第十八話 白き翼 その4
【そうだ…。あの時、お前は新しい『遊び』と言った。その『遊び』によってお前は変わってしまった】
そう言って羅睺星君は天翔尼を見下ろす。
天翔尼はそれを聞きながら、自分の過去に意識を飛ばしていた。
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羅睺星君と別れた計都星君は、すぐに別の村を襲った。ただし、そこではいきなり殺害はしなかった。
【おい! お前! 餓鬼を育てる方法を知ってるか?】
「な…なにを?」
計都星君は村人の首をつかむと、持ち上げてまずそう聞いたのである。
【知らないのか? なら殺す】
「ああああ!!! 待って!!! 待ってください!!!!」
村人はそう言って、なんとか助かろうと、あることを口に出した。
「この村のはずれに、ババアが一人で住んでます。そいつならたぶん」
それは、その村の人々にとって、最もどうでもいい人間であった。その村人は、その老婆をいけにえに捧げて助かろうとしたのである。
【ふん…そうか。そのババアを連れていけば…】
計都星君はそうひとりごちると、その村人の首をへし折った。
「ぐげ…」
結局殺された村人をその場にほおって、計都星君は村のはずれへと向かった。そこに、確かに件の人物はいた。
「ひいい!!!!」
計都星君はいきなり老婆の首をつかんだ。そして、それを上に釣り上げると言った。
【お前、餓鬼は育てられるか?】
老婆は、あまりの事態に泡を吹きながら言う。
「は、はい! 何人か育てたことはあります! みんな戦に行って死にましたが!」
あまりのことに、余計なことまで言う老婆。
【そんなことはどうでもいい! 育てられるんだな?】
「は、はい!」
【ならば…】
計都星君は老婆ににやりと笑うと言った。
【あたしに餓鬼の育て方を教えろ!】
「は?」
その唐突な言葉に驚く老婆。
【教えられないのか? なら殺す】
「ひい!!! わかりました、教えます! 教えます!」
老婆は慌ててそう言った。その言葉を満足そうに聞いていた計都星君は、老婆を脇に抱えると空に舞い上がった。
「ひい!!!! 落ちる!!!」
老婆は慌てて計都星君の体に抱き着いた。計都星君はそれを気にも留めず、ある場所に向かって飛んでいった。それは、かつて彼女ら兄妹が生まれた場所…。
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天翔尼は思い出す。
それから、計都星君と、老婆と、赤子の三人の生活が始まった。初めのころこそ、手加減を知らなかった計都星君は、赤子を殺しかけたことが何度もあった。そのたびに老婆が止めて、赤子の育て方を教えた。その赤子は丈夫で強い子だった。だから、計都星君の腕の中ですくすくと育っていった。ある日、計都星君は、老婆に言われて赤子に名前を付けた。つけた名前は…。
「北斗…」
天翔尼は懐かしげにそう呟いた。羅睺星君にはその言葉が聞こえていた。
【そうだ…その餓鬼だ…。お前はその餓鬼のせいで変わってしまった。そして、俺を裏切ったんだ!】
羅睺星君は全身から妖力を吹き出させると、その手に収束した。其処に、美しい装飾の入った剣が現れる。
【計都星君! 俺のところに戻ってこないというならお前を殺す!!!!】
羅睺星君は一瞬にして、その場から姿を消すと、天翔尼の背後に現れた。
(な!? 見えなかった!)
真名はそのスピードに驚いた。彼女は、羅睺星君の動きをまったく捉えることが出来なかったのだ。
「く!!」
そんなスピードでも、天翔尼ははっきりと知覚していた。手にした錫杖で、剣の斬撃を払う。
ガキン!!! ガキン!!! ガキン!!!
