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呪法奇伝  作者: 武無由乃
第一章 蘆屋の呪術師
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第十二話 笑絃VSイサ 笑顔

「いやあ…いいねえ…」


笑っているイサを見て、笑絃は心底楽しそうに笑う。


「?」


イサがその言葉の意味を考えていると、笑絃は笑いながら言った。


「あんたの笑顔…不敵で素敵だぜ!」


そう言って笑絃は親指を立てる。イサはそれを聞いて真顔になった。


「おっとわりい…。別に深い意味はないぜ。

 別に俺はホモじゃねえしな。

 どっちかっていうと女の方が好きだから!

 がはははは!」


イサはそれを聞いて、不機嫌な顔になった。


「いやいや、ちょっとシャレになってなかったか?

 がははは」


笑絃はイサのその顔を見て豪快に笑った。それを見てイサは


「どうやら私をなめているようですね…。

 そんなに自分の強さに自信があるのですか?」


そういった。それに対し笑絃は


「いやいや。俺はあんたをなめてるつもりはないぜ。

 『笑い』は俺のすべてなんでな」


そう言って背中を見せた。彼の身に着けているジャンパーには、背中に『笑』の文字がでかでかと描かれている。


「フン…よくわかりませんが。まあいいでしょう。

 私の力で笑えない状況に追い込んでやるだけです」


「ほほう…そりゃおもしれえ。

 期待してるぜ。がははははは」


そう言って豪快に笑う笑絃をイサは一瞬睨み付けて呪文詠唱に入る。


「ishagallradeohsigel wirdwirdwird…」


<アイストルネード>


イサの眼前に突如、氷を含んだ竜巻が現れる。それは笑絃に向かって飛びそれを包み込もうとする。

笑絃は笑顔のまま印を結び、素早く真言を唱える。


「ナウマクサンマンダボダナンハラチビエイソワカ…」


土行土流塀どぎょうどりゅうべい


笑絃の前に土の壁がせりあがる。竜巻はその壁を少し削ってから消滅する。その時


「isjarahagall…」


笑絃のすぐ横で呪文詠唱の声が響く。いつの間にかイサが笑絃の真横にいた。


<アイスブレイド>


イサの手刀が氷で覆われ剣に変化する。


「おお!」


笑絃はとっさに身をかばう。其処に氷の剣が振り下ろされた。


ザク!


笑絃の体から血しぶきが飛ぶ。

笑絃はすぐに後方に飛んでイサと距離をとる。だがイサの攻撃はそれで終わりではなかった。

イサはその手の氷の剣を空中で何度か降りぬく。そのたびにキラキラと輝く半月の刃が空中に現れ笑絃へと飛んでいく。

笑絃はその刃の一つ一つを綺麗にかわしていく。そして


「急々如律令」


笑絃は懐から符を数枚出すとそれをイサに向けて投擲、起動呪を唱える。

符は空中で光を放ち電光を発し超高速でイサを打ち据えた。


「ぐ…」


イサの周りにいくつも魔法陣が浮き雷光の威力を削減する。


「まだまだ行くぜ」


笑絃はそう言って再び懐から符を出そうとする。イサはそれを待たず、笑絃に向かって跳躍した。


「isjararadniedur…」


イサの手から氷のつぶてがいくつも飛ぶ。笑絃はそれを短い動きでかわした。


「どこ狙ってるんだ? あたんねえぞ」


「フン…」


笑絃の言葉にイサはそう言ってにやりと笑う。


「?!」


その時、笑絃は自身の身の異常に気付いた。どういうわけか身動きが取れないのである。


「まさか!」


そう言って笑絃は足元を見る。足元の地面に刺さっている氷のつぶてからキラキラとした粒子が現れ、笑絃の脚を覆っていた。


「身動きをとれなくする魔法か!」


「その通り!」


イサは笑絃背後に回ると氷の剣を振り下ろした。


ザク!


再び笑絃の体から血しぶきが飛ぶ。


「私の力の基盤である氷は、魔法理論的に『停止』の意味も持つのです」


そう言ってイサは氷の剣を笑絃の腹に背中から突き刺した。それは容易に貫通して笑絃を串刺しにする。


「がは…」


笑絃はたまらず、血を吐いてその場に膝をついた。


「フフ…どうです?

