微睡
聖ノルウェン王国首都:ファリアの中心部。
スリアンヴォス城の最上階で、第41代国王、ルーク・ノルウェンが午後の政務までの間、暫しの惰眠を貪っていた。
* * * * * *
「おい、フューラー」
「何だい、ルーク?」
ラッカメディアが共和制に移行する以前の、リーデンギスにて。此処は王都メルトヘヴンにある王城の離宮であるテスタケファリ宮殿が建設されていた。
その中庭で、フューラーと呼ばれた黒髪に暗赤色の眼をした青年と、ルークと呼ばれた赤髪の、鳶色の眼をした青年は会話をしていた。
「これは、何だ?」
会話と呼ぶには、少々ルークの雰囲気は鋭かったが。
「ああ。俺の奴隷だけど?」
ルークが示した先。
フューラーの足元には、四肢に楔を打たれ、裸同然の襤褸布を纏った女性が首に鎖を巻かれ、四つん這いになっていた。
「神聖テーヴェ教では、奴隷は禁忌中の禁忌だろう!?」
ルークの詰問する声にも、フューラーは涼しい顔を崩さない。
ルークは自分の従者に、女性の体を覆えるほどの布を持ってこさせると、「奴隷」と言われた女性にかけた。
「ではなくて!一か月前に会った時、この人はお前の・・・」
妻だったではないか、と叫ぼうとしたルークの先を制し、
「前妻だ。今は、な」
さっきとは違って底冷えのする昏い笑みを浮かべるフューラー。
そんな狂気を端々に感じる言葉に、ルークは押し黙るしかない。
「どういう、ことだ?」
それでも堪えきれずに、疑問を口にする。
「三週間前にアリア地方を視察した時に、とある民族の娘を妻に迎えた。勿論、一族の安全と引き換えに、だ」
フューラーが「視察」と称した場合、十中八九は「視察という名の弾圧」である。アリア地方は港湾の権利を欲したラッカメディア皇国に無理矢理併合された地方であるというのは、ルークも良く知っていた。そして、聖ノルウェン王国がラッカメディア皇国の支配から独立を果たした国であるということも。
「それは脅しじゃないか?」
ルークの詰問にフューラーは冷笑で以て返す。
「『彼女』を手に入れられるなら、何だっていいさ」
当時、ラッカメディア皇国と聖ノルウェン王国の関係は現在ほど悪くは無かった。相変わらずラッカメディア皇国の中には聖ノルウェン王国を属国として見る人間が少なくは無かったが、四大貴族の一つ:ルヴィーン家及びその生まれであるフューラーはそういった見方をせず、ラッカメディア皇国の四大貴族の中では自由な考えの持ち主であった。
そういうこともあってか、ルークとフューラーは幼少期から親交があり、ルークが即位した現在も、こうして月に一度は会うほどである。
「狂ってるな、フューラー」
吐き捨てるように友人に告げたルークに対し、
「それはお互い様だろう?」
冷ややかな眼差しで以て応えるフューラー。
幼少期から見てきたルークとしては、フューラーの異常性が目について仕方がなかった。
幼い頃から国王の座及び四大貴族それぞれの当主の座に就かんとして日夜繰り広げられる血で血を洗う政争に曝されてきたフューラーは、まともな親の愛情というものを受けずに育ってきたのであった。というのも、フューラーは四大貴族ルヴィーン家とはいえ元々は傍系の出自であり、彼の母親による様々な裏工作で彼は当主の座に就いたようなものである。父親は早くに政争で亡くしており、また他の兄弟たちとの苛烈にして熾烈な争いに勝ち抜くための母親の歪んだ愛情を受けてきたため、時として異常ともとれる行動を取ることがあった。
ルークは友として、フューラーを何とかしてやりたいと思うようになってはいたが、何もできなかったのも事実である。
「女性一人のために妻だった人間を奴隷にするとは・・・」
ルークの呟きにキッと睨みあげるフューラー。
「五月蠅い。このモノを金輪際「妻だった」等と口にするなよルーク」
四つん這いの姿勢の女性の痛ましい姿に、何とかフューラーに奴隷としての身分を撤回してもらえないだろうか、とルークが頭を抱えていたその矢先。
漆黒の髪に漆黒の眼をした美しい女性が、庭の端に佇んでいた。
その女性を見た途端、弾かれたようにフューラーが彼女のもとに駆け寄る。
さっきまでとは打って変わって、満面の笑みを彼女に向けている。
「リエラ!!君は今まで何処にいたんだ!?全く、心配したよ。君の里の者や婚約者という害虫に連れ去られてしまったんじゃないかって思ったじゃないか!!」
フューラーの言葉にその女性の肩が怯えから震えたのがルークには分かった。それと同時に、この女性がフューラーの「現在の"妻"」であることを確信した。
「すみません、ルヴィーン様」
物静かで大人しそうな女性が頭を下げる。
そんな女性の様子に慌ててフューラーが彼女の頭を起こす。
「謝らなくても良いよ!君が悪い訳じゃないからさ。それよりも私のことはフューラーで良いといつも言っているじゃないか!」
「ですが・・・」
明らかに困り切った女性に助け舟を出そうと、ルークが話しかける。
「フューラー、その方が・・・」
フューラーがルークを絶対零度の視線で睨む。
「私とリエラの邪魔をするなら、幾らルークでも許さないが」
リエラと呼ばれた女性が焦る。フューラーの纏う極寒の空気に、ルークは「重傷だな」と思わざるを得ない。
「邪魔する気は無いが、その方が、お前の妻なんだな?」
「ああ。リエラ。私の愛しい妻だ。あんな汚らわしい政略結婚の産物なんぞとは一緒にしないでもらいたい」
フューラーの剣呑極まりない紹介に、リエラがお辞儀をした。
「そうか・・・よろしく」
「よろしく、お願いします」
これが、ルークとリエラの出会いである。
・・・遂に登場、第七魔導小隊戦記のヤンデレ属性。




