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呪法奇伝  作者: 武無由乃
第一章 蘆屋の呪術師
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第一話 道摩府 その3

「おかえりなさいませ姫様」


広い庭をいくつも抜けて、ひときわ大きい建物の一つに入ったとき、給仕服を着た鬼娘にそうあいさつされた。

もう僕は鬼ぐらいでは驚きも出来なかった。


「ただいま八重やえ


「八天の間で御頭様がお待ちですよ」


「そうか…」


「さあ、お客様、お荷物はこちらです」


そういうと、八重と呼ばれた鬼娘は、僕のバックパックを持って行ってしまう。


「あ…」


「大丈夫だ…」


真名さんはそれだけ言うと、屋敷の奥に歩いていく。僕は急いでそれを追った。

それから、複雑で大きな屋敷内を2分ほど歩いていたろうか、『八天の間』と名札がかけられた部屋の前についた。

部屋は襖で仕切られており、その奥からは巨大な妖気が二つほど感じられる。

真名さんはそのまえで膝をついて正座する。僕もそれに倣った。


「父上。真名…ただいま帰りました」


すると奥から軽めの男性の声がした。


「おう! 真名か? 入れ入れ…」


「はい父上」


真名さんは、すっと八天の間の襖を開いた。そこにその人たちはいた。


その部屋は50畳ほどあるだろうか? 畳敷きで、奥に一つ、左右に計八つの座布団が敷かれた部屋であった。その三つに人影が見える。

僕たちの入ってきた襖の近く、もっとも近い位置に、体のいたるところから木の枝の生えた、白髭の妙に長い禿頭の老人が居眠りしていた。

次に近い位置、部屋の両側八つある座布団の左奥、そこに修験者のような恰好をした老婆が座っていた。

そして、一番奥、中央に一つだけある座布団に、着物を着た厳格そうな顔をした男性が腕を組んで座っていた。その男性が羽織っている羽織には何か文字が書かれていたが、今いる場所からは何かわからない。

そのうちの、一番奥の男性が笑いながら話しかけてきた。


「おう、真名、それに矢凪君こっちだ…」


「はい父上」


真名さんは、その言葉に答えてすすと部屋の奥に入っていく。僕も急いでそれに続いた。

僕たちは男性に前に進むとその場で正座した。


「任務ご苦労だったな真名。それに、そちらにいるのが矢凪潤君か…」


「は…はいどうも!」


「まあ、そんなに硬くならなくてもいい。ようこそ、道摩府へ。

 私が、道摩府頭首、播磨法師陰陽師衆・蘆屋一族当主の蘆屋道禅あしやどうぜんだ。

 よろしく」


「は…はいどうも!

