第十八話 白き翼 その3
「『羅睺星君』?」
真名は誰に言うともなしに呟いた。それを聞いた天翔尼は。
「そうじゃ…。奴の名は羅睺星君…二年前に封印墓跡から抜け出して、何処かへと消えた大妖魔」
そう言った。
「二年前?! まさか、それは…」
真名はそのことを聞いてあることに気づいていた。それは、
「二年前に確か、八天会議がありましたが…まさか…」
そう言った真名に天翔尼が頷く。
「ああ、そうじゃ。あの時の八天会議は、こやつのことを議題にしていた。しかし、まさか二年御空白を開けてわしのもとに現れるとは…」
天翔尼はそう言って、空に浮かぶ男・羅睺星君を睨み付けた。
【…計都星君よ。まだ俺をそんな目で睨むか…】
羅睺星君は無表情でそう言った。
【…しかし、信じられんな。お前のその姿…なぜそんなババアの姿をしている?】
天翔尼はその言葉に、眉の皺を濃くして言った。
「そんなことどうでもよかろう…。それに、わしを計都星君と呼ぶな」
【天翔とか言ったか…。名前を変えただけでなく、今ではゴミどもの神を名乗っておるそうじゃないか】
「ゴミども…。それは人間のことか?」
天翔尼はさらに強く羅睺星君を睨み付ける。
【…やはり、変わったのだな計都星君。たかがゴミのことで怒りを覚えるとは】
羅睺星君はそう言うと一息考えてから言った。
【…もう一度だけ許してやる。ゴミどもの神など止めて俺のもとに帰って来い…】
それは、天翔尼にとってあまりにもあまりな言いぐさであった。だから、
「断る…。それとわしを計都星君と呼ぶな」
そう言って手にした錫杖を構えた。
【…俺を、あの時のように封じるつもりか…。だが、今、あの男はいないようだが…。それで、俺に勝てると思っているのか?】
その言葉を聞いて、羅睺星君を黙って睨み付ける天翔尼。
【…お前は、生まれた時から俺の後を追っていた。力で俺に勝てたことなど一度もなかっただろう?】
その言葉を聞いて、それまで静かに見守っていた美奈津が動いた。
「あたしたちが目に入っていないのか、てめえ?! てめえなんて、あたしたちだけでも十分…」
【…ゴミは黙っていろ!!!】
そう言って、突然、強烈な眼光で美奈津を睨み付けた。その目から放たれた、身震いするほどの殺気に美奈津はすぐに押し黙ってしまう。
【…あの男…。憎き蘆屋道満ならまだしも…。貴様らが束になっても俺に勝てるわけないだろう? 本当にゴミどもは愚かしいな】
そう言って、羅睺星君はあまりにも強烈で強大な妖力を全身から放ち始める。その強さは八大魔王に匹敵した。
「…馬鹿な。どういうことだ、その妖力は…。お前は封印で力を限界まで削られているはず」
そう言って天翔尼は驚いた。それに対し羅睺星君は、
【ああ、俺を封印から解放した乱月とかいうゴミのおかげで、かつての俺を取り戻せたのだ。まあ、あいつにだけは感謝してやるさ】
そう言った。それを聞いた真名は、
「乱月だと!?」
そう言って前に出る。
「貴様を開放したのは死怨院乱月なのか!?」
羅睺星君はそう聞いてくる真名を一瞥すると。
【ゴミが…俺に話しかけるな】
そう言って強烈な殺気を飛ばした。さすがの真名もそれに対し一瞬たじろいてしまう。
「真名姫様…。それに皆も、此処はババに任せてさがっておれ…」
そう言って天翔尼は皆を促す。その姿を見た羅睺星君は不機嫌そうな顔になって言った。
【やはり…変わったなお前…。お前が変わったのは、やはりあの時からか…】
そう言って思考を過去に飛ばす。
それは、精霊の兄弟が穢れを浴びて悪霊となったのちの話…。
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あれから、何年、何十年たったのだろう?
人里に降りた精霊の兄妹は、楽しい『遊び』を始めた。その『遊び』とは『人を殺す』こと。彼女らは、無邪気に人を殺した。それしか楽しみがないかのように、ただひたすらに。無論、そんなことをしていれば、退魔師があらわれて彼らを害そうとするが…。彼らは、生まれつき、強大すぎる力を持っていた。現れた退魔師をも、遊びと称して殺した。いつしか、彼らは大陸でも名の知れた大妖魔になっていた。人々は、現れれば死が待っているその兄妹を、凶事をつかさどる凶星の名で呼んだ。すなわち…
兄の羅睺星君…
妹の計都星君…
そして、その日も、二人はある名もなき村を襲って、虐殺を繰り返していた。
「ひいいいいい!!!!」
ザク!!!
