第十七話 憎しみと悲しみと・・・ その4
(死怨院…。やはり俺のことに気づいたか…)
我乱は厄介だなと思った。なぜなら、自分を死怨院と知って立ち向かってくるのは、何も考えていないバカか、それとも自分に立ち向かえる何かがあるのか…。目の前の、この蘆屋の夜叉姫は、おそらく後者であろうと予想できた。
真名は懐に手を入れると、符を四枚取り出した。そして、無駄のない動きでそれを投擲する。
「急々如律令…」
<蘆屋流符術・飛雷槍>×2
真名が起動呪を唱えた瞬間、投擲された符は二枚ずつ一組となって、電光の帯となって飛翔した。
「バンウンタラクキリクアク…」
<逆五芒結界>
ガキン!
我乱は慌てず呪を唱えて、逆五芒星の盾でその電光の帯を防ぐ。しかし、
<金剛拳>
ズドン!!!
「く!」
目にもとまらぬ速さで、我乱との間合いを詰めた真名が、その拳で我乱を打った。
我乱はその衝撃に耐えながら、さらなる呪を唱えた。
「ナウマクサンマンダボダナンアギャナテイソワカ…」
<秘術・死怨奉呪>
…だが、それは効果を現さなかった。
「なに?!」
『死怨奉呪』
それは、対象となる術者の呪を霊力に変換して吸収する、死怨院呪殺道の秘術の一つである。その前提条件として、対象となる術者は、死怨奉呪の使い手のことを少なからず憎んでいなければならない。それは、ほんのわずかの憎しみでも構わない。死怨奉呪の使い手に敵対する心があれば機能するのである。しかし、
(く…。こいつ、こちらを攻撃していながら、俺に敵対する意識を向けていない?!)
それは恐るべきことであった。普通、戦いの最中は敵対者のことを少なからず敵視するものだが、目の前のこの娘は…。
(ちい…。こいつ、我ら向けの精神修養を積んでいるのか…。ならば…)
これでは『死怨鳴呪』も効かないではないか…。そう考えて舌打ちした。
こうなったら普通に戦うしかない。
(乱飛来い!!)
我乱は待機させていた『使鬼』を呼んだ。鬼はその翼をはためかせながら我乱のもとに飛んできた。
「乱飛! 雷だ!」
次の瞬間、乱飛の全身が明滅して雷の帯が発生、真名へと向かう。
ドン!!!
轟音とともに雷が真名に襲い掛かる、しかし、真名は慌てた様子もなく、懐から小瓶を取り出してスナップをきかせて宙に投げた。
【金克木】
法則が成立する。雷の帯は「死気」となって立ち消えた。
再び真名の拳が加速する。
<金剛拳連打>
ズドドドドドン!!!!
「バンウンタラクキリクアク…」
<逆五芒結界>
ガキン!
我乱は真名の拳が到達する前に、なんとか呪を唱え終わっていた。金剛拳の連撃は、逆五芒星の結界で防がれてしまう。
「フ…」
我乱は後方に飛翔して、真名との間合いを取った。この目の前の娘には、近接戦闘は無謀だ。我乱は懐から六枚の符を取り出した。
「急々如律令!」
<符術・飛殺針>×3
空中に投擲された符は、バラバラに千切れ飛んで、その破片の一つ一つが金属の針となって飛んだ。
「無駄だ…」
真名は懐に手を入れると、マッチを3本取り出す。そして、火をつけ…
【火克金】
法則が成立する。マッチから放たれた火の帯が、飛翔してくる金属の針を燃やし溶かす。
…だが、それは我乱の予想通りだった。なぜなら…
バラバラ…
明後日の方向に飛んでいたために、炎の帯から逃れた一部の金属針が地面に落下する。その、金属針に向かって我乱は念を放つ。
<五行術・金行刺殺陣>
その瞬間、無数の金属針は、再び宙に舞って真名を全方位から襲った。
「く!!!!!」
ザクザクザクザク!!!!
