第十五話 新たなる弟子 その4
「フン! あんたの弟子はこの程度か?」
美奈津は鼻で笑って真名を睨み付けた。しかし、真名は無表情・無言でそれに返す。
「ちっ…、だったら。このままこいつにとどめでも刺してやろうか?」
「…出来るものならな」
真名はやっとそれだけを言葉にした。美奈津はすぐに不満げな表情になって拳を握った。
「いいぜ!! やってやる!! てめえの弟子はてめえのせいで痛い目を見るんだよ!!!」
そう言って美奈津は、倒れている潤の方に向き直った。そして、
「ナウマクサンマンダボダナンバヤベイソワカ」
<真言術・風雅烈風>
印を結んで呪を発動した。
美奈津はそれまでにない速度で一気に加速する。そして、
<金剛拳連打>
ズドドドン!
その拳の連撃が、倒れている潤に的確に突き刺さった。
「やった…これで…」
美奈津は喜んでいるのか悲しんでいるのか分からない表情でそう言った。
そんな、美奈津に真名が話しかけてくる。
「で? それでどうしたって?」
「?!!」
その言葉を聞いたとき、美奈津はやっと気づいた。自分が打撃したものが何なのか。
そこには潤はいなかった。自分が殴ったのは、ただの地面だったのだ。
「急々如律令!」
次の瞬間、美奈津の背後から起動呪を唱える声が聞こえた。其処に潤はいた。
<蘆屋流符術・火呪>
潤の手から符が飛翔し、それが空中で炎のつぶてとなる。炎のつぶては弧を描いて美奈津に迫った。
<金剛拳>
美奈津は慌てず、その拳で火呪を撃ち落とした。しかし、
【火炎燐!】
別の方向から炎の渦が迫る。美奈津はそれを避けるために空に飛翔した。
「それを待ってたよ!」
その時、潤がそう叫ぶ。美奈津はびくりとして潤の方を振り返る。しかし、攻撃は別の方から来た。
【はあ!!!!】
それは、潤の鬼神の最後の一匹、シロウだった。シロウは、その身の周囲に渦巻いている突風に指向性を付与して、美奈津に向かって打ち出したのである。そうして生み出された竜巻が美奈津に襲い掛かった。
「あああ!!!」
美奈津は木の葉のように舞い上がった。
「覚悟!!」
そう言って潤が、美奈津に向かって飛翔した。そして、その拳が的確に美奈津の腹に突き刺さった。
「があ!!!」
そのまま美奈津は、地面に墜落した。土埃が宙に舞う。
「くあ…」
美奈津はその一撃で身動きが取れなくなっていた。潤の一撃はそれほど重かったのだ。
真名はそんな美奈津に話しかけてくる。
「どうした? それで終わりか?」
「く…くそ…人間なんかに」
それはまさに執念だった。美奈津は地面をはいずりながらも一生懸命立とうとした。
「あたしは、こんなところで負けられない。負けるわけにはいかないんだ…」
美奈津は、膝を震わせながらも必死に立ち上がった。その姿を、少し優しげな表情で見守っていた真名は、
「その意気やよし! だが、お前の負けだ」
そう言った。
「いや! まだ終わっちゃいねえ!!」
美奈津はそう叫ぶが。
「もうやめましょう…。これ以上は…」
潤もそう悲しげな表情で言った。
「美奈津…まだ分からないか?」
「何?」
真名が、美奈津に優しげに問いかける。
「お前の金剛拳も、拳も、初めから潤にはほとんど効いていなかったんだよ」
「な?!!」
美奈津は、真名のその言葉に驚いた。自分の拳が潤に通じていないとは。
「お前も、天狗法は知っているな」
「まさか…」
「そう、身体強化を行うための呪だが、防御にも転用できる」
「しかし、それだけで…」
そう、いくら天狗法の身体強化であっても、肉体的なダメージは抑えられるが、霊的な金剛拳のダメージは抑えられないハズ。
「無論、それだけじゃない。対金剛拳用の防御呪を、重ねて使用していたのだ」
そう、潤は美奈津の攻撃を食らう瞬間、天狗法と防御呪の合体呪を自分にかけていたのだ。それは、鬼神を持つがゆえにできた芸当である。
「く…そうか、あたしがそいつを攻撃する瞬間、鬼神どもが別の防御呪を重ね掛けしてたのか」
いくら、術そのものを破壊する金剛拳と言えど、複数の呪を一度に破壊するのは難しい。美奈津は、その時、呪術師がなぜ、鬼神を多く持つものがより強い、と言われるのかはっきりと思い知った。そして、今の自分では彼には勝てないであろうことも…
「お前の負けた原因は、鬼神の数だけではない」
「何?」
「確かにお前は強い。その強さは、おそらく我乱とやらに対する憎しみから来ているんだろう。だが…」
真名は、何かを思い出しながら話を続ける。
「その憎しみが、お前の視野を狭めている。もし我々がお前の憎んでいる人間でなかったら、お前はもう少し冷静に戦えただろう?」
「く…」
「憎しみは強くなるための原動力になるだろう。だが、それだけでは、それ以上強くはなれん。必ず伸び悩みが来る」
その、真名の言葉に、美奈津はうつむきながら吐き捨てる。
「知った風な口をきくな…。何も知らないくせに」
「そうだな。お前の憎しみも悲しみもお前のものだ。私にはわからん」
真名はそう言うと、少し逡巡して言った。
「ならば、こういうのはどうだ? お前は我々を復讐に利用する…」
「なに?」
美奈津はその真名の言葉に驚いて見つめ返した。
「復讐を達成するには、手駒は多い方がよかろう?」
潤は、真名のその言葉に少し驚いて言った。
「真名さん。それじゃ」
「ああ、こいつを私の弟子にする」
真名はそうきっぱりと言い切った。それを聞いた美奈津は。
「な…何勝手に決めてんだ! 私は人間なんかの…!!」
「…その人間に負けっぱなしで悔しくないのか?」
真名はにやりと笑って言った。
「く…」
「敵も同じ人間だ、私のことを研究すれば、かたき討ちもしやすくなるかもしれんぞ?」
「…! それは…」
それは確かにその通りかもしれない。ならば…
「あたしは…あんたの弟子にはならない!」
だが…
「あんた達の術を盗んであたしの復讐をやり遂げる!」
美奈津のその言葉に、真名はにやりと笑って言った。
「決まりだな。ようこそ道摩府へ、存分に我々の術を盗んでいくといい」
そう言った真名の目は、とても優しげなものであった。
『第十五話 新たなる弟子 了』




