第一話 道摩府 その2
僕たちを乗せた車は森を抜ける一本道を進んでいく。
すると、はるか前方にあった白い帯が巨大な壁となって迫ってきた。
「……」
こんな巨大な壁は見たことがなかった。
その壁には至るところに窓があり、そこから人がこちらを覗いてるのが見える。
もしかしたら、その人に見えるモノも人ならざるものなのかもしれない。
「あれに見えるは、防街壁の『朱雀門』にございます」
前方に巨大な門が見えてきた。その門は高さが20m近くもあった。
僕は、その近くにとんでもないものを見た。
「な?!」
それは全長3mもある巨大な鬼だった。その手にはこれまた巨大な槍を持っている。
そんな鬼が、門の両側に1体ずついたのである。
「あれに見えるは、朱雀門の番兵、右近・左近にございます」
鬼を見て驚いている僕を見て、獅道さんが説明を入れてくれた。
僕は驚きすぎて言葉が出なかった。
そのまま車はゆっくりと門を抜けていく。そして、蘆屋の隠れ里へと入っていった。
そこは、僕が門に入る前に想像したものと違っていた。
(普通の街?)
そう、門の向こうにあったのは、見慣れた人間の街だった。
至るところにビルが立ち並び、道路は舗装され信号機があり、なんとコンビニらしき店舗も見えた。
そこに行きかう人々は、明らかに人間ではない雰囲気を出していたが…。
車はそんな街の真ん中をまっすぐ北に抜けていく。
そうして、しばらく行くと、この近代的な街にはふさわしくなさそうな和風の壁が見えてきた。
「あれに見えるは、蘆屋一族宗家の屋敷、『蘆屋本部』にございます」
「!!!」
それは、あまりに巨大だった。
東京ドームが何個入るのだろうと考えさせるほどであった。
車はその屋敷の門の前に止まる。
「お疲れさまでした。姫様、矢凪様」
「ありがとう獅道」
そういうと真名さんは車のドアを開けて外に出る。僕もそれに続いた。
「おや? 姫様、お帰りですか?」
屋敷の門の前に鬼が立っていた。
「ああ、三国ただいま」
「やあ、そちらの子は例の?」
「そうだ、矢凪潤という」
「そうっすか、ふーん」
三国と呼ばれた鬼は、僕をまじまじと見てくる。冷や汗が出た。
「こら、潤君を怖がらせるなよ。妖魔族を見るのは初めてなんだ」
「え? そうなんすか? そりゃすんません」
「…で? 父上は?」
「ああ、道禅様なら、ただいま『八天会議』中っす」
「なに?」
それを聞いて、真名さんが大きく驚いた。
「もしかして、八天様方がいらっしゃるのか?」
「へい、全員いらっしゃいますよ?」
「…そうか」
「いや、もうそろそろ終わるんじゃないっすかね? ほら…」
そう鬼が言ったとき、僕はそれまでに感じたことがないほどの大きな妖気を感じた。
「おや? これはこれは真名様ではございませんか?」
何者かが門の向こうから話しかけてくる。それは、人ならざる姿をしていた。
体は人間、頭部は龍。いたるところに『悪』と描かれた着物を身に着けた妖魔だった。
真名さんはその姿を見ると、すぐに膝を折って答えた。
「これは、悪左衛門様お久しぶりです」
「いやいや、そんなかしこまらなくてもいいですよ。真名様」
「いえ、そういうわけには…」
「私がいいと言ってるんです。そうしなさい?」
「は、はい…」
それは僕が初めて見る、真名さんの狼狽えた姿だった。
「あ…あの…えと…」
僕は何もできずただ突っ立っていた。
そんな、僕に目の前の龍頭の妖魔が話しかけてくる。
「いい目をしていますね。君
なるほど、君が『使鬼の目』の異能者ですか」
「え? は、はい!」
「私は『毒水悪左衛門』と申します。
とりあえず、『蘆屋一族八大天』の筆頭を務めております。
よろしくお願いしますね」
「あしやいちぞくはちだいてん?」
「はい。蘆屋一族八大天は、別名『蘆屋八大魔王』と申しまして。
代々、蘆屋一族宗家当主の顧問を務めておるのです」
「魔王…?」
「魔王というのは、妖魔族を従える妖魔の王のことです。
私は龍族の頭も務めさせてもらっております」
「は…はあ」
よくRPGなどで出てくる『魔王