第三話 かりん その2
「……サラバボッケイビヤク……サラバタタラタセンダマカロシャダ……ケンギャキギャキサラバビギナン……」
西砂和山『封印塚』に天藤家当主の呪文が響き渡る。
怨霊・乾重延公再封印の儀式が始まってすでに十分が経過していた。
あと二分ほどで潤たちの仕事が始まる予定である。
「……締め寄せて縛るけしきは……念かけるなにわなだわなきものなり……」
厳かな呪文は最高潮に達していく。
(おちつけおちつけおちつけおちつけおちつけおちつけおちつけ…)
そして潤の緊張も最高潮に達していた。
ふと、封印塚に小さな光が灯る。そして、塚自体がカタカタと音を立て始めた。
(もうそろそろか…)
さらに一つ、さらに一つ、と…小さな光は増えていく。
そうして二十ほども光が現れた後、光は更なる変化を起こした。
光が一転に向かって集まっていく。そして大きな光へと変化した後それは人型をとり始めた。
…ふと、どこからか不気味な声が聞こえてきた。
【ァァァァァァアァァァァァァアアアアアアアアアアアア……】
「オン!!」
次の瞬間、真名が印を結んで『対怨霊封陣』を起動し、維持し始めた。
呪が光の人型に浸透していく。
【アアアアアアアアアアア……】
聞こえる声が少し小さくなった。
潤は素早く印を結ぶと呪文を唱えた。
「オンキリキリ、オンキリキリ、オンキリウンキャクウン」
<蘆屋流真言術・不動縛呪>
「はあ!!!!」
気合一閃。不動明王の霊威が顕現する。
その瞬間、僕の意識にズンと重い霊圧がかかってきた。
(く…!!)
その霊圧は、潤の体を振り回し、押し倒そうとするものであった。
つい印が解けかける。
「潤!」
真名の叱咤が飛んだ!
「!!!」
潤はなんとか持ちこたえた。そして、今度は『使鬼の目』を起動するため精神を集中する。
カッ!!!
潤は光の人型をにらみつけた。人型は一瞬揺らいで動きを止めた。
それとともに、潤の身にかかっていた霊圧が弱くなっていった。
(これであと三分…これならいける!)
潤はそう思った。
始め異変に気付いたのは真名だった。
「? これは…」
【あああああああああああああ…】
以前とは聞こえてくる声の声質が変わっていたのである。
次の瞬間、護摩壇で呪を唱えていた天藤家当主がその場に倒れた。
「当主様!!!」
突然のことに、儀式を手伝っていた天藤家の者たちは当主のもとに集まってくる。
「…ちがう…これは」
「どうしました?! 成政様?!!」
真名が当主に向かって叫ぶ。
「ちがう…これでは呪が…」
何が違うというのだろう?
真名がそう考えていると、光の人型を縛っていた潤が叫んだ。
「真名さん、見てください!」
「?!」
光の人型に大きな変化が表れていた。それは…
「な?!! 女?」
そう、それは確かに女だった。
ぼろぼろの着物を身にまとい、額から二本の角をはやした鬼女。
光の人型はそれに変化したのである。
【あああああああああああああああああ!!!!!!】
『再封印修法』が中断された影響だろうか。女の怨霊の叫び声が大きくなってきた。
すると、次第に潤への霊圧が重いものに戻っていく。
「く!!!」
「いかん!!!」
真名はそう叫んで当主の方に向き直った。
「成政様! 儀式を続けてください!
このままでは怨霊をとどめておくことが出来なくなります!」
「ちがうのだ…」
「それはいったいどういうことですか?!」
「先ほどまでは確かに乾重延公だった。しかし、今は別の怨霊に代わってしまった。これでは呪をつづけられない…」
「な…!!!」
それは緊急事態であった。怨霊の再封印は失敗したのである。
真名は一瞬で判断した。
「潤!!! お前は一旦縛呪を解け!!!
後は私が何とかする!!」
「……」
「潤?!! どうした? 聞こえないのか?!」
「……」
潤は女の怨霊をだまって見つめたまま動かない。
「潤!!!!!!」
真名がさらに大きな声で叫ぶ。それでも潤は動かない。
(なんだ?! 何が起こってる?)
真名がそう思ったときだった。それまで動かなかった女の怨霊の腕が動いた。
【火怨燐!】
その腕から恐ろしく大きな炎の渦が現れる。それは、潤を狙って飛んだ。
潤は意識が飛んでいるのか、全く動かなかった。
「潤!!!!!!!!!!!!」
真名は『対怨霊封陣』を解いて、潤に向かって飛んだ。
呪物を用意する暇も、呪文を唱える暇もなかった。
そして…
ドン!!!!
巨大な爆発が真名と潤を包み込んでしまった。