両者の間に、さらに数撃の火花が散る。羅睺星君と天翔尼の強大な妖力のぶつかり合いが、物理的な衝撃波となって周囲に何度も響く。周りの者たちは、そのやり取りに圧倒されるしかなかった。
【計都星君!!!】
「何度言わせるか、この阿呆!!!」
天翔尼はそう言って、羅睺星君に蹴りを食らわせる。羅睺星君は空中へと吹っ飛ばされる。
【…】
「フン…わしを計都星君と呼ぶな…」
羅睺星君は、天翔尼のその言葉に、心底不機嫌な表情で言った。
【…やはり、その程度か、計都星君…。俺たちの位置はやはり全く変わっていないな】
「…」
【でも、お前は、アレだけは変わってしまった。あの北斗とかいう餓鬼のせいで…】
その言葉に、再び天翔尼は意識を過去に飛ばした。
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計都星君が赤子を育て始めてから20年近い月日が経った。計都星君は兄妹が生まれた場所に屋敷を立てて、老婆と北斗とともに暮らしていた。北斗は、彼女の手ですくすくと育ち、立派な青年に育っていた。
北斗はその一帯の盗賊を束ねる頭領になっていた。ただし、彼はむやみな殺生や、弱いものから金を巻き上げるような行為はしなかった。悪徳の金持ちばかりを狙い、その地域では知らぬ者のない義賊となっていた。その日も、民を苦しめる金持ちから金を巻き上げ、貧しいもの達に配って帰ってきた。
「母さん!! 今帰ったぞ!!!」
【おお! 北斗!! よく無事で帰ったね】
「はは! 俺が、そこいらの奴に負けるわけないだろ、母さん」
【おい林玲、宴の支度をするぞ!】
「はい計都様…」
そう言って老婆は計都星君とともに台所へと向かう。
あれから、3人は仲睦まじく暮らしていた。それは、かつての計都星君ならありえないことであった。老婆はもう高齢で体もうまく動かなくなっていたが、計都星君と北斗がそれを支えていた。それは、計都星君にとってとても平和な日々だった。それが、そのまま続くと純粋に思っていた。あの男が現れるまでは…。
それは、何の前触れもなく現れた。
いつものように北斗が出かけて行ったその日の昼。老婆が計都星君の部屋に慌てて駆け込んできたのである。
【なんだ? どうした。林玲】
「計都様! 屋敷の前に!!!」
【?】
計都星君は老婆のその剣幕に何か感じて、すぐに屋敷の前に出て行った。其処にそいつがいた。
【…久しぶりだな、お前】
【…あ、兄者?】
それは、20年ぶりに見る羅睺星君であった。計都星君は言った。
【なんの用だ? 兄者】
その言葉に、少し笑って兄は言った。
【なんの用だはないだろう? また、『遊び』に誘いに来たんだ】
それはいきなりのことであった。計都星君は少し狼狽えて言った。
【は、はあ? 『遊び』? 悪いけど今はそんなこと…】
妹のその言葉に兄は少し不機嫌になって言った。
【なんだよ。せっかく、久しぶりに誘いに来たっていうのに。もしかして、まだ餓鬼で遊んでるのか】
計都星君は、兄のその言葉に、少しむっとなっていった。
【…北斗のことか?】
兄は妹のその言葉に心底驚いた様子だった。
【北斗? お前、餓鬼に名前を付けたのか?】
計都星君は言った。
【ああ、そうだ! 北斗っていうんだ! いい名だろう?】
兄は、嬉しそうに話す妹を、気持ち悪いものを見るような目で見て言った。
【本気かよ? 北斗だと? …ん? 北斗?】
その時、羅睺星君は何かに気づいたようだった。
【なあ。その北斗って…】
【なんだよ兄者】
羅睺星君は計都星君に何かをほおってよこして言った。
【そいつのことか?】
【え?】
それは、血まみれの生首。
【え?】
それは、苦悶の表情の血の塊。
【ほ…】
一瞬、計都星君にはそれが何かわからなかった。いや、分かりたくなかったというのが本当であった。
【ほく…】
…それは、北斗の生首だった。