 矢凪潤と申します! よろしくお願いします!」


「ははは…。だから、そんなに硬くなるな」


その男性はそう言って気さくな様子で笑った。


「道禅…わしらのことも紹介してくれんかのう?」


「おっと、そうだった」


ふいに、近くに左にいた修験者風の老婆から声がかけられる。

僕はビクリとしてそっちを向いた。


「そちらにいるのは、『森部山天狗衆筆頭もりべさんてんぐしゅうひっとう天翔尼てんしょうに殿だ」


「よろしく潤の坊や」


…え? とその時思った。天翔尼という名前に聞き覚えがあったのだ。

それは、森部市最大の山、森部山に住まうとされ祭られている大天狗『権現様ごんげんさま』の名前であった。


「ふふふ…」


老婆はそう言って優し気に微笑んだ。


「そして、そっちで居眠りしているじじ…、いや老人が

 『樹霊王じゅれいおう延寿えんじゅ殿だ」


「……ぐー、ぐー」


老人はさっきからこちらに気づくことなく居眠りしている。とりあえず彼のことはほおっておいた方がいいだろうか。


「どちらも『蘆屋一族八大天』の方だ。…で八大天とは…」


「ああ、その、さっき外で、毒水という方に聞きました…」


「おう、そうか。それは話が早い」


道禅様はそう言って笑うと話を続ける。


「…では、道満府と蘆屋一族について説明しよう?」


「は…はい」


「ここ道満府は、我らがご先祖・蘆屋道満様が御造りになられた、

 日本中の妖魔族のコミュニティーを統括する場所だ」


「妖魔族…」


「妖魔族とは、別名『山人族さんじんぞく』ともいう、日本古来の妖怪たちだ。

 彼らは、此処と同じような異界にコロニーを作って、日本各地で生活している。

 道満府は、それらコロニーと人間界の政府を取り持ち…、要するにケンカしないよう仲を取り持つ仕事をしているのだ。

 すなわち、一般に人間と共存している妖魔族は我らの傘下にいると思っていい」


知らなかった。まさか、こんな場所が、この日本にいくつもあるのか。


「しかし、世の中には人間との共存を望まない人間を敵視する妖魔族、

 逆に、人間と共存している妖魔族を敵視する人間の退魔士がいる。

 それらに対する警戒もこの道満府が行っている

 それと…

 異界と妖魔族にかかわる情報を、人間達から遮断するのも我々の仕事だ」


「…遮断? それはなんででしょう?」


「うむ、それは古来人間と妖魔族は何度も争ってきたからだよ。

 人間は弱い、妖魔族のような特殊な能力を持たない。だから、自分たちの近くに、恐ろしい妖魔族が住んでいると知ったら、争いや差別の原因になる。

 だから、昔から、我ら道摩府は、妖魔族の情報を一部の人間以外から遮断してきた。争いを好まん妖魔族はとても多いのだ。

 そういった、人間と妖魔族の争い事を未然に防ぐのが我ら蘆屋の使命といっていい」


「そうですか」


確かにそうかもしれない。自分たちの近くにこんなに妖魔族がいたら、恐ろしいどころの騒ぎではないだろう。敵視して排斥しようとする人間は多いはずだ。


「我ら蘆屋一族は、その道摩府の頭首を、先祖代々務めてきた家だ。

 最も、道摩府頭首になれるのは、蘆屋一族八大天に認められた蘆屋一族の者で、

 どちらかというと八天様方のほうが立場が上になるが…」


「そうなんですか?」


「ああ。彼らは、かつて蘆屋道満様の使鬼を務めていらした方か、その子孫の方々だ…

 便宜上、蘆屋当主である私が上になっているが、彼らは基本私の命令を常に聞く立場にはない。

 要するに顧問というやつだな」


ふと真名さんが話に入ってくる。


「それで、今回八天会議を行ったのはどういうことですか?」


「ああ…それか?」


「八天会議は道摩府頭首を決めたり等、特別な場合でない限り行わないハズですが」


「うむ…それは。今のところはお前に関係ないことだ」


「…そうですか」


真名さんはそれ以上追及しなかった。

道禅様はもう一度僕の方を向く。


「それで…これからの君のことなんだが…」


「あ…」


これから僕はどうなるのだろう? そう不安になっていると。


「ここで、陰陽法師になる修行を行ってもらう」


「え?」


「陰陽法師だ。それが、君の能力の制御法を学ぶのに一番いいだろう」


「僕が…陰陽法師に?」


「そうだ、少なくとも2年もすれば、一般社会に出てもいいぐらいになるはずだ」


「2年ですか?」


結構短いなと僕は思った。一生一般社会に出れないことを考えていたのだが。

僕が内心驚いていると、真名さんが口を開いた。


「それで、その師匠の方なんですが。恐れながら八天様方の天翔尼様にお願いしたいのですが」


「ほう、わしか?」


静かに話を聞いていた天翔尼様がそう答える。

道禅様は…


「う~~ん。確かにいいかもしれんな、生家にも近いし、鬼神使役に関しては天翔尼殿はプロフェッショナルだろう」


「修行はその分短くなるかと…」


「たしかに」


それを聞いていた天翔尼様は。


「いやじゃ」


「?!」


僕はその言葉に驚いた。

天翔尼様は言葉をつづける。


「真名よ…お前、かのものの幼馴染に『自分が責任をもって見守る』といったのであろう?」


「な…なんでそれを…」


真名さんはその言葉に驚いている。


「ならば、お前が師匠になるのが筋というものじゃ」


「い、いや…私は、まだ修行中で…」


「真名…お前もう22じゃろう? もうそろそろ弟子をとってもいいころじゃ」


この時の言葉は、僕がここにきて一番の驚きだった。

真名さんは、見た目、年のころは僕より下の中学生に見える。それが22歳?


「いいか、真名。弟子をとるということは、弟子を育てるだけでなく、自分自身をも育てるということじゃ。

 お前は、これから弟子を持つ師匠として成長していかねばならんのだ…」


「……」


「それこそ、お前の母親との約束にかなうことなのではないのかね?」


「…言葉もありません」


真名さんはそう言って頭を下げた。

道禅様が口を開く。


「よし! これは決まりだな!

 今日から潤君は、真名の弟子だ!」


そう言って手をたたいた。その様子に真名さんは。


「い…いや、一応本人の意見を聞いておいた方が…」


そういって僕の方に向き直った。


「なあ潤君、私はまだ未熟者だ。それでもいいか?」


「い、いえ! そんな!

 これからよろしくお願いします! 師匠!」


「むう…、こそばゆいから、今までどうり『真名』でいい」


「は…はい真名さん!!」


こうして、僕は真名さんの弟子として、蘆屋一族に入ることになった。

これから、僕はどうなるのか? 不安と期待が心に渦巻いていた。



『第一話 道摩府 了』

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