第二話 初めての任務 その3
その鬼傀儡は、以前と様子が変わっていた。それまで黒く窪んでいるだけだった眼窩に光が灯っていたのである。
「!?」
「それ、潤。どうやら鬼傀儡の『対呪術師モード』が起動してしまったようだぞ?」
「何それ?」と言う暇もなく、鬼傀儡が駆けた。
今度は杖の一撃ではなく、拳を握ってすさまじい速度で打ち込んできたのである。
潤は、今度は避ける暇がなかった。
「く!!」
潤は衝撃に耐えるため腕で体を護った。しかし、すぐ来るはずの衝撃が来なかった。
「?」
…と、ふいに潤の体が重力に逆らって空に飛んだ。
鬼傀儡が、握った拳をもう一度開いて、身を固めている潤の服をつかんで、空に放り投げたのである。
ダン!!
空に舞って無防備になった潤に向かって鬼傀儡が飛翔する。
鬼傀儡は杖を振りぬいた。
ズドン!!!
「がああ!!!!」
杖は潤の脇腹に命中した。そして、潤の体を地面へと叩き落す。土煙が舞った。
「くう…」
潤はなんとか立ち上がる。『天狗法』で得た超人的反射神経が急所をそらしていたのである。
しかし…
(次、同じのを受けたら終わる…)
そう考えている暇もなく、空の鬼傀儡がこちらへとカッ飛んできた。
そのスピードは、以前のものとは明らかに違っていた。
「…さっきまでのは一般人向けの『対人モード』だ」
そう、真名が潤に向かって声をかける。潤はそれを聞いている暇はなかった。
凄まじいスピードで鬼傀儡の拳が飛ぶ。それは明らかに潤には避けられないスピードであった。
(打撃? 投げ?)
今度は投げではなく打撃が来た。
鬼傀儡は正確に、先ほど自分が攻撃した潤の脇腹に打撃を打ち込もうとした。潤はとっさに後方に向かって飛ぶ。
ズドン!!!
激しい衝撃とともに潤は森の奥へと吹っ飛ばされた。潤はいくつか樹木にぶつかりつつ宙を舞った。
でも、攻撃はそれで終わらなかった。再び、鬼傀儡が潤に向かって飛んだのである。
(これはまずい…)
潤は近くの樹木に思い切り手を伸ばし、つかまって空中でブレーキをかけた。
そして、意識を集中し全身に力を籠める。
ダン!!!
潤は樹木を蹴り素早く空を駆けた。…あえて、鬼傀儡に向かって。
空中で一人と一体の影が交差する。
潤は鬼傀儡の頭を蹴ってさらに飛んだ。お互いの距離が一気に離れていく。
(今のうちに対策を考えないと…)
潤はそう思いながら森を駆けた。
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潤は森の一角に身を潜めながら思った。
(さっき、僕の拳は確かに鬼傀儡に命中した…)
それでも鬼傀儡は無傷だった。木製の人形が、岩をも砕く『天狗法』の打撃を受けて平気なのは信じられなかった。
(あの鬼傀儡には何かある…。
やっぱり”霊視”てみるしかないか…)
でも…、と潤は思った。
鬼傀儡の動きはあまりにも早すぎる。はっきり言って霊視する暇も、呪文を唱えてる暇も、符術を使う暇すらない。
その時の潤にとっては八方ふさがりの状況であった。
…と、そんな時、どこからか真名の声が聞こえてきた。
「いつまで、遊んでいるつもりだ潤?
私は潤に『全力を見せてみろ』と言ったのだぞ?
お前の力はそれだけか?」
(それは…)
実は、潤はこの状況を打開できる策を一つだけ思いついていた。しかし、それは潤にとって好ましいものではなかった。
(…でも、この状況は)
潤はやはりあの策しかないと決意した。
(本当はこのまま自分の力で勝ちたかったけど…)
潤はそう思いながら、印を結んで呪文を唱えた。
「カラリンチョウカラリンソワカ…」
<蘆屋流鬼神使役法・鬼神召喚>
「志狼来い!!!」
その瞬間、地面にまばゆく輝く五芒星が現れた。
そして、そこから現れたのは…
【護法鬼神・志狼! ただいま参上!!】
頭に二本の角を持った白い毛並みの柴犬であった。
ただその大きさは人ひとりが背に乗れるほどもある。
【主殿。やっと我を呼んでくださいましたか。
正直、戦いを見ていてヒヤヒヤいたしました】
「ごめんシロウ…」
【謝る必要はございません。これから我らの反撃と行きましょう!】
「そうだね」
そういうと潤はシロウの頭を撫でた。
(よし! あとは…)
潤はそう考えながら懐から今持っている符をいくつか取り出す。その中にそれがあった。
これならなんとかなるかもしれない。潤はそう思った。
「よし! シロウ!