 もはや笑ってはいられないでしょう?」


イサはそう言ってにやりと笑う。そして、笑絃から氷の剣を引き抜いてそれを笑絃の首に当てる。


「これでとどめです…」


そう言ってイサが氷の剣を引こうとした時である。


「ククク…」


「?」


「がはははは…」


笑絃が豪快に笑いだしたのは。


「ナイス…笑顔だぜ」


そう言って笑絃は親指を立てる。


「いやあ…なかなかやるねえ。

 さすが世界魔法結社アカデミーの最高戦力の一人だ

 こんな魔法を…」


その瞬間、笑絃の肉体が倍にまで膨れ上がる。


「持ってるなんて」


バキバキバキ…


そう音を立てて足元の氷のつぶてが壊れていく。


(バカな! ドラゴンの動きすら止める氷の杭が…)


イサはそう考えながら後ずさった。


「それじゃあ今度はこっちの番だな」


笑絃は筋肉が膨れ上がったことによって、傷が塞がった腹を撫でながら言った。


「く…」


イサは次にくるであろう笑絃の反撃を警戒して身構えた。


「狒々王妖術…」


笑絃はイサに向かって一気に加速した。笑絃の鉤爪が閃く。

イサはそれを何とか回避するが、小さな血のスジが頬についた。


笑絃の鉤爪の先にはイサの血がわずかについていた。笑絃はそれをぺろりと舐めながら言った。


「さ る ま ね …」


ドン!


その瞬間、笑絃の周囲に白い煙が現れる。そして、その煙は笑絃の体を完全に覆い尽くしかくしてしまった。


「煙幕か?!」


イサはそう言いながら再び身構える。煙の中から攻撃が来るのを警戒したのである。

しかし、予想した攻撃はいつまでたっても来なかった。

しばらくすると、周囲に充満していた白い煙が薄れていく。

その先に、先ほどより明らかに体格が小さくなった笑絃の影が見えた。


「なんのつもりです? 『猿真似』?

 ふざけてるのですか?」


そう笑絃であろう人影に言うイサだったが。その人影から思わぬ返事が来た。


「ふざけてないどいませんよ」


それは、笑絃の声ではなかった。そう、イサならいつも聞いているであろう、自分自身の声だったのである。


「な?!」


白い煙が完全に消えた先には、笑絃ではなくもう一人の『イサ』が立っていた。


「フフ…どうしたのです?

 そんなに驚いて…」


『イサ』はそう言って笑う。イサはそれを睨み付けて言った。


「なるほど『猿真似』…

 私の真似をする魔法と言ったところですか?」


その言葉に『イサ』はフフフと笑う。


「だが…それがどうしたのですか?

 猿真似は猿真似…姿を同じにしたところで!」


そう言ってイサは『イサ』に向かって跳躍する。氷の剣が閃く。

『イサ』はその攻撃を何とかかわすと呪文を詠唱した。


「isjarahagall…」


<アイスブレイド>


「!!」


イサは驚愕した。『イサ』が自分と同じ呪文を行使したからである。

まさか、奴の『猿真似』は能力すらコピーするというのか?

そうイサが考えた時、『イサ』がその手の氷の剣をふるった。するとキラキラと輝く半月の刃が空中に現れイサへと飛んでいく。

イサは後方に跳躍しながらそれをかわした。

イサはすぐに呪文を唱える。


「ishagallradeohsigel wirdwirdwird…」


<アイストルネード>


イサの手から氷を含んだ竜巻が現れる。それは『イサ』に向かって正確に飛んでいった。しかし


「ishagallradeohsigel wirdwirdwird…」


<アイストルネード>


再び『イサ』が呪文を唱え、それが生み出した竜巻で、イサの竜巻を相殺してしまった。

その事実にイサは動揺を隠せなかった。それではまさか、動きを止める氷の杭すら…


(呪文まで完全にコピーできるというのですか…)


イサがそう思考したとき、『イサ』はフフフと笑い言った。


「試してみますか?」


イサはさらに驚愕した。それは、目の前の『イサ』が自分の思考に対して返答をしたからである。


(いや…偶然でしょう…まさかそこまで…)


「まさかそこまで?」


『イサ』はそう言って微笑みながら小首をかしげる。これは、もう偶然ではなかった。


「外見・能力だけでなく思考までコピーですって…

 そんなバカな…」


イサはそれほどの強力なコピー魔法の存在を一応は知っていた。

だが、それらはたいてい長大な準備儀式を必要としたものだった。

こんな簡単に相手のすべてをコピーできるなんて信じられなかった。


(だったら…。どこかに穴があるはず…)


「さて、どうでしょう?」


イサの思考に『イサ』はそう返答する。


(そういえば、さっきから相手がコピーして使っているのは、私が以前に使ったことのある術だけです…

 ならば…)


イサは一つの魔法を思いついた、その魔法は過去においてもイサしか使ったことのないオリジナルの魔法。

イサの、強力な氷の魔法力があってこそ成立する魔法。魔王クラスの妖魔を破壊せしめるために使用される最終兵器。

当のイサですら、1回使えば霊力のほとんどを使い切ってしまうが…。


(その魔法なら!)


