それで、私はほとんど真っ白なままの画用紙をそのまま提出した。呼び出された。ナニコレと訊ねられた」

「でしょうねえ」


不貞腐れている先輩の姿が目に浮かぶようだった。


「太陽が輝く空ですけど何か? ああ、見て判りませんでしたか?」

「――ああ、先輩ならそんな感じで言いそうだ。言ってしまいそうだ」

「黒木センセは苦笑してね、この鍵をくれた。屋上は空に近いだろう、なんて言いながら」


魔法の鍵を先輩に投げて寄越したらしい。

黒木先生もずいぶんといい性格しているらしい。


長身ですらりとした体躯を、美術教師らしいハイセンスな服装で包んだ、渋くて格好良い男性。

涼しい目元にすうと通った鼻梁、いつもニヒルな笑みを浮かべる先生。

趣味は手品。


その外見から女子生徒からの人気も高いし、講義の途中に手品を見せる気さくさから、男子生徒からの人気も高い。


だから、先輩も黒木先生のことが好きなのかと思っていた。

でも、それは違ったらしい。


「それから屋上は、私の聖域になった」

「確かに空にはこの学校で一番近いですからね」


「――だからかなあ、私はねえ、ずっと黒木センセが好きだった……。センセにとっては、単なる気まぐれだったのかもしれない。でも、私にとって大切な場所を与えてくれたことには変わりはない。それは有難かった。ほら、私ってさ、変人でしょう? 何かというと『みんな一緒』って感じで歩調を合わせるのが学校というものだけど、そういうが好きじゃなくてね~。昔からそういう性格で損ばかりしているけれども。だから、助かったんだよ。ここはまさしく秘密基地みたいな感じでね。私にとって息抜きの場であり、ある種の逃げ場だった。そういう場を与えてくれたのが嬉しかったし。ちょっぴり思い上がっていたのかな――黒木センセにとって、私はちょっと特別なのかもってね」


