第十七話 憎しみと悲しみと・・・ その5
今、潤と美奈津は街に向かって森を駆けていた。目の前に街の明かりがちらちらと見え始めている。
「美奈津さん…。疲れていませんか? 少し休みましょうか?」
「…」
潤の心配そうなその言葉に、美奈津は無言で答えた。
「なあ人間…」
無言でしばらく走っていた二人だったが、不意に美奈津が潤に話しかけてくる。
「…あいつ、母親を殺されたって…」
美奈津はそれだけを言った。潤は、
「ええ、そう聞いてます。昔、蘆屋一族と土御門の同盟の強化を望まない者が、両者の友好の象徴とも言える真名さんの命を狙ったそうです。そのとき、真名さんの暗殺は失敗しましたが、代わりに母親の咲菜という方が…」
「…そうか」
真名は自分と同じ痛みを知っていた。無論、家族と仲間を皆殺しにされた自分よりは…。
(あたしは! 何を考えてる!!! 数なんて関係ないだろうに!!)
…そう、殺された人の数なんて関係ない。それではまるで、数を競っているようではないか…。
美奈津は、必死に頭を振った。そうして心の中のもやもやを振り払おうとする。
(結局私は…)
何もわかっていなかったのは、本当は自分だったのではないのか?
だから、自分は真名に、「道摩府でぬくぬく育った姫様」などと…。
「美奈津さん!!」
その時、不意に潤が足を止めた。美奈津は驚いて潤の方を見る。
「なんだよ…どうし…」
「あれは…」
美奈津の言葉を遮って潤が指をさす。
その方向には…。
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「く…ふ…」
真名は苦しげに呻く。普段、自分の肉体の各種機能を支えている<身体サポート>を剥がされているのだ、当然のことであるが。
「蘆屋の夜叉姫…。そう言えば、君は欠落症だったね」
我乱は楽しそうに笑いながら話しかけてくる。
「…人間として欠陥品。呪術師にもなれない。…そう言われている欠落症の患者が、よくもまあここまで成長したものだ。正直信じられんよ…」
そう、我乱が言う間にも、尸鬼たちが真名たちに向かって襲い掛かっている。
「はあ!!!」
百鬼丸は打刀でそれを切り捨てていく。
「く…姫様…」
尸鬼たちの体液を浴びながら百鬼丸は、真名の方を見る。真名の顔は、真っ青に青ざめている。
「後学のために聞くが。どうやって呪術師になった? 霊力が扱えないハズの者が、呪術師になど…」
「…うっとうしい」
「?」
その時、真名がやっと声を出した。真名は、顔を青ざめさせながらも、必死に足を支えて立ち上がった。
「ほう…」
我乱は純粋に感心した。<身体サポート>を失った欠落症患者が立ち上がるなど普通はあり得ないはずだ。
「…私は、そうしないと…。呪術師になれなかった…。だから、『なんとかした』ただそれだけだ」
その姿を見て我乱が笑いながら言う。
「『なんとか』など早々出来るモノではないだろ?」
「フン…。それは、貴様がその状況に身を置いていないからだな。そう言った状況の中でこそ見えてくるものもある…」
「見えてくるもの?」
真名は青ざめた顔でにやりと笑う。
「そうだ。この世には信じられないほどの数の『道』がある。物事を不可能だと考えている者は、ただ『道』が目に見えていないというだけだ」
真名はそうきっぱりと言い切った。
「ならば…」
「ならば?」
「ならば、貴様に見せてやろう…。見えざる『道』を照らす蘆屋の極意を…」
真名はそう言って下腹部に両手の平を当てた。
「?」
真名はこの状況で何をしようというのか? 我乱は理解できなかった。
「すーはー。すーはー…」
真名は下腹部に両手を当てながら呼吸を整えている。
「なんのつもりだ? 貴様の呪は封じられているぞ?」
「すーはー。すーはー…」
真名は我乱を無視して呼吸を整える。しばらくすると…
「?!!」
信じられないことが起こった。霊力が枯渇していたはずの真名の体に霊力が宿り始めたのである。
「なに?!!! 貴様何を?」
「フン…。私の弱点を、私がそのまま放置していたと思うか?」
「まさか!!!」
「これが、この状況を打開する一つの『道』…その名も…」
<蘆屋流秘術・陰陽流転>
真名が今手を当てている場所、そこにある臓器、「子宮」それは生命を生み出す根源である。其処に流し込んだ、肉体に残るわずかな霊力を、回転させ、流転させることによって新たな霊力を得る。それがこの秘術の基本である。
「ははああああああああああ!!!!!!!」
次の瞬間、真名の全身からすさまじい霊力が吹き上がる。
「…ち…これは…」
それはまさしく『女の呪い師特有の秘術』であった。その秘術の前では<術無効>は通用しない。
「行くぞ百鬼丸!!!!」
「はい! 姫様!!!」
真名はそうして得た霊力を、百鬼丸に流し込むそして…。
「ナウマクサンマンダボダナンアギャナウエイソワカ…」
<蘆屋流鬼神使役法・火天紅炎山>
「はあああああああ!!!!!!!」
百鬼丸が気合一閃。
ズドオオオン!!!!!!
