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狂想

ラッカメディア共和国、テスタケファリ王城にて。



ある一室の扉が控えめに叩かれる。



「誰だ?」


部屋の主が誰何(すいか)の声を上げると、扉の向こうから、若い男の声が聞こえてきた。


「すみません、ルヴィーン元首。リエン・ザフィールです」


「・・・入れ」



数瞬後、扉が開かれ、金髪碧眼の美男子、リエンが入ってきた。



「先程お伺いしたところ、どうやらお休み中だったようで・・・」



リエンが分厚い報告書のようなものを持って気怠げなルヴィーン元首、もといフューラー・ルヴィーンが座る椅子の目の前にある長椅子に掛ける。



「少し、夢を見ていた」


そう言うフューラーの暗赤色の眼は、どこか遠くを見ていた。




「へえ、珍しい。元首も夢を見られるんですか」



何処となく慇懃無礼な態度でリエンが訊く。




「昔の夢だ」


吐き捨てるように言うフューラーを気にも留めず、


「そうですか。で、現在というか今後起こす予定の戦争の大まかな予定を立てているのですが、圧倒的に一般兵の数が少ないですね」


夢の話を早々に切り上げ、現実的な話に戻すリエン。



「志願兵が居ないのだろう?」


「ご名答。流石元首。その理由も御分かりで?」


少し茶化すような雰囲気のリエンに、フューラーが淀みなく理由を述べる。


「貴族層の腐敗、富裕層と商人の癒着、教育の未浸透、少数民族の弾圧、公衆衛生の未発達・・・などが民衆の反感を買っている、ということか。数日前に反乱軍をパラベラム家の直系の娘たちが虐殺したのも理由の一端に付け加えておこうか。あとは砂漠での貴族たちの違法な実験も」


鋭い眼光がリエンを見遣る。

フューラーは狂ってはいたが、決して愚か者ではなかった。若かりし頃、四大貴族の中では最も頭が切れたとも噂されていた。



「元首の眼は誤魔化せませんか」


アハハ、と乾いた笑いを漏らすリエン。弁解する気は無いらしい。


「パラベラム家とルヴィーン家は先々代から親交が深い。私には何も言えんな」


パラベラム家はラッカメディア共和国を代表する軍閥である。今やラッカメディア側の主戦力は殆どがパラベラム家の出身か、何らかの関係のある人間だった。また、パラベラム家は良くも悪くも「戦闘狂」である。


「あの血みどろの同族殺し、ですか」


面白そうな輝きがリエンの蒼色の瞳に宿る。


「あれはルヴィーン一族の汚点だよ。今ではルヴィーン家の人間は私しかいない」


嘆息するフューラーに、


「お母様のシュイ様が原因ですか?」


リエンが問う。


「ああ。私が死ねば恐らくルヴィーン家は絶える。良かったな、ザフィール家の若者よ。政敵が減ったぞ」



その言葉には、リエンも流石に眉を顰めざるを得ない。


「恐れ多いことを口にされるんですね、それも平気で」


「本当のことだろう。それに、」


「リエラ様が居られないから?」


「私のようなものが生きていても意味は無いということだ」



リエンも愚者ではない、何故フューラーがこうも自棄になっているのか、その理由くらいは当主である父親から聞いていた。



「隣国のルーク国王がリエラ様に追っ手を放ったとか」


「ああ。彼奴は奪うだけ奪っておいて、結局自らの手で・・・!!」


フューラーの爪が手のひらに食い込み、血が流れる。



「もし、もしも私に生きている意味があるとすれば・・・リエラを奪った者に相応の裁きを与えること、だろうな」


自嘲するフューラー。


「他にも意味はあるかもしれませんが、ね」


それに対して意味深な笑みを浮かべるリエンに、フューラーが訊く。



「で、一般兵の数が少ないことについては、どう対処する?」



一応フューラーにより「全作戦指揮官及び軍務参謀」の地位を与えられているリエンは、その疑問に対して、淀みなく答えた。



「ラッカメディア共和国西端のテラスヴュステ砂漠にて捕らえた怪物や、付近にあるフォルコメンテリオ異種族研究所の研究によって生み出された化物を充てようと思っております。というより、現に飛翔可能な異種族で聖ノルウェン王国オーヴェスト地方の砦を襲撃しております」



「そうか。それについて神聖テーヴェ教教区の連中は?」



一応ラッカメディア共和国も神聖テーヴェ教を国教として据えているが、アリア自治区への不当な侵攻、違法魔導の研究、異種族の危険な交配など、様々な点で教会側から警告文書が送られてきており、神聖テーヴェ教教会とラッカメディア共和国の親交は無いに等しかった。或いは、ラッカメディア共和国がそのようであったからこそ、教会は聖ノルウェン王国側についたのかもしれない。


ちなみに、フューラー自身も神聖テーヴェ教の戒律を犯していたことがある。



「まだ気づいてはいないようですが、時間の問題かと」


「それについては今更警告文書が一つや二つ増えたところで問題ない。まあ、下手をすればラッカメディアは聖ノルウェン王国と神聖テーヴェ教教会とで挟み撃ちに遭うがな」


さてどうする?という視線をフューラーは年若い全権指揮官に向けた。



「先に聖ノルウェン王国を叩いてオークヴァ―ン帝国と組んで教会と相対するか、例の証拠を教会に提出して、教会に直々に聖ノルウェン王国を叩いてもらうかのどちらかを考えています」


「成程」



オークヴァ―ン帝国は一神教である紅光教(こうごうきょう)を国教にしている。教会側としては出来れば波風を立てたくない筈だ。




「恐らく、例の証拠を今すぐにでも教会に提出すれば聖ノルウェン王国は自動的に滅びるでしょうが・・・」



「何か問題があるのか?」


フューラーの言葉に、リエンが頷く。




「もしも聖ノルウェン王国が教会領になってしまった場合、我々は両側から監視に晒されることになりますし、オークヴァ―ン帝国側にあまり良くない印象を与えることになります。それよりも、例の証拠を聖ノルウェン王国側の人間に見せ、内部から崩壊を迫ることの方が労力が少ないかと。まあその際に元首としてルヴィーン元首には向こうの国王との会談の場について貰わなければなりませんが」



「構わない」


フューラーの言葉に、リエンはにっこりとほほ笑んだ。




「第四次アリア自治区侵攻の際に偶然見つけたこの証拠がなければ、今回の策を思いつきませんでした。改めて、お礼を申し上げます、元首」



頭を下げるリエンを冷ややかに見つめたフューラーは数時間前に淹れた茶を飲んだ。



当然の如くそれは冷たかった。



「要件はそれだけか?」


「ええ。これらの作戦に元首の印を貰おうと思いまして」


「なら、目を通しておくから、机の上に置いておいてくれないか?夜までには印を押して、そちらに持っていこう」



「ありがとうございます」



リエンがフューラーの居る部屋から退出した。




「リエラ・・・」



独りとなったフューラーの呟きが、虚空に消える。



彼の傷だらけの手は、豪奢な作りの箱を愛おしそうに撫でていた。



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