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呪法奇伝  作者: 武無由乃
第一章 蘆屋の呪術師
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第十八話 白き翼 その2

先の我乱との戦いから2か月が過ぎていた。

今、潤達は岐阜県森部市森部山の中腹にある、森部天狗衆の隠れ里にいた。なぜ彼らがそんなところにいるかというと、実は潤の里帰りをしてきたのである。潤が蘆屋一族に入って二年、順調に成長し『使鬼の目』の力も正しく制御できるようになったため、蘆屋道禅から一時の里帰り許可が下りたのである。と言っても、その里帰りも順調で平穏というわけではなかった。幼馴染の操と美奈津が喧嘩を始めたり、森部市の歴史にかかわる事件に巻きこまれたり、結構大変な日々であった。まあ、それは別の話だが。


「…そうかそうか。十分楽しんできたようじゃの…」


そう言って、森部天狗衆の頭領である天翔尼は優し気に微笑んだ。


「ええ、結構大変なこともありましたが」


潤はそう言って笑い返した。


「いや…。やはり故郷というのはいいもんじゃよ。そこに待っておる人がいるというのはいいことじゃ」


「はい…そうですね」


潤はそう言って操のことを思い出した。再びの別れの時、彼女は少し泣いていたように思う。


「まあ、とりあえず、明日になったら道摩府へ帰るのじゃろう? それまでゆっくりしていくといい」


「はい、ありがとうございます」


そう言って潤たちは目の前に置かれた夕食に手を伸ばした。


「悪いのう、精進料理で。今の若者なら肉ぐらいほじいじゃろうに」


その天翔尼の言葉に、潤は慌てて返す。


「いえ! 十分ですよ。とてもおいしいです」


さらに美奈津が笑って言う。


「まあうちでも、師匠の禁のせいで、精進料理ばっかだしいつものことだよな!」


そんな美奈津の言葉に真名が反応する。


「私の料理は不満だったのか? 不満ならお前たちのだけでも改善しようと努力を…」


美奈津は慌てた。


「な! 師匠の料理に不満なんかあるわけないじゃないかよ!!」


「…それならよいのだが」


真名は少し落ち込んだ様子で言った。


「そう言えば! 天翔尼様はこの山に祭られている権現様と同じ名前なんですね?」


潤は無理やり話題を変えた。その問いに真名が答える。


「ああ、その通りだ。実のところ、この天翔尼様こそ、権現様本人なのだ」


潤は驚いた。


「そうなんですか?」


「ああ、そうじゃよ」


そう言って天翔尼は笑った。


『権現様』

それは、かつては大陸に住んでいたとされる大陸渡りの女天狗にして、子供の成長と育成、そして安全を見守る存在としてこの地方で有名な神様である。もともと大陸では人々を恐れさせていた凶悪な妖怪であったとされ、それが日本で御仏にとがめられ帰依して、子安天狗になったという逸話を持っている。


「そう言えば。天翔尼様は昔凶悪な妖怪だったって聞いたけど、ほんとなのか?」


美奈津が不躾に聞いた。


「おい美奈津」


それを真名が咎める。しかし、天翔尼は優し気に微笑んだままで言った。


「ああ、そうじゃ。わしも昔はいろいろやんちゃをしたもんじゃて。まあ、それもそのころのわしらが、何もわかっておらん子供だったからじゃが」


その言葉に潤は少し引っかかるものを感じた。


「わしら?」


そう聞き返した潤に、天翔尼は微笑んでいった。


「そうじゃ…。実はな、わしには『きょうだい』がおったのじゃ」


その言葉に真名が言う。


「それは初耳ですね」


天翔尼は一息つくと話し始めた。


「そう、昔、わしには『きょうだい』がおった…。そして、もっと純粋な存在じゃった…」


それは、今から1000年以上昔の話。天翔尼たち『きょうだい』は、山の霊気が凝り固まって生まれた、精霊のような存在であった。彼らは、人の姿をして山で木の実を食べたりして、仲良く過ごしていたそうだ。


「そんなのがなんで、凶悪な妖怪なんかに?」


美奈津は天翔尼に聞いた。


「それはな。とても不幸で不運な出来事があったからじゃ…」


それは、野盗が彼女らの生活圏に侵入してきたことであった。彼らは、はじめこんなところで生活している『きょうだい』に驚いたが。ただの人間に見えた彼女らのことを、その楽しみのために殺そうとしたのである。結果、山の精霊である『きょうだい』が、野盗たちを惨殺することによって、平穏な毎日は終わりを告げる。


「そのころのわしらは何も知らなかった。しかし、野盗を殺したことによって、強烈な穢れを浴び、その性質が大きく変化してしまったのじゃ」


その言葉を聞いて潤は、かつてのシロウを思い出した。かつて、初めて鬼神に変化したシロウが人を殺そうとしたとき。真名ははっきりこう言ったのだ。


『いい加減目を覚ませ!!!!

 お前は…あの子を…

 死すら乗り越えてお前を守ろうとしている、あの優しい子を…

 … 人 喰 い の バ ケ モ ノ に す る 気 か!!!!!』


…そう、妖魔にとって穢れは、時に性質を変化させるほどの影響を与えるのだ。


「それからのことは…今では思い出したくもない。殺しに満ちた殺伐な日々じゃった…」


かつて天翔尼が凶悪な妖怪だったというのは本当のようだ。潤はさらに聞いてみた。


「それで、なんで今みたいになったんですか?」


「それはな…」


そこまで天翔尼が言った時だった。


「!!!!!!!」


真名たちは強烈な妖気を外に感じた。


「これは!?」


天翔尼はすぐに立ち上がると、足早に外に出て行った。潤たちもそれに続く。


「どうした? 何事じゃ?」


天翔尼が、守衛に立っていた天狗に言うと、天狗は空を指して言った。


「天翔様! あれを!」


その空には、見たこともない男が浮かんで立っていた。


「…」


天翔尼はその男を見て、懐かしいような恐れているような微妙な表情をして言った。


「お前は…『羅睺星君らごうせいくん』」


その言葉に反応したかのように、男は返した。


【久しぶりだな…計都星君けいとせいくん


それは、かつての『きょうだい』の再会であった。

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