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呪法奇伝  作者: 武無由乃
第一章 蘆屋の呪術師
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第十八話 白き翼 その4

【そうだ…。あの時、お前は新しい『遊び』と言った。その『遊び』によってお前は変わってしまった】


そう言って羅睺星君は天翔尼を見下ろす。

天翔尼はそれを聞きながら、自分の過去に意識を飛ばしていた。



-----------------------------



羅睺星君と別れた計都星君は、すぐに別の村を襲った。ただし、そこではいきなり殺害はしなかった。


【おい! お前! 餓鬼を育てる方法を知ってるか?】


「な…なにを?」


計都星君は村人の首をつかむと、持ち上げてまずそう聞いたのである。


【知らないのか? なら殺す】


「ああああ!!! 待って!!! 待ってください!!!!」


村人はそう言って、なんとか助かろうと、あることを口に出した。


「この村のはずれに、ババアが一人で住んでます。そいつならたぶん」


それは、その村の人々にとって、最もどうでもいい人間であった。その村人は、その老婆をいけにえに捧げて助かろうとしたのである。


【ふん…そうか。そのババアを連れていけば…】


計都星君はそうひとりごちると、その村人の首をへし折った。


「ぐげ…」


結局殺された村人をその場にほおって、計都星君は村のはずれへと向かった。そこに、確かに件の人物はいた。


「ひいい!!!!」


計都星君はいきなり老婆の首をつかんだ。そして、それを上に釣り上げると言った。


【お前、餓鬼は育てられるか?】


老婆は、あまりの事態に泡を吹きながら言う。


「は、はい! 何人か育てたことはあります! みんな戦に行って死にましたが!」


あまりのことに、余計なことまで言う老婆。


【そんなことはどうでもいい! 育てられるんだな?】


「は、はい!」


【ならば…】


計都星君は老婆ににやりと笑うと言った。


【あたしに餓鬼の育て方を教えろ!】


「は?」


その唐突な言葉に驚く老婆。


【教えられないのか? なら殺す】


「ひい!!! わかりました、教えます! 教えます!」


老婆は慌ててそう言った。その言葉を満足そうに聞いていた計都星君は、老婆を脇に抱えると空に舞い上がった。


「ひい!!!! 落ちる!!!」


老婆は慌てて計都星君の体に抱き着いた。計都星君はそれを気にも留めず、ある場所に向かって飛んでいった。それは、かつて彼女ら兄妹が生まれた場所…。



-----------------------------



天翔尼は思い出す。

それから、計都星君と、老婆と、赤子の三人の生活が始まった。初めのころこそ、手加減を知らなかった計都星君は、赤子を殺しかけたことが何度もあった。そのたびに老婆が止めて、赤子の育て方を教えた。その赤子は丈夫で強い子だった。だから、計都星君の腕の中ですくすくと育っていった。ある日、計都星君は、老婆に言われて赤子に名前を付けた。つけた名前は…。


北斗ほくと…」


天翔尼は懐かしげにそう呟いた。羅睺星君にはその言葉が聞こえていた。


【そうだ…その餓鬼だ…。お前はその餓鬼のせいで変わってしまった。そして、俺を裏切ったんだ!】


羅睺星君は全身から妖力を吹き出させると、その手に収束した。其処に、美しい装飾の入った剣が現れる。


【計都星君! 俺のところに戻ってこないというならお前を殺す!!!!】


羅睺星君は一瞬にして、その場から姿を消すと、天翔尼の背後に現れた。


(な!? 見えなかった!)


真名はそのスピードに驚いた。彼女は、羅睺星君の動きをまったく捉えることが出来なかったのだ。


「く!!」


そんなスピードでも、天翔尼ははっきりと知覚していた。手にした錫杖で、剣の斬撃を払う。


ガキン!!! ガキン!!! ガキン!!!