凄まじい衝撃とともに、真名たちの周囲が紅蓮に染まった。その紅蓮の衝撃波に尸鬼たちが巻き込まれていく。
我乱は乱飛を下がらせると。素早く印を結んだ。
「バンウンタラクキリクアク…」
<逆五芒結界>
ガキン!
我乱が紅蓮の衝撃波に巻き込まれるのと、逆五芒星が完成するのはほとんど同時であった。
「く!!!」
逆五芒星は、なんとか持ちこたえ、衝撃波を防いでくれている。しかし、
「ふ…」
いつの間にか、真名が我乱の背後にいた。
<金剛拳連打>
ズドドドドドン!!!!
「があ!!!!!」
我乱は金剛拳を受けて吹き飛ばされる、そしてそのまま紅蓮の衝撃波に巻き込まれてしまう。
「がああああああ!!!!!!!!」
我乱は激しい衝撃とともに宙を舞った。
「…ふう」
「姫様…御無事で?」
少々疲労気味の真名に、百鬼丸が声をかける。
「ああ、大丈夫だ。これで、奴が倒れてくれればいいんだが…」
それは、おそらく叶わないだろうと思えた。そして、その通り…
「フフフ…。まさか、これほど…。これほどとは…」
我乱が吹き飛ばされていった森の向こうから、声が響いてくる。
「我乱…しつこいな…」
「フフフ…こうなったら、仕方がないな…」
そう言って我乱は印を結ぶ。真名は警戒態勢に入った。
「これを見ろ…」
「?」
我乱が今起動した呪は幻術であった。空にどこかしらの風景が映し出される。
「なんだ?」
「フフフ…わからんか?」
そう言って我乱は笑う。その言葉を聞いて真名ははっとなった。
「まさか!!!」
その映像に映し出されているのは、潤と美奈津であった。
「フフフ…。俺の『使鬼』がこの乱飛だけだと思っていたのか?」
そう言って、我乱は不気味に笑った。
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その方向には…。
「グルルル…」
それは、全身赤い毛並みの巨大な鬼であった。それが、草むらをかき分けて現れたのである。
「これは!!!」
潤はすぐに気付いた。目の前のこいつが『使鬼』であることに。
(まさか我乱の?!)
それは、その通り我乱の使鬼であった。我乱は別の使鬼を美奈津の追跡に回していたのだ。
「く…畜生!!」
美奈津はこぶしを握って、鬼に向かって加速する。しかし、
【ナウマクサンマンダボダナンアギャナテイソワカ…】
<秘術・死怨奉呪>
「な?!!!!!」
それは、我乱が使った秘術であった。美奈津の霊装怪腕はすぐに立ち消えてしまう。
(まずい!! こいつは我乱の『使鬼』…だから我乱の呪も行使できるんだ!!)
…と、不意に別の方向からも鬼が一体現れた。そいつの腕は両方とも巨大な剣になっている。そして、その鬼はその剣を美奈津に向けて…。
「危ない、美奈津さん!!!!」
「え?」
ドシュ!!!!
鬼の腕の剣が、腕から離れて宙に飛んだ。それはまっすぐ美奈津に向かって飛んでいく。防御呪は間に合わなかった。
ドス!!!
「が!!!!」
それは、深々と突き刺さった…潤の体に。潤は美奈津をかばって剣を受けてしまったのだ。
「人間!!!」
美奈津は悲鳴を上げる。潤の体からとめどなく血が吹き出てくる。
「くそ!!!」
美奈津は潤の傷を手で押さえながら叫んだ。そんな美奈津をあざ笑うかのように、地面からボコリボコリと尸鬼が現れる。
美奈津たちは完全に敵に囲まれてしまっていた。