先輩がそんなことを長々と話すのは珍しいことだった。

空を睨み付けるようにして、フェンスを手で掴んでいた。

その横顔を見ながら、僕は先輩の傍に佇んでいた。


「もう、私も、卒業なんだね」

「卒業ですね」

「だから、その鍵は、大事にしろよな」


僕は何も言わなかった。

黙って、鍵を握り締めた。


正直言って、僕にこの鍵を受け取る資格があるとは思えない。

でも、先輩の宝物は他の誰にも渡したくなかったから。

握り締めた。


「僕、見ていたんですよ。音楽室で、先輩と黒木先生がキスしてるところ」

「――それって、今朝のだよね?」


頷いた。

それから、僕は先輩を睨んだ。

わずかに動揺している風の先輩。

視線を外さずに、話を続けた。


「今朝早く音楽室で――旋律が途切れたから」


あの人が、先輩をどこかに連れて行くような気がした。

卒業すれば、生徒と教師の関係は清算される。

そんなことがふと脳裏を過ぎった。


「嫉妬した?」

「嫉妬しました」


僕はそう答えた。

先輩は深い溜息をついて、しばらく考え込んでいた。

そして、やがてその口を開いた。


「――けじめをね、つけようと思った」

「けじめ?」

「私も、いつまでたっても子供のままじゃいられないからね。センセのことを想うのは終わり。憧れを恋と勘違いしているような子供のままではいられない」


先輩はどこか疲れた風だった。


「子供時代にさよなら、ですか」

「これで私も大人の女ってやつさ」

「はいはい」

「今、ちょっと馬鹿にしただろう、周」

「いえ、別に」


そんな事を言いながら、僕は先輩の目の前でわずかに屈んだ。

いつの間にか、背をとっくに追い越していた。

屈むことで目線が同じになった。

先輩の顔から取り繕ったような笑みが消えて、その鳶色の目が見開かれるのを、至近距離で見ていた。


綺麗だ、と感じた。

捕まえたい、と願った。

腕をそっと伸ばすと、簡単に捕まえられた。


捕まえられて反射的に身を引いた先輩の手首をより一層強く握った。


「周」


簡単に逃げられないように先輩の手を引き寄せて、僕は勢いだけでその唇を塞いだ。

先輩に覆い被さるように体重をかけた。

先輩の白い首筋が逃げようとして仰け反った。


でも、苦しそうな呼吸を無視して、追いかけて更に深いキスをする――深く。


衝動に任せたそれは無茶苦茶だった。

無様ですらある。


先輩が首を強く振って強引な口付けから逃れた時、離れた熱にとっさに自分を取り戻した。


「――離せよ」

「え?」

「痛いから、早く離して」


先輩は俯いて、低い声でつぶやく。

まだ強く掴んだままだった、その左手を、慌てて離したら、手首にはうっすらと跡がついていた。


痛そうに顔をしかめる先輩を見て、やっと自分が何をしたのか、正確に自覚した。


「すみません」


謝罪の言葉を口にしようとした。

こんなつもりじゃなかったのだと。

でも、こんなつもりもあったのだ、本当は。

だから、後に続ける言葉を見失った。


我々は親友だ。

時々、お互い、確認するようにこの言葉を使ってきた。


でも、先輩がいつまでも少女のままではいられなかったように、我々の関係だって、いつまでもこのままでいられなかったのだ。


「――……、えっ……?」


ふいに、右の肩が温かくなって、僕は僅かに伏せていた視線を上げた。

先輩が肩に手を回して、そっと軽く抱き寄せていた。


それに気づいて、思わず息をつめた。


今、動いたら、肩にとまった小鳥のようなこの人が飛んでいってしまいそうな気がしたから。

だから、動けなかったのだ。


「先輩?」


搾り出した声は、我ながら情けないくらい、小さかった。


「動くな、周」


何をどう訊けばいいのか、わからなくて。

でも、本当はわかっていて。

訊かなくてもわかった。

これが、何を意味してるのか。

「何も言わなくていいさ」と、先輩が小さい声で言った。


「でも、先輩……」


そういうわけにもいかないでしょう。先輩に抱かれているのだから。


「白状すると……」

「白状すると?」

「ある程度、こうなるといいなあと思って仕向けた」

「……えっ」


大胆な告白に、一瞬、絶句した。

でも、先輩が無茶苦茶なことを唐突に言い出すのは、もう慣れっこでもあった。

そうでなくては、先輩の横に立ってなんていられない。


「――あれは罠、ですか」


音楽室のアレは。

そういうことか。

なにかがすとんと穴にはまるように、唐突に僕は理解した。


「嫉妬した?」


先輩は、また同じ事を訊いた。


「ずるい人だね、本当に」


僕の反応を引き出すために、わざわざああいうことをするなんて。


「卒業記念にキスしてもらっちゃった。初恋からもいい加減、卒業ってことかな」


先輩は呆れるほどさばさばしている。

たぶん、先輩の中ではとっくの昔に処理されていたんだろうと思った。

そもそも、どこまで本気だったのかすら疑わしい。

――なんて人だろう……。


でも、先輩はそういう人だ。


餌をあげるとちょっと懐いて擦り寄ってきて、飽きるとどこかに行ってしまう野良猫のような。

気まぐれで、自由な人なのだ。


プライドなんか、あるのかないのか、へらへらしていることもあれば、時に毅然として凛として気高く振舞う――、そんな矛盾の塊。


いつの間にか髪を撫でていた先輩の手が頬にかかった時も、抵抗できなかった。

操られたみたいに、先輩の方を向く以外は、もう、何もできやしない。


先輩と目が合って、心臓が止まった。

鼓動が跳んだ。


その一瞬をつくように、素早く唇が重ねられた。


それは優しく。

唇の感触を確かめるかのように、ゆっくりと。切なげに。


罠か。


でも、そんなものはお互い様でしょう。

確かに悪い魔女みたいな先輩に捕まえられたあくまで純真無垢で人畜無害な僕だけど。

でも、捕まえてきたその手を握り返してもう決して離さないことぐらいはできる。