真名は、針の一部を何とか避けた。しかし、すべてを避けきることはかなわなかった。
「フ…、まだ行くぞ」
我乱は再び地面の金属針に念を込めた。再び、金属針が飛翔する。
真名はマッチをさらに数本取り出して火をつける。そして、
【火克金】
その場で回転しながら、法則を成立させた。炎の帯が、真名をすっぽりと包みこむ。
「む?!」
周囲から殺到した金属針はすべて溶かされていた。それを見て我乱はニヤリと笑う。
「フフフ…さすがだな。蘆屋の夜叉姫…。まさかこれほどとは…」
そんな、我乱に真名が言葉を返す。
「褒めても何も出んぞ。見逃すつもりもない」
「フフ…だろうな。俺もこのままむざむざ負けるつもりはない」
我乱はそう言って剣印を結ぶ。真名はそのしぐさに警戒した。
「さあ、来い…我が『尸鬼』たち…」
「!!」
それは、おぞましい光景だった。地面からボコり、またボコりと、人が無数に這い出てきたのである。それらは…
「死人!!」
そう、みな生きてはいなかった。加藤と同じ「死人」だったのである。
「お前は、格闘術も五行術もかなりの使い手だ…。しかし、この数の尸鬼と乱飛に狙われて、まだ俺の呪を防御する余裕があるかな?」
尸鬼は今10体ぐらいはいるだろうか。地面からは更なる尸鬼が這い出ようとしてきている。そして、
バサバサ…
乱飛がその腕の翼をはためかせて宙に舞い上がる。これは、明らかに、
(多勢に無勢か…)
真名は素早く印を結んだ。
「カラリンチョウカラリンソワカ…」
<蘆屋流鬼神使役法・鬼神召喚>
「酒呑百鬼丸、来い!!」
真名の目の前の空間が裂け、人影が姿を現した。
「姫様ぁ…わたしをおよびですね?」
呼ばれて現れた人影は、少々間延びした声を真名にかける。それは、真名の『使鬼』の一人『酒呑百鬼丸』であった。
「すまん…。またお前の力を借りるぞ」
「お安い御用ですわ」
百鬼丸はおっとりした表情で微笑む。そして、腰の打刀に手をかけた。
「来るぞ!!!」
次の瞬間、尸鬼たちが、ゾンビとは思えない鋭敏な動きで駆けた。
「ちっ…」
<金剛拳連打>
ズドドドドドン!!!!
五体の尸鬼が、真名の拳を受けて綺麗に宙に舞う。そして、
「はあ!!!」
百鬼丸は、気合一閃、五体の尸鬼をその打刀で切り捨てた。
「フフフ…。まだ終わりじゃないぞ」
我乱はさらに10体の尸鬼を地面から呼び出す。
「これは…きりがないな…」
真名は我乱の方を見ていった。我乱は、自分に向けられた真名の視線を軽く受け流し、そしてさっきとは別の形の印を結んだ。
「念のために、ダメ押しをしておくか…」
そう我乱が言った時である。
「う…?」
真名がうめいてその場に跪いた。
「姫様!?」
その様子に百鬼丸が驚いて声をかけた。
「ちっ…やはり、そうか…」
「姫様、霊力が…!」
さらに五体の尸鬼を切り捨てつつ百鬼丸が真名の傍らに立つ。
「フフフ…。どうだ? 俺の秘術の味は…」
我乱は心底うれしそうに真名に笑いかける。
「<術無効>の呪か…」
…そう、今真名の周囲に展開されているのは、加藤が使った<術無効>の呪であった。
「尸鬼の目を通じて、例の事務所の時のことは見ていたからな。お前が、<術無効>の呪を受けると、身動きが取れなくなることも知っている」
それは最悪の状況であった。無数の尸鬼、鬼神・乱飛、そして<術無効>の呪。真名はそれらに囲まれて、苦しげに呻いた。
「フフフ…」
そう言って、我乱は不気味に笑った。