鬼傀儡を倒すぞ!!」
【承知!!】
一人と一匹はそう気合を入れた。
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隠れていた木陰から出た潤は、シロウとともに鬼傀儡の前に立った。
(やっと、シロウを出したか…)
真名は少し安堵して潤を見つめる。
カタカタカタ…
見失っていた潤を再認識した鬼傀儡は、再び戦闘態勢をとる。一気に加速した。
鬼傀儡は一瞬で潤との間合いを詰めると、潤の反応できない速度で拳を打ち込んできた。
だが鬼傀儡の拳は潤には届かなかった。シロウが、潤と鬼傀儡の間に割り込んだのである。
【させん!!!】
ドン!!!
シロウは鬼傀儡に体当たりをした。その勢いで鬼傀儡は吹っ飛ばされる。
しかし、鬼傀儡は空中で体をひねって体勢を立て直し、両足で地面に着地した。
「シロウ! 少しでいい、隙を作れ!」
【承知!】
その言葉に、今度はシロウが潤の代わりに駆ける。
鬼傀儡はそれを迎え撃つために加速した。
ガキン!! ガキン!! ガキン!!
シロウの頭部に生えた角と、鬼傀儡の杖が何度も空で交差する。
その隙に潤は懐から符を一枚取り出し印を結んだ。
「急々如律令!」
符は炎のつぶてとなって飛翔した。炎のつぶてが鬼傀儡へと迫る。
「!」
鬼傀儡はシロウのことを無視して、炎のつぶてを避けた。シロウはその隙を見逃さなかった。
シロウは鬼傀儡の右足に噛みついていた。そして、体をひねって鬼傀儡を倒すとその上に乗って押さえ込んだ。
(いまだ!!!)
「オンキリキリ、オンキリキリ、オンキリウンキャクウン」
<蘆屋流真言術・不動縛呪>
「はあ!!!!」
気合一閃。不動明王の霊威が顕現した。
鬼傀儡は身動きが取れなくなって、ただの骸骨人形になった。
この世のあらゆるもは、必ず霊質というものを持っている。
それは、生き物でない地面の石ころですら同じである。
当然、鬼傀儡も霊質を持っており、『不動縛呪』はその霊質根本を縛ることで動きを止める呪なのである。
潤は、不動縛呪の印を結びながら、意識を集中して地面に倒れた鬼傀儡を”霊視”た。
深く深く…
(!!!)
「やはり!!!」
それは思った通りだった。
この鬼傀儡には『対物理打撃無効』の防御呪式が刻まれていたのである。
先ほど、シロウの攻撃を無視して火呪を避けたのも、『対物理打撃無効』では火呪を防げないからだったのである。
(ようは符術を当てればいいんだけど…)
鬼傀儡の動きは素早い。未熟な潤は正直言って当てれる自信がない。
不動縛呪で動けないところを当てられればいいのだが、潤は印を結んだ状態でしか対象を呪縛できなかった。
そんなことでは符術を起動できない。
(ならば…)
潤は先ほど考えた計画を実行に移すことにした。
潤はとりあえず不動縛呪の印を解いた。途端に鬼傀儡は動きを取り戻す。
シロウが蹴り上げられ空に吹っ飛んだ。
「バンウンタラクキリクアク」
鬼傀儡が潤の目前まで迫るのと、潤が呪を唱え終わるのはほぼ同時だった。
鬼傀儡は構わずその拳で潤を打撃しようとした。
…が、いつの間にか、空に吹っ飛んだはずのシロウが潤の前にいた。その口から大きな咆哮が放たれる。
<蘆屋流鬼神使役法・五芒護壁>
ガキン!!!
シロウの咆哮は、輝く五芒星となって鬼傀儡の拳を防いだ。一瞬、鬼傀儡の動きが止まる。
「急々如律令!」
起動呪が唱えられ符が起動する。
しかし、今度は炎のつぶては生まれなかった。潤は火呪とは別の符を使ったのである。
それは『禁術符』であった。
ガシャン!!
次の瞬間、ガラスが割れるような音がして、『対物理打撃無効』の防御呪式が壊れた。
間髪入れずシロウが鬼傀儡に体当たりする。鬼傀儡の手から杖が離れて飛んだ。
ガキガキキ…
その一撃で鬼傀儡は致命傷を受けていた。もはやその動きは『対人モード』の時より遅かった。
「これで終わりだ!!!!」
潤は拳を握って、鬼傀儡へと向かって駆けた。
ズドン!!!
その拳は確かに鬼傀儡に命中して、それを粉々に砕いてしまった。
「そこまで!」
真名の声が森に響いた。潤はその場に膝をつく。
「はあ…はあ…やった」
「うむ、見事だった潤」
「はい。これでテストは…」
「ああ…合格だ…」
真名がそういって微笑みかける。
「お前の成長、しっかり見させてもらったぞ。これなら任務に連れて行ってもいいだろう」
「はい!」
「そして、これはお前への合格祝いだ」
いつの間にか、真名は鬼傀儡が使っていた杖を手にしていた。
「この杖は『金剛杖』という、鎮守の森の霊木を削って作った杖だ。
その重さは軽く、しかし鋼鉄より頑丈でしなやかだ。
これからお前の身を守ってくれるだろう」
潤は感動の面持ちで杖を受け取った。
その杖は軽く、手にしっかりとなじんだ。
かくして、潤の、呪術師になって初めての試練は幕を閉じたのである。
『第二話 初めての任務 了』




