第十七話 憎しみと悲しみと・・・ その2
その時、美奈津はかつての記憶がフラッシュバックしていた。
自分を守ろうとしてくれた蔵木を殺した我乱。自分の親・兄弟を皆殺しにした我乱。自分の生まれ故郷を滅ぼしつくした我乱。炎…炎…また炎。その中で、何も出来ずただ、怯えるしかなかった自分。
「がらああああああああんんんんんん!!!!!!」
美奈津はただ加速した。憎き我乱へと向かって。
「美奈津さん!!!!!」
潤は、美奈津のその姿に悲鳴に近い声を上げた。なんとか、止めようと肩に触れる。
「邪魔をするなああああああああ!!!!!!」
美奈津は、潤の手を拳ではじくと、我乱へと向かって飛んだ。もう、潤は追いつけなかった。
「死ねええええええ!!!!!!」
<霊装怪腕・金剛拳>
「フ…」
激高して襲い掛かってくる美奈津を見た我乱は、慌てた様子もなく印を結んで呪を唱えた。
「バンウンタラクキリクアク…」
「! その呪文は!!」
潤は、その呪文を聞いて驚いた。それは、自分がよく防御で使う<五芒護壁>の呪。
…だが、その呪で生まれた五芒星は、自分のものとは明らかに違った。
<逆五芒結界>
ガキン!!
その五芒星は、潤のものとは上下が逆になっていた。美奈津の拳は、その逆五芒星の盾で防がれてしまう。
「くう!!!!!!」
それでも美奈津は止まらなかった。今度は、素早く我乱の背後に回り込むと、
「ナウマクサンマンダボダナンバヤベイソワカ」
<真言術・風雅烈風>
その瞬間、美奈津の拳の周りに風の渦が生まれた。その渦に包まれ、美奈津の拳は加速する。
「おおおおおおおおおお!!!!!!!!!!」
ズドン!!!
風呪で加速した拳は、我乱が防御呪を唱えるより早く、我乱の胴に突き刺さった。美奈津はさらに咆哮をあげる。
「あああああああ!!!!!!!!」
<金剛拳連打>
ズドドドドドドドドドドン!!!!!!!
霊装怪腕を含めて2対の拳が超高速で我乱に突き刺さる。我乱は木の葉のように吹き飛んだ。
「まだだ!!!! まだ!!!!!!」
美奈津は、興奮した様子で、吹き飛んだ我乱の方に向かって加速した。そのとき、
「ナウマクサンマンダボダナンアギャナテイソワカ…」
そう言ってにやりと笑うのを美奈津は確かに見た。
「!!!?」
<秘術・死怨奉呪>
次の瞬間、信じられないことが起きた。美奈津の霊装怪腕が、霞のごとく消えてしまったのである。いや、これは…
「な?!」
一部始終を霊視ていた潤には見えていた。美奈津の霊装怪腕が、霊力の帯となって我乱に吸収されていくのを。
「く!!!!!」
美奈津は、消えてしまった霊装怪腕にかまわず、我乱を殴りつけようとした。しかし、
「それでは、俺には効かないよ? 美奈津…」
いつの間にか、立ち上がっていた我乱の手が、美奈津の拳をつかんで止めていた。そして、
「ナウマクサンマンダボダナンアギャナテイソワカ…」
再び不気味な呪を唱える。
<秘術・死怨鳴呪>
次の瞬間、潤の目にも…、美奈津の目にすら分かるほど、我乱の霊力が巨大化した。
「な?!!!!」
「フフフ…いい顔だ…。美奈津」
そう言って、我乱は美奈津に笑いかけた。
(いけない!!!!!!!)
その時、潤は美奈津に向かって加速した。目の前のこの男はただものではない。潤ははっきりと理解していた。
「カラリンチョウカラリンソワカ…」
<蘆屋流鬼神使役法・鬼神召喚>
「しろう、かりん、来い!!!」
潤は、シロウとかりんを素早く召還すると。我乱に向かって飛ばした。シロウの『風のつぶて』と、かりんの『火炎燐』が我乱に襲い掛かる。
「バンウンタラクキリクアク…」
<逆五芒結界>
ガキン!
