昼下がり~料理人にして魔導石加工職人のゲーテ老
二日目の試験を無事に終え、ライラと別れた後、俺、カイン、キイス、フラムさんは取り敢えず昼ご飯をどうするか、という深刻かつ緊急な問題の解決に乗り出すことにした。
現在、午後一時半。大立ち回りをやったということもあり、非常にお腹がすいている。
「うお~腹減った~」
魔導学院の敷地を一歩出た瞬間から隣で叫ぶカイン。
少し他人のフリをしたくなった俺を咎める者はいまい。
「僕もお腹空いたよ、アークお兄ちゃん」
キイスが俺を見上げてくる。俺としてはキイスにさっき助けられているので、なるべく早急にお腹を満たしてやりたい。
俺自身も結構空腹が堪えてきている。
いつもの如く"戦乙女の宿木"で食べれば問題がないと思っていたが、
先程カインに"戦乙女の宿木"亭で昼食をとってもいいのかどうかを聞いてみたところ、
「たまには違うところでメシを食いたい」
という意見が出たため、現在このような状況に陥っているのである。
「それでは、私の行きつけの店でもどうでしょう?」
フラムさんの提案に、盛り上がるカインとキイス。
「「行ってみたいです!!」」
そこまで気合いを入れて言うほどのことか?
そんな突っ込みが俺の脳内で形成されたが、フラムさんが此方を見ていたので、
「お、お願いします・・・」
そう言わざるを得なくなった。
* * * * * *
西区:ムスター通り。
首都ファリアは王城を中心として円形に都市が発展した場所であり、王城及び首都の主要機能が集中する区画と、人々が居住・労働する区画は環状のクライス大通りによって隔てられていると、カインから教わった。
その、クライス大通りより外側の、西区。
西区メインストリートのファルベ通りから一歩、裏に入ったムスター通りの一区画。
そこにフラムさん行きつけの店、「ヴァロータ」があった。
「いらっしゃいませ・・・ってフラムか」
店の奥では白髪に片眼鏡の初老の男性が丁寧にグラスを磨いていた。
「こんにちは、ゲーテさん」
フラムさんの一礼。俺たちもそれに倣う。
「今日は食事だけか?おっと、後ろに居るのは・・・?」
「食事だけ」というゲーテさんの言葉に少し引っかかりつつも、再び礼をする。
「今回の試験で知り合いました、アーク君とカイン君とキイス君です」
フラムさんの簡単な紹介。それだけで何やら分かったらしく、ゲーテさんはしきりに頷いている。
「成程成程・・・お前が気に居る理由が分かった。よし。そのナリじゃあ今しがた試験を受けてきたようなもんだろう。今から何か作ってやるから、その辺に座ってな」
ゲーテさんが店の奥へと消える。俺たちはフラムさんの勧めで席に着いた。
「ゲーテさん―――――正式にはゲーテ・ルディ・シュミットですが―――――は、ここで料理屋兼魔導石加工をやっている私の古くからの知り合いなんですよ」
フラムさんは慣れた手つきで近くに置いてあった水差しと人数分のグラスを手に取り、水を入れていく。
「内装のセンスの良さも、メニュー表も、流石だな・・・」
隣に座るカインが何事かを呟いていた。恐らく、宿屋兼食堂の家の息子として気になる点があるのだろう。
「私が現在使用している魔導数珠もゲーテが作ったものなんですよ」
フラムさんが懐から取り出した魔導数珠を見て、
「「「へえ~」」」
俺たち三人の声が重なる。
フラムさんの持っている濃い紫色の魔導数珠は一粒一粒に魔導増幅などの効果のある紋様が刻まれていた。精巧極まりない一品である。
「彼は仕事の正確さ、速さは勿論のこと、」
フラムさんの言葉を遮るかのように、料理の皿が並べられる。この光景、昨日見たような・・・。
「はい、おまちどう。つーか、フラム、余計なこと喋んじゃねえ」
なんか痒くなるだろ、そう言って身震いするゲーテさん。
「これはこれは失礼しました。見ての通り、料理の腕も速さも半端ないんですよ」
そう言って、フラムさんが俺たちの分の食器を配る。
「「「「いただきます」」」」
鍋の蓋をあけると、ほっこりとした湯気が上がるとともに、いい匂いが漂ってきた。
「うっまそう~!!」
俺たちの声を代表してカインが叫ぶ。
「今日はいい香木片が届いたからな、肉を燻してみたのさ」