羅睺星君の手にした剣が、村人に深々と突き刺さる。心臓を一突きにされたその村人は、その一瞬で絶命する。
【ククク…はははは!!! そら、どうした? もっと抵抗しろよ!!!!】
羅睺星君は心底楽しそうに、村人をめった突きにする。
「くそ! この化け物め!!!」
村の若者が剣をもって、羅睺星君の背後から襲い掛かる。しかし、
ザク!!!
その若者の腹に、どこからか飛んできた槍が突き刺さる。それは計都星君が手にしていたものであった。
【やった! 命中!! どうだい兄者?】
【おう…。お前もなかなかやるな。ならば俺だって!!】
そう言って羅睺星君は、今まさに走って逃げていく村の娘の背に狙いを定めた。
【そらよ!!!】
ザク!!!
「ああああ!!!!!」
羅睺星君が投げた剣は正確に、娘の背中をとらえた。
【おお!! 命中!! やるね兄者!】
計都星君は楽しそうに手をたたいた。
それは、彼ら兄妹の『遊び場』という地獄であった。等しき村人を遊び殺した兄妹は、一つの家の前に立つ。その家からは、赤子らしき泣き声が響いていた。
【おう…。この中に何かいるようだよ兄者】
そう言って計都星君は脚で、家の扉を蹴り飛ばした。扉は音を立てて粉砕される。
「ひい!!!」
そこに隠れていたのは、赤子を連れた母親であった。
【お、まだこんなところに隠れてたか…。さて、どうやって殺すかな?】
羅睺星君は、新たなおもちゃを見つけて楽しそうに笑った。そんな、羅睺星君の様子に、赤子の母親は。
「ひい!!! どうか、どうか!! 命だけはお助けください!!!」
そう言って、床に頭をこすりつける。しかし、
【やだ。殺す】
羅睺星君は無邪気に笑いながら言った。計都星君は羅睺星君に提案する。
【なあ、兄者。あたしの槍で串刺しにするのはどうだ?】
それに対し羅睺星君は、
【お、いいね。其処の餓鬼と一緒に串刺しにしようぜ!】
そう言って手をたたいて笑った。
「ああ、そんな…」
母親は絶望の涙を流す。そして、
「どうか…。どうか…。この子だけは。私の赤ちゃんだけはお救いください。私はどうなっても構いません。どうか、この子だけは…」
そう言って再び頭を下げた。
【はは! どうなってもいいだって?! 本気かお前?】
そう言って羅睺星君は母親の髪をひっつかんで、顔を無理やり上げさせた。
「はい。どうなっても構いません。だからこの子だけは…」
そう言って涙を流す母親に、兄妹は珍しいものを見たという表情で言った。
【…たいていのニンゲンは、自分の命欲しさに別のニンゲンの命を差し出してくるのに、珍しいね兄者】
【ああ。そうだな】
そう言って、兄妹はまじまじと母親を見る。しかし、
【…でも、関係ないね。俺が殺すと言ったら殺すんだよ】
羅睺星君はそう言って母親にむけてにやりと笑った。母親の表情はさらに絶望に塗りつぶされる。そして、
ザク!!!!
計都星君がその手にした槍で、母親の腹を串刺しにする。
【ほら! 串刺しだ!! 兄者!!】
「あああああ!!!!!」
母親は絶望と苦しみでぐちゃぐちゃになった顔で絶命する。羅睺星君はその姿を見て楽しそうに笑った。
【ははは!! もっと苦しめよ!! ニンゲンはほんと脆いな!!】
羅睺星君はひとしきり笑うと、足元で今なお泣いている赤子を引っ掴んだ。
【そら、こいつも一緒に串刺しだ!!!】
そう言って、計都星君の槍に突き刺そうとする。しかし、その時、信じられないことを言い出す者がいた。
【なあ、兄者…。その餓鬼あたしにくれ!】
それは妹の計都星君であった。羅睺星君は心底驚いた表情で言った。
【はあ? 何言ってんだお前?】
羅睺星君のその表情に、計都星君は甘えるような声を出して言った。
【なあいいだろ? どうせ殺すんなら、あたしにくれても。ちょうど『遊び』にも少し飽きてきたところだし…】
【お前な…。こんな餓鬼手に入れてどうするつもりだ?】
羅睺星君はあきれ顔でそう言う。
【そんなのいいだろ兄者! 新しい『遊び』を開拓すんだよ! 開拓!】
【開拓って…】
計都星君は羅睺星君に甘えるようにしなだれかかった。羅睺星君は一息ため息をつくと。
【わかったよ。勝手にしろ】
そう言って赤子を計都星君にほおり投げた。それを受け取った計都星君は、
【やった!! ありがと兄者!!】
そう言って、赤子の首根っこをつかむと、空へと舞い上がった。
【おい、どこ行くんだ?】
【ひひひ、ちょっとね。兄者はついてこなくていいよ】
妹のその辛らつな言葉に兄は少しむっとなって言った。
【ち、かってにしろ! 今度の『遊び』にはお前は連れていってやらん!】
こうして、兄妹は二手の道に分かれた。それが、のちに彼らの運命を変えることになる。