両者の間に、さらに数撃の火花が散る。羅睺星君と天翔尼の強大な妖力のぶつかり合いが、物理的な衝撃波となって周囲に何度も響く。周りの者たちは、そのやり取りに圧倒されるしかなかった。


【計都星君!!!】


「何度言わせるか、この阿呆!!!」


天翔尼はそう言って、羅睺星君に蹴りを食らわせる。羅睺星君は空中へと吹っ飛ばされる。


【…】


「フン…わしを計都星君と呼ぶな…」


羅睺星君は、天翔尼のその言葉に、心底不機嫌な表情で言った。


【…やはり、その程度か、計都星君…。俺たちの位置はやはり全く変わっていないな】


「…」


【でも、お前は、アレだけは変わってしまった。あの北斗とかいう餓鬼のせいで…】


その言葉に、再び天翔尼は意識を過去に飛ばした。



-----------------------------



計都星君が赤子を育て始めてから20年近い月日が経った。計都星君は兄妹が生まれた場所に屋敷を立てて、老婆と北斗とともに暮らしていた。北斗は、彼女の手ですくすくと育ち、立派な青年に育っていた。

北斗はその一帯の盗賊を束ねる頭領になっていた。ただし、彼はむやみな殺生や、弱いものから金を巻き上げるような行為はしなかった。悪徳の金持ちばかりを狙い、その地域では知らぬ者のない義賊となっていた。その日も、民を苦しめる金持ちから金を巻き上げ、貧しいもの達に配って帰ってきた。


「母さん!! 今帰ったぞ!!!」


【おお! 北斗!! よく無事で帰ったね】


「はは! 俺が、そこいらの奴に負けるわけないだろ、母さん」


【おい林玲りんれい、宴の支度をするぞ!】


「はい計都様…」


そう言って老婆は計都星君とともに台所へと向かう。

あれから、3人は仲睦まじく暮らしていた。それは、かつての計都星君ならありえないことであった。老婆はもう高齢で体もうまく動かなくなっていたが、計都星君と北斗がそれを支えていた。それは、計都星君にとってとても平和な日々だった。それが、そのまま続くと純粋に思っていた。あの男が現れるまでは…。


それは、何の前触れもなく現れた。

いつものように北斗が出かけて行ったその日の昼。老婆が計都星君の部屋に慌てて駆け込んできたのである。


【なんだ? どうした。林玲】


「計都様! 屋敷の前に!!!」


【?】


計都星君は老婆のその剣幕に何か感じて、すぐに屋敷の前に出て行った。其処にそいつがいた。


【…久しぶりだな、お前】


【…あ、兄者?】


それは、20年ぶりに見る羅睺星君であった。計都星君は言った。


【なんの用だ? 兄者】


その言葉に、少し笑って兄は言った。


【なんの用だはないだろう? また、『遊び』に誘いに来たんだ】


それはいきなりのことであった。計都星君は少し狼狽えて言った。


【は、はあ? 『遊び』? 悪いけど今はそんなこと…】


妹のその言葉に兄は少し不機嫌になって言った。


【なんだよ。せっかく、久しぶりに誘いに来たっていうのに。もしかして、まだ餓鬼で遊んでるのか】


計都星君は、兄のその言葉に、少しむっとなっていった。


【…北斗のことか?】


兄は妹のその言葉に心底驚いた様子だった。


【北斗? お前、餓鬼に名前を付けたのか?】


計都星君は言った。


【ああ、そうだ! 北斗っていうんだ! いい名だろう?】


兄は、嬉しそうに話す妹を、気持ち悪いものを見るような目で見て言った。


【本気かよ? 北斗だと? …ん? 北斗?】


その時、羅睺星君は何かに気づいたようだった。


【なあ。その北斗って…】


【なんだよ兄者】


羅睺星君は計都星君に何かをほおってよこして言った。


【そいつのことか?】


【え?】


それは、血まみれの生首。


【え?】


それは、苦悶の表情の血の塊。


【ほ…】


一瞬、計都星君にはそれが何かわからなかった。いや、分かりたくなかったというのが本当であった。


【ほく…】


…それは、北斗の生首だった。

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