「ふむ…、邪魔をするなよ、小僧」
呪とともに現れた逆五芒星が、二人の攻撃を防いでしまう。しかし、潤は二人の攻撃が防がれるのは予想していた。潤の本当の狙いは…
「美奈津さん!!!」
我乱が、印を結ぶ為に美奈津の拳から手を離したすきに、潤は美奈津を掻っ攫った。
「人間!!! 何しやがる!!!!」
美奈津は驚いて自分を抱えている潤に叫ぶ。潤は、怒る美奈津にかまわず、我乱から離れるように森の中を走った。
「はなせ!!!!!! 我乱を!!!!! 我乱を殺す…!!!!!!!」
「ダメだ!!」
潤は問答無用とばかりにそう言った。
「フフフ…。俺から逃げるか…」
森の向こうから、そう言う我乱の声だけが響いてきた。
「放せ!!!!!!!!!」
ついに怒りを爆発させた美奈津は、霊装怪腕を出して潤を殴りつけた。
「ぐ!!!!」
潤はもんどりうってその場に倒れてしまう。
「邪魔をするな人間!!!!!」
「そうはいかないよ!!!!」
潤は殴られた腹を押さえて、呻きながら叫んだ。
「…このままだと、君は奴に殺されるかもしれない!!!!」
その言葉を聞いた、美奈津は叫ぶ。
「ああ!!! かまわねえよ!!!!! 復讐が出来ないってんなら死んだって!!!!」
「美奈津さん!!!! ダメだよそんなこと!!!」
潤はその言葉に悲鳴のような言葉を返した。その時、
「フフフ…どうした? もう逃げないのかね?」
潤たちのそばで我乱の声がした。
「!!!! がらあああああんんん!!!!」
再び美奈津が激高する。潤はこのままではまずいと思った。
(何とかしないと…何とか…。真名さん…)
そう、潤が祈るように考えた時であった。
「すまん…遅くなった…」
我乱の声がした方とは、逆方向から真名の声がした。
「真名さん!!!!」
潤は「地獄に仏」とはこのことかと思った。森の向こうから、真名が走ってくる。
「ほう…。蘆屋の夜叉姫が来たか…」
そう我乱の声が聞こえてきた。その声に、また美奈津が反応する。
「がらああんんん!!! 殺すうううううう!!!!!」
美奈津は潤の手を振りほどいて、我乱のいる方向へと走ろうとした。しかし、
「悪いが…。それをさせるわけにはいかん」
美奈津のもとにやってきた真名が、懐から出した符を美奈津に張り付ける。
「急々如律令」
<蘆屋流符術・木行縛符>
それは、木行の気によって、土行の妖魔を短時間縛する符であった。美奈津は身動きが取れなくなる。
「逃げるぞ、潤…」
真名は、潤にそう言って促した。
「はなせ!!!!! なんで逃げるんだ!!!!! 奴が目の前にいるのに!!!!!」
「無駄だ…奴には、お前では勝てん」
真名は美奈津にきっぱりと言い切る。美奈津は叫ぶ。
「うるせえ!!! あたしは死んでも、命と引き換えにしても奴を!!!!!」
「無駄死にだ…。今の奴には…」
そう言った後、一瞬逡巡した真名は、はっきりと言い切った。
「私でも勝てない…」
「真名さん…」
潤はその言葉に驚きを隠せなかった。真名は、それ以上何も言わずに、潤を促した。
「は…はい…」
潤は美奈津を抱えて森を駆けた。真名もそれに続いた。
「はなせ!!!! 我乱!!!!!!」
夜の闇に、美奈津の悲鳴のような叫び声だけが響いていた。