イサは決意して呪文を唱え始めた。


「isishagallur…isishagalltir…isishagalllagu…isishagallmann…isishagalldaeg…」


イサの体から強力な霊力が吹き上がり始める。

…と、その時


「isishagallur…isishagalltir…isishagalllagu…isishagallmann…isishagalldaeg…」


『イサ』が同じように呪文を唱え始めたのである。

イサは思わず呪文詠唱を止めてしまった。しかし、『イサ』の呪文詠唱は止まらなかった。


「凍結せよ…肉体も…精神も…時間も…空間も…」


「バカな! まだ唱えていない部分まで!」


『イサ』の呪文は完成した。イサのすぐ後ろの森で。


<アブソリュートゼロ>


その魔法は森を一瞬にして氷漬けにしてしまった。

その瞬間、イサの体に大きな変化が起こった。まるで自身が魔法を行使した時のように一気に霊力を失ったのである。


「が…これは…」


「まだわかんねえかな?」


『イサ』がそう砕けた言葉でイサに言う。


「なに?」


「お前の体をよーく”霊視”てみな」


イサは言われた通り自身を霊視してみた。すると


「!!」


イサは驚愕した。一本の霊力の糸が、イサと『イサ』をつないでいたのだ。


「これは、要するに使鬼の技術の応用でな。霊力の糸を相手と繋げて、そこから相手の思考を読み取るとともに、その技術・知識そして霊力まで借りてしまおうっていう術さ。

 ちなみにこの外見はただの『変化』ね。」


そう言って『イサ』は不敵に笑った。『イサ』の姿が笑絃のものに変化する。


「く…そう言うことか」


イサはそう言いながら、地面に膝をついた。もはや、大半の霊力を失ったイサに勝ち目はなかった。

イサは諦めの表情で言った。


「殺すなら早く殺しなさい」


「……」


その言葉を笑絃はきょとんとした表情で聞いた。


「どうしたのです? 早くしなさい」


「いや…なんで殺さなけりゃならねえの?」


「なぜって…。我々は、あなた方をつぶしに来たのですよ?」


「いや…。俺は、不敵で素敵な笑顔のあんたを殺す気なんてさらさらねえぜ」


笑絃はそう言ってやんちゃな子供のように笑った。


「笑顔…? そんな理由で…」


「さっきも言ったろ? 笑いは俺のすべてなんだよ」


「なぜそこまで…」


その言葉に、少しだけ笑顔を消して笑絃は言った。


「師匠の教えなんでな…」


「師匠?」


「そうさ、おれの師匠、笑源法師のじいちゃんのな…。

 まあ人間なんでもう数百年前に死んでるが」


笑絃はそう言って目をつぶる。そうすると今でも師匠の笑顔を思い出すことが出来た。


「俺はお前を殺すつもりはねえ。

 そもそも俺はお前に笑っていてほしいんだ。

 そして、できれば、あんたの背後にいる世界魔法結社アカデミーにもな」


その言葉を聞いてイサは一瞬驚いた表情をしたあと、笑いだした。


「ククク…ははははは…。

 これは本当にばかばかしい話だな。

 まさか、この世の中に、そんな背筋が寒くなるような綺麗ごとをいう妖魔がいるとは…」


「がははは…。そんなに褒めるな! 照れるぜ!」


「ははは…ほんとうに、ばかばかしい。

 どうやら世界魔法結社アカデミー上層部はとんだ勘違いをしているらしい」


そう言ってイサはその場に座り込む。イサはもう一度笑絃の顔を見た。

イサが見た笑絃の顔には、まるで昔からの友人を見つけた時のような笑顔があった。


「本当にばかばかしい…」


そう言ってイサは空に向かって微笑んだ。



『第十二話 笑絃VSイサ 笑顔 了』

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