第三話 かりん その1
その少女は今日も独りぼっちだった。
「おい! かりんだ! かりんが来たぞ!」
「げ…ほんとだ。逃げようぜ、燃やされるぞ」
「…まって! 私そんなことしないよ? 一緒に遊んでよ」
「やーだね! お前と遊ぶなってかーちゃんに言われてるからな!」
「逃げろ逃げろ! 化け物が来たぞ!!」
「私、化け物じゃないよ…。なんで…」
少女はその場にうずくまって涙を流す。それが、少女の日常だった。
しかし、その日はいつもと違うことが起こった。
「君はかりんという名なのかね?」
何やら高貴そうな着物を着た男性が話しかけてきた。
「え? おじさんはだれ?」
「ああ、私は乾重延。
君の事を助けに来たんだよ」
そういってその男性は優しげに笑った。
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今、潤たちは長野県砂和市の山奥にいた。
砂和市は長野県南信地方の市であり。砂和湖に隣接する工業都市であるとともに、砂和湖や上砂和温泉、砂和大社の上社、砂和高原を抱える観光都市でもある。
江戸時代は高島藩の城下町であり。戦後、時計、カメラ、レンズなどの生産が増え、山と湖のある風土と相まって「東洋のスイス」と称されたことでも有名である。
その砂和湖を北に臨む西砂和山。そこに、呪術家・天藤家の屋敷はあった。
天藤家の当主・天藤成政は、少し咳き込みながら話をつづけた。
「…そうして、京での政争に負けた乾重延公は、この砂和に流されました。ゴホ…
そして失意のもとに亡くなったとされております」
「…それで、その死後、天変地異がおこったと?」
「ええ、主に大火でしたが…。その大火の原因こそ乾重延公の怨霊であったわけです。…う…ゴホゴホ…」
「大丈夫ですか成政様?」
真名が心配げに当主に言う。
「いえ大丈夫、これを食べていればすぐ直ります」
その当主の座っている席の近くには『榠樝の砂糖漬け』が置かれている。
「蘆屋殿も食べてください。喉によく聞きますよ」
そういって当主は真名に砂糖漬けの皿を差し出した。
「はい、後でいただきます。それで…」
「ああ、話が途中でしたな。
…そして、その怨霊の調伏に、我ら天藤家のご先祖である天藤一成様が向かわれたのです。
そうして起こった怨霊との戦いは三日三晩続いたとされております。その後、なんとかこの地に怨霊を封じることができた一成様は、この地に家を建て怨霊を奉ってその霊を慰めたとされております」
「なるほど。その乾重延公を今回再封印すると…」
「そうです。再封印の儀式は、『封印塚』の前に護摩壇を置いて、一成様の残された修法に基づいて行われます。その所要時間は約二十分…。
儀式自体は私と家の者が行います。
蘆屋殿には、三分ほど続く一時的な封印解除状態の間、塚の周囲から怨霊が出ないようにする陣の作成・起動・維持。
そのお弟子さんには、怨霊が塚のそばから離れないよう縛呪で呪縛しておいてもらいます。
それで…」
当主は少し不安そうに、真名の後ろでひたすら黙っている潤を見る。
「大丈夫なんでしょうな? お弟子様の方は…」
「…それは大丈夫です。彼の力は私が保証しましょう」
「それならいいのですが…」
当主との話を終えた二人は用意された客室に向かった。
その途中の廊下で潤が口を開く。
「それで僕は、何をすれば…」
「ふう…。お前、成政様の話を聞いていなかったのか?」
「すみません…」
「お前がするのは…ようするに、
封印が解けた瞬間に、塚から出てくる怨霊に『不動縛呪』と、『使鬼の目』の霊威圧を合わせてかけて三分間維持することだ。
塚から出てくる怨霊は、成政様方の『再封印修法』と、私の『対怨霊封陣』の併用で力が大幅に弱まっているから、今のお前なら十分こなせる仕事だ」
「三分間…」
「心配するな。もし何かあれば私がフォローする」
「は…はい」
潤はうつむき不安そうにそう言った。
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西砂和山某所『封印塚』。
その時、潤は手持無沙汰だった。
師匠である真名は、当主とともに再封印儀式の準備を行っている。
『再封印修法』と『対怨霊封陣』、どちらも専門的な知識が必要なものであり、自分では手伝おうにも手伝えない。
「ふう…」
潤はため息をつく。
真名が大丈夫と言った以上、自分でも大丈夫な仕事なのだろうが、不安感がぬぐえない。
失敗するつもりは毛頭ない、でも不安なのだ。緊張しておなかが痛くなってくる。
そうして三十分ほど悩んでいると、陣の準備を終えた真名さんが潤のもとにやってきた。
「潤。もうそろそろ儀式が始まるぞ…。準備することがあるなら急げよ」
「は…はい! 僕は大丈夫です」
何が大丈夫なのか…僕は心の中で自嘲した。
こうして、怨霊・乾重延公再封印儀式が始まった。
そして、それは潤の不安の通り、一つの事件に発展するのである。




