第十五話 新たなる弟子 その2
『土蜘蛛』
彼らは、日本でも最古と言われるほど、いわゆる神代の時代から生き続けている歴史ある妖魔族である。彼らはいわゆる古事記や日本書記にもその名を見ることが出来るほどの古参妖怪であり、「都知久母」「八握脛・八束脛」「大蜘蛛」「土雲」などの多数の異名を持っている。その姿は鬼の顔、虎の胴体に長いクモの手足の巨大ないでたちであるともいわれ。いずれも山に棲んでおり、旅人を糸で雁字搦めにして捕らえて喰ってしまうといわれる。
しかし実のところ、土蜘蛛は「蜘蛛の妖怪」ではない。彼らは、より人間に近い身体的特徴を有する、いわゆる「亜人間」である。彼らは、優れた術具制作技術と、生まれつき持っているいくつかの特殊能力から、人間達から危険視・排斥されてきた被差別集団「山人」なのである。実のところ、現在、日本で広まっている術具作成技術も、本来は彼らが扱っていた技術を、人間が何らかの理由で習得したものであり、術具制作という分野においても彼らこそが最古参である。
逆に、妖怪としての肉体能力は、全妖怪の中でも弱い方に属する。基本的に「特殊能力を持つ人間」なのだから当然なのだが。
長い間、人間から排斥されてきた関係から、人間に対し敵対的感情を持つ土蜘蛛は少なくない。しかし、播磨土蜘蛛一族は、昔から蘆屋一族に囲われていた関係で、人間に対する感情はそれほどきつくはない。そのことが、他の土蜘蛛一族から、「人間に組する裏切者」と呼ばれる原因にもなっているが…。
真名と潤が美奈津を追跡し始めて10分後、鎮守の森においてやっと二人は美奈津を見つけることが出来た。目の前に現れた二人を見て、美奈津は軽く舌打ちをして言った。
「ちっ…、もう見つかったか…」
その娘は、年のころは15歳ぐらいだろうか、ショートカットで気の強そうな眉目をした少女であった。土蜘蛛の女性がよく着ている着物ではなく、ジャンパーにTシャツ、ジーパンを身に着けている。真名は美奈津に向かって言った。
「どこに行くつもりですか、美奈津様?」
「どこだっていいだろ、人間…。あたしにかまうな」
美奈津は、そう言って真名たちを睨み付ける。真名は、その美奈津の瞳に、何やら懐かしいものを感じていた。
(なるほど…。父上が言ったのはそういうことか…)
何も言わず見つめる真名の表情が気に障ったのか、美奈津はさらに眉をいきり立たせて言った。
「あたしは、人間なんかの世話にはならねえ! 人間の下につくなんてまっぴらだぜ!!」
そう言う美奈津に、潤が問いかける。
「そんな…。そんなに人間が嫌いなんですか? 僕たちは貴方に危害は決して加えませんよ?」
美奈津は、さらに眉をいきり立たせると潤に言い返した。
「うるさい!! 誰が人間なんか!! …あたしの家族を、仲間を皆殺しにした人間なんかとなれ合うか!!!」
それは、悲鳴に近い拒絶だった。そんなやり取りを黙って見ていた真名が、美奈津に静かに語り掛ける。
「ならば、どうする?」
「なに?」
美奈津は少し驚いた表情になって聞き返した。
「聞けば、同族の師匠にも見放されたのだろう? これからお前はどうするつもりだと言ってる」
「…く…。あ、あたしは一人でもやつを殺すさ! この命に代えても奴の…我乱の命を絶つ!!!」
「お前のような未熟者が行っても、返り討ちになるだけだとは思わんか?」
「な?! なんだと!!!」
美奈津は、食って掛からんかという勢いで、真名に言う。
「あたしのことを何も知らないくせに言ってくれるなてめえ!!」
「お前の実力のほどは、今のお前の態度を見ていればわかるさ」
「な?! …どういう意味だ!!!」
「それは、自分自身で理解した方がお前のためだ…」
「…く、偉そうに、ほざくな!!!」
そう言うが早いか、美奈津はこぶしを握って、真名に殴りかかってきた。だが…。
「な?!」
美奈津の拳は、真名の顔を避けていた。確かに、正確無比に、顔面に拳を打ち込んだはずなのに…。
(回避した? …いや、こいつ…体を動かした形跡はまったくなかった…)
驚きの表情を隠せない美奈津に真名は静かに言った。
「今、私が何をしたかわからないか? ならば、かたき討ち以前の問題だな…。今までお前は、師匠達から何を学んできた…」
「く…。わかるさ! お前は何かの防御呪を使ったんだろ?! そんなもの霊視すれば一発で…」
美奈津は、真名を霊視ようとした。しかし。
「え?」
もう、真名はそこにはいなかった。
「…どうした? 私はこっちにいるぞ?」
「く…!」
美奈津は急いで、真名のいる方に向き直った。しかし、やはりそこに真名はいなかった。
「く、ちょこまかと…」
美奈津は悔しげにそう呟く。そんな美奈津に、真名は静かに言った。
「霊視れなくて手も足も出んか? …相手が使っている呪を、霊視ずとも予測できなくてどうする?」
「くそ!!!」
美奈津は、真名のその言葉に心底悔しげに吐き捨てた。
「…お前は、どうやら、なぜ自分がこれほど私に翻弄されているか理解できないようだな」
真名は静かに、諭すように美奈津に語り掛ける。
「そこにあるのは、実力の差という簡単な理屈だけではない…」
「なに? どういう意味だ?」
真名は、美奈津のその言葉に、少し逡巡していった。
「ならば、私の弟子である潤と戦ってみろ。彼は、術者になってまだ二年弱。彼と戦えば自分に足りないものが何かわかるかもしれんぞ?」
その真名の言葉に、潤が驚いた。
「僕が、彼女と戦うんですか?」
「ああ、今のお前なら、彼女と戦っても勝てるだろ」
真名はそう言って潤に微笑んだ。その姿を見て美奈津は、
「バカにするな! 私だって、一応は5年間修業してきてるんだ。二年たってない未熟者に負けるか!」
そう怒鳴った。それに対して真名は、
「ならば、それを証明して見せろ。口で言うだけならだれでもできるぞ」
そう言ってにやりと笑った。
「わかったぜ! やってやる! てめえの弟子がボロクズになっても後悔するんじゃねえぜ!!」
美奈津はそう言って、潤の方に向き直った。
こうして、道摩府・鎮守の森での、潤と美奈津の戦いが幕を開けたのである。