香木片で燻したアジュム(肉の一種)の付け合せには、根菜ロジェに、乳製品と刻んだ香草を混ぜた調味料をつけたもので、これも仄かな酸味が効いた美味しいものだった。
汁物には、同じく根菜ロジェを裏漉ししたあと、コンゾルムという聖ノルウェン王国南東部発祥の調味料を加えたスープが出され、主食にはラッカメディア共和国から伝来した硬めのパンに、ガランをのせたものと、どれをとっても一手間、一工夫かけられた素晴らしいものだった。
そして気になるのが・・・
「すみません、お代は・・・」
食後、俺がそう切り出すと、ゲーテさんは首を横に振った。
「金は要らねえが、その代わりに、武器を見せてもらいたい」
フラムさんが苦笑する。
「ゲーテさんは武具についている魔導石が気になるんですよ」
ああ、成程。
俺たちは各々の武器を取り出した。
「えーと、まずはそこの・・・カイン」
カインの武器は微妙に重量、形の異なる二振りの短剣だ。片方は柄の部分に、もう片方は柄頭に、それぞれ薄紫色、深紅色の魔導石が嵌め込まれている。
ゲーテさんはカインから短剣を受け取ると、感慨深げに頷いた。
「ああ、やっぱり俺が加工した奴だ」
「ホントですか!?」
カインが身を乗り出す。
「おう。こっちの紫の方が罠・毒魔導用で、こっちの深紅の方が幻惑魔導用だろ?手入れもちゃんとされているようだな」
感心感心、とゲーテさんは満面の笑みでカインに武器を返した。
「お次は、キイス」
キイスが取り出したのは、後端に極小の薄緑色の魔導石が付いた10本の魔導鍼と、水色の魔導石の付いた指輪だった。
「ふうむ。鍼の方は操作魔導用で、指輪の方が回復魔導用か。って、これは100年前の名工、ゲールプ・オールデンの作品じゃないか!」
キイスの指輪を見て興奮するゲーテさん。
キイス含め俺たち全員が若干退き気味になる。
「えと、どちらもお父さんに貰ったものなんですけど・・・」
キイスの言葉にゲーテさんが目をきらりと光らせる。
「君のお父さんはわしに勝るとも劣らん蒐集家だな。大事にしなさい」
「はーい♪」
キイスが指輪を嵌め、鍼を袋に入れた。
「んで、アーク」
俺は魔導剣と、魔導杖をゲーテさんに渡した。
俺が使っている武器に付いている魔導石は、魔導杖の方が群青色、魔導剣の方が透明である。
武器を見たゲーテさんが、怪訝そうな顔をした。
「この魔導石、というかこの武器、どこで手に入れた?」
ゲーテさんの言葉に、内心首を傾げながら、
「えと、師匠であるマディーンからですが・・・」
そう答える。
俺の答えを聞いて、ゲーテさんは膝を打つ。
「そいつ、名前はトウヤって言うだろ?」
首都嫌いの師匠のことをどうしてゲーテさんが知っているんだろうか?
「はい・・・」
それがどうかしましたか?
と、俺は目で訊いた。
「マディーンは俺の同期で、前衛職試験最高得点保持者だったんだよ」
はい?
師匠はそんなこと全く言ってなかったじゃないか。
登場人物紹介
アーク・トゥエイン:赤髪黒目の少年。山間の村ローン出身。15歳。前衛職。星天魔導遣い。武器は魔導剣。
カイン・ソリダスター:黒髪黒目の少年。首都ファリア出身。15歳。前衛職。幻惑魔導遣い。武器は魔導短剣。
キイス・ハイヴェルト:金髪碧眼の少年。ローンの隣村ミクラン出身。10歳。後方支援の回復系統。回復・操作魔導遣い。
ライラ・ホークウッド:青髪青目の少女。聖ノルウェン王国軍閥の一門、ホークウッド家のお嬢様。アークやカインより1、2歳年上。後衛職。武器は魔導弓。
フラム・マギラ:水色の髪に、左目が黄色、右目が蒼色という風貌の青年。18、19歳くらい。予知系統。武器は魔導数珠。
ゲーテ・ルディ・シュミット:首都西区で喫茶店兼魔導石加工店「ヴァロータ」を営む初老の男性。
ゲールプ・オールデン:100年前の魔導石加工技師。現在では彼の作ったものは至高の名品であるとされている。
食品など
アジュム:肉の一種。エンテよりもさっぱりした味。鶏に近い。
ロジェ:根菜の一種。ジャガイモに近い。
コンゾルム:動物性の出汁と野菜を煮詰めた液体を濃縮したもの。
ガラン:バカラ(大型草食動物)からとれる乳を発酵させて作った食品。チーズのようなもの。産地によって味が異なる。