卒業を控えて、焦ったのは僕だけじゃなかったんだ。


名残惜しそうに唇を離すと、至近距離にある潤んだ鳶色の瞳が、本心を探るように僕の目をじっと覗き込んできた。

先輩の瞳の中に僕がいて、その僕の瞳の中に先輩がいて。

まるで二人だけで閉じ込められた無限回廊。


「――ねえ、こういう事すると、もう信用なんてできない?」


冗談交じりに気障っぽく、いつものようにニヤリと笑って。

でも、我々は親友だ。


その笑みの中に、わずかに混じった本気の懇願に、僕が気付かないはずがない。


「……どうでしょう」

「周の中には、親友の先輩しかいないのかな? 恋人の先輩は入れない?」

「僕の気持ちなんて、とっくに知ってるくせに」


精一杯の強がりで、そんな事を言ってみた。

なんとなく。


「言葉にして欲しいもんでしょう、こういう場合」

「僕らの場合でも?」

「うん」


ちょっと緊張している風だった先輩が笑った。

いつも先輩は目つきも鋭くて、全身から威圧感を放ちまくっているけれど。

ニヤリと邪悪そうに口元を歪めて笑うけど――でもね、その笑顔をとても可愛い、と僕は思う。


もう、末期である。


笑って、先輩の髪を撫でてみた。

先輩がちょっと気持ちよさそうに目を細めた。


「恋人は、親友になれないのかな?」

「なれますよ、きっと」


先輩が、きっぱりと言った。

ニヤリと邪悪そうに笑って。


「親友の私は居なくならないよ。恋人の私が増えるだけ。でも、それって素敵じゃない?」

「素敵ですね」

「素敵でしょう」


先輩は何故か勝ち誇っている。

僕は、もう一度、先輩の髪を指先で撫でた。


「好きですよ、先輩」

「うん、知ってる」

「ずるいですよ、先輩」

「うん、知ってる」

「ちゃんと、言ってください」

「私も大好き」


抱き締めた。

抱き締められた先輩が、口を開いた。


「同じキス、でもね……」


綺麗に整った爪が、唇に触れた。

そのまま指の腹で、ゆっくりと唇をなぞられる。

その指の動きを追うように、先輩の視線も僕の口元にあった。

胸がドキドキした。

伏せた眼差しが急に艶っぽく見えて、とてもじゃないけど目が離せない。

色っぽい。


「下手だけど、周のキスの方が、ドキドキしたよ?」

「下手って……」


言わなくてもいいことまで、言わずにはいられないのが先輩だ。

でも、わざわざ言われると、さすがに落ち込んだ。


「キスは下手。嫉妬深い。馬鹿。生意気……」


ほうって置くと調子に乗って、どんどん悪口を言いそうだ。

先輩のことだから。


「先輩」

「なに?」

「そんなしょうもない奴を好きになったんですか?」

「うん」

「どうしようもないですね」

「うん、どうしようもない」


ニヤリと笑った先輩はちょっと嬉しそうだ。

先輩の睫が、一本一本くっきり見えた。

柔らかな唇と唇が触れると、もう何も考えられなくなった。

しっとりと触れてきた唇は、触れて、吐息の合間に離れて、自然に角度を変えた。

手を伸ばして、先輩の横顔に触れる。

先輩の指が僕の髪にもぐって、きゅ、と指先に力が入る。


「周」


唇を軽く噛まれた。

子猫が甘噛みするみたいに。

離れるのが嫌で、先輩の後頭部にそっと手を廻した。

僕から唇を合わせても、先輩は避けなかった。

戯れるような、触れるだけのキスを交互に繰り返す。


夢の中にいるみたいだった。


「朝のこと、ごめんね。嫌だった?」


嫌だったに決まっている。

でも、たぶん、我々には必要なことだったのだろう。

なかなか素直になれない親友の二人には。


「別に」

「おい、こら。嫉妬しろ」

「――嫌でしたよ、本当は。とっても」

「うん」

「先輩は、どうして僕を好きになったんですか? 教えて欲しいんです……、たとえ、嘘でもいいから」

「じゃあ訊くけど、周はどうして私を好きになったの?」

「先に訊いたのはこっちですよ。質問で返すのは、先輩、ずるいです」

「うん、そうだね。でも、あんたから答えなさい」

「……」

「……」

「こういう質問って、答えづらいものですね」

「そうでしょう」

「そうです」

「そうだよ」

「でも、好きなんですね」

「お互いに、ね」


僕の肩に額をくっつけている先輩は、どんな顔をしているのかわからない。

さらさらと落ちる髪が、その横顔を隠している。


「先輩」

「なに?」

「いつもの曲を、これからも、お願いします」


耳元に吐息が触れて、体の表面にざわっと震えが走った。

先輩の腕に力が入って、きゅっと抱きしめられる。

このまま押し倒されるのかと思うくらい、体重を掛けられた。


「任せとけ」


先輩が邪悪そうにニヤリと笑った。


そして、先輩は卒業した。


僕はその後、二度と屋上には足を踏み入れなかった。

先輩がいたから、僕はそこへ行っていたのだ。


だから、空へと続く屋上の扉の鍵を僕が使うことはなかった。

大切に首から提げていた。

なぜなら、使うことがなかったとしても、それは先輩から貰った宝物だから。

持ち腐れにすることに決めていた。


何度か、先輩に、その鍵の取り扱いのことを指摘されたことがある。

なにせ、先輩から継承した鍵を、僕はついに誰にも渡さなかった。

そもそも、先輩が卒業してからは二度とあの屋上へは行っていない。


だから、問われる度に、僕の宝物を大事に保管しているだけです、誰にもあげられない、と正直に答えることにしていた。


他人は首から鍵を提げる姿を見て眉を顰めるかもしれない。

さぞかし汚い鍵に見えるだろうから。


しかし、先輩は、その鍵を懐かしそうに眺めながら、「扉の鍵穴に、その鍵を差し込んだら、なんだかあの屋上へ通じていそうな気がするね」と言って、ニヤリと笑う。

そして、僕はもちろん、先輩の意見に完全に同意である。

いちゃいちゃ反対。

次回、先輩が泣く話。

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