第九話 潤VS切人 想いを繋げる力 前編
その時、潤はシロウとともに駆けていた。
「シロウもすぐだな?」
【はい…、奴の気配が近くなってきております】
潤は自分の頬を打って改めて気合を入れた。なぜなら、今回の敵は自分一人で何とかしなければならないからである。
自分の持っている符や道具も改めて確認する。
「よし! 行こう!」
【承知!】
そうして、敵の気配のする方に駆けていった。と、その時
「!!」
突然、草むらの影から何かが飛び出して、襲い掛かってきた。
「く!!」
潤は金剛杖をふるってそれを捌いた。
「黒い…犬?」
そう、草むらから襲い掛かってきたのは全身真っ黒の犬だった。
そのとき、潤は首筋に嫌な感覚を得た。どうやらこの犬はただの犬ではないらしい、おそらく…
「敵の使い魔か!?」
その時、森の向こうで何やら男の声がした。
「kenhagallrad…」
…と、突然声がした方角から炎のつぶてが飛んできた。
「この!」
潤は金剛杖をふるってそれをたたき落とす。そして、声がした方に一気に飛んだ。
「こんなところで火の魔法を使うな!」
それに対し、先ほどの声の主・釼谷切人は答える。
「悪いが、私は炎術師なんでね」
潤は切人と正面で対峙した。
「あなた方が盗んだ呪物を返してください」
「悪いが、それはできない…。依頼なんでね」
「依頼?」
「そう、我々も霞を食って生きてるわけじゃないんでね。生きていくためには稼がなければならん」
「なるほど…。どこかの誰かに呪物を盗んでくるよう依頼されたということですか」
「その通りだ、だから見逃してくれると助かるんだが」
「そんな事、できると思いますか?」
「…無理だろうな」
そう言って切人はにやりと笑う。そのそばに、先ほどの黒い犬が現れてこちらに威嚇してくる。
「行けブラックドック!」
切人は黒い犬・ブラックドックに命令を下した。ブラックドックは牙をむき出しにして、潤に向かって駆ける。
【させん!】
その時、シロウが動いた。空中で白と黒の犬が交差する。
ガキン!
「シロウ!」
【大丈夫です主。我はこの犬を止めております。
主は術者の方を…】
シロウはブラックドックと対峙しながらそう言った。潤は一瞬ためらってからうなずいた。
「わかった! 頼んだよシロウ!」
そう言って潤は切人の方に向き直った。
「僕は貴方を倒します!」
「ふふ…そんなことが出来るかな? 君に…」
そういうと、再び切人は呪文を唱え始める。
「kenhagallrad…」
切人の周囲にいくつもの火のつぶてが現れる。
「行きますよ!」
周囲のつぶてのうち、二つが潤に向かって飛んだ。
「この!」
潤は金剛杖をふるってその二つをたたき落とす。切人に向かって駆けた。
「まだですよ!」
切人は後方に飛んで、潤と間合いを開けながら、新たに2つのつぶてを飛ばす。
それを潤はなんとか叩き落す。
「それでは、これでどうですか?」
切人は、4つのつぶてを操作して、四方から潤を襲わせた。
「く!!」
潤はなんとか3つまで捌いて打ち消すことが出来た。しかし残りの一つは捌ききれず、命中してしまった。
「うあああ!!!」
潤は炎に包まれ吹き飛ばされた。切人はにやりと笑うと、さらに2つの炎のつぶてを潤に向けて飛ばす。今度は避けきれなかった。
【主!!】
その時、シロウが潤のもとにやってきた。そして、炎のつぶてから潤をかばって前に出る。
【ぐ!!!】
シロウはその身を使ってつぶてを受け止めた。
「シロウ!」
【大丈夫ですか? 主】
「シロウの方こそ…。ごめん…」
【謝る必要などありません主よ】
潤は唇をかんだ。また、誰かに庇われてしまった。自分の力のなさが歯がゆかった。
その時、切人が潤たちに声をかけてきた。
「ブラックドックをほおって、主を助けに来たか…
なかなか忠義にあふれた使い魔だな。
だが…」
ふと、見るとブラックドックが切人の隣にいた。切人はその頭をなでると命令する。
「ブラックドック! 炎を吐け!」
ゴオオオオオオオ!!!!
凄まじい炎の帯が、潤たちめがけて飛んだ。潤は慌てて印を結ぶ。
「バンウンタラクキリクアク」
炎が潤の目前まで迫るのと、潤が呪を唱え終わるのはほぼ同時だった。
シロウの口から大きな咆哮が放たれる。
<蘆屋流鬼神使役法・五芒護壁>
ドン!
シロウの咆哮は、輝く五芒星となって炎の帯を防いだ。
潤は素早く懐から符を8枚取り出した。
「急々如律令!」
そう呪を唱えると、八つの水の弾が潤の周囲に現れた。
(相手が炎ならこちらは水だ!)
潤は周囲に浮いた水の弾を一斉に射出する。それを見た切人は、急いで回避行動に移った。
ドドン! ドドドン!
切人は八つの水弾を次々に避けていく。しかし、
「この!!」
潤が切人の目の前まで走ってきて、その手の金剛杖を横凪に薙いだのである。水弾の回避に専念していた切人は、それを避けきれなかった。
「ぐあ!!」
切人は金剛杖の一撃を受けて吹き飛んだ。潤はさらに一撃を加えようと切人に向かって走る。そのとき、
「ガアア!!!」
切人と同じく水弾を避けていたブラックドックが、潤に襲い掛かってきた。
【させんと言った!】
それをシロウが横から体当たりして防ぐ。
【お前の相手は我だ!】
「ガルルル!!」
シロウとブラックドックは、お互いに噛みつきあいながら、その場に転がった。
「シロウ!」
潤は、そんな二匹を見て、ついその場に止まってしまった。
切人はその隙を見逃さず、すばやく呪文を唱え始めた。
「kenhagallradeohsigel wirdwirdwird!!」
次の瞬間、すさまじい炎の竜巻が、切人の腕から発生した。そして、潤に向かって飛翔する。
「あ!!」
それは、避けきらない速度で潤のもとに迫った。呪文も符も間に合わない。
【主!!!】
シロウが叫ぶ。潤は死を覚悟した。
ドカン!
「フ…これで終わり…?」
それは確かに潤に命中した。命中したように見えた。が、しかし…
「い…生きてる?」
潤はほおけてその場に立ち尽くしていた。そんな潤に話しかけてくるものがいる。
【だいじょうぶ? お兄ちゃん】
「え? 君は…」
潤の目の前に、幽霊少女が浮かんでいた。その幽霊少女の名はかりんと言った。
「かりんちゃん?」
【うん。
さっきの炎は私が受けて防いだよ。安心して…】
「な…なんで君が…」
【ごめんなさい。お兄ちゃんが心配で、勝手についてきちゃった…】
「そ…そんな…」
潤は呆然となった。そんな姿を見て、切人は一人ごちる。
「ちっ…まだ仲間がいたか…。
それも、火属性の妖魔か…」
潤は気を取り直してかりんに言った。
「かりんちゃん。ここは危ないから…早く逃げるんだ」
【大丈夫だよ…。私には炎なんて効かないし。
お兄ちゃんの盾になってあげる】
「!! そんなことダメだ!
君を戦いに巻き込むわけにはいかない!」
【でも…】
「ダメだ!! 絶対に!!」
潤はそう強くかりんに言った。かりんはしぶしぶといった様子で、後ろに下がっていく。
…と、その時、切人の方から呪文が聞こえてきた。
「kenjarahagallhagallhagallmann…」
見ると、切人の右手が深紅に輝いていた。
「フフ…まさか、こんな子供相手に、この魔法を使う羽目になるとはな…」
切人はそう言ってにやりと笑う。そして、次の瞬間、潤めがけて飛んだ。
潤はその右手に嫌な予感を覚えた。
「く!!」
金剛杖を使って切人の攻撃を捌く。切人の手刀が空を切った。
ザク…
手刀は、潤には命中せず、その後ろの樹木に命中した。すると…
「!!」
切人の手刀を受けた樹木が、次第にクズクズになって崩れていく。
切人は笑いながら言った。
「この手刀はモノを霊質根本から破壊する。
この手刀を受けたが最後、いかなるものも…たとえ幽霊であろうと、
その姿を保つことが出来ず消滅するのだ」
潤は戦慄した。まさかそんな隠し玉を持っていたとは。
(接近戦は危ない! 遠距離から攻撃するか?!)
潤はそう考えると、再び懐から符を数枚取り出した。そして、起動呪を唱える。
「急々如律令!」
潤が投擲した符が水の弾丸になって切人に飛ぶ。
切人は慌てず、深紅に輝くその手刀をふるった。
「!」
それは一瞬の出来事だった。輝く手刀が水弾に当たると、その水弾が消滅してしまったのである。
どうやらあの手刀は呪術をも消滅させることが出来るらしい。
「では…行くぞ!」
再び、切人が潤に向かって走る。手刀が閃いた。
「く!!」
始めの一撃を潤は何とか避けていた。しかし、切人はさらに間合いを詰めて手刀をふるう。
「そら!」
潤は、手刀に触れないようにしながら金剛杖で切人の腕を払う。
だが切人は、すぐに体勢を立て直して、手刀をふるって来た。
「そら! そら! そら!」
潤は、次の一撃、その次の一撃、さらに次の一撃も何とか避けていた。しかし、次第に切人に追い詰められ始めた。
(このままじゃ…)
潤はなんとか打開策はないかと思考を巡らせる。しかし、この緊急事態に思考が混乱して何も思いつかなかった。
(なんとか反撃しないと…)
やっとそれだけを考えた、その時、
「あ!」
潤は足元の木の根に躓いて倒れた。切人はその絶好のチャンスを見逃さなかった。
「死ね!!」
切人の必殺の手刀が潤の眼前に迫る。
ザク…
それは確かに切り裂いた。潤をかばって割って入ったシロウを…。
「シロウ!!」
【あ…るじ…】
次の瞬間、シロウがまるで霧のように消滅した。潤はその光景を信じられない気持ちで見た。
「シロウ…」
「ふん…。使い魔が代わりに消滅したか。
なかなかの忠義だ…」
「そんな…」
「だが…これまでだ」
切人は再び手刀をふるう。シロウが消滅したショックで呆けていた潤は避けることが出来なかった。
【危ない! お兄ちゃん!!】
それは、離れて見守っていたかりんだった。潤をかばったかりんの胸に手刀が深々と突き刺さる。
「かりんちゃん!!!」
【お…にい…ちゃん】
それだけを言って、かりんは潤の前から消えてなくなった。
「そ…そんな…。僕はまた…」
そのあまりの事態に潤は呆然とした。
シロウとかりんが、自分をかばって代わりに消滅したのである。
潤は信じられなかった、信じたくなかった、二人がこの世から消えてなくなったなんて。
でも、霊視でも二人を感じられないことが、現実として潤の心にのしかかってきた。
二人は死んだのだ、潤をかばって。
潤はもはや何も考えられなかった。考えたくなかった。
もう自分がどうなろうとどうでもよかった。
だから、潤はその場に突っ伏した。次の一撃を待つように。
しかし、そんな時、潤の心に誰かの声が響いた。その声は、とても懐かしい声だった。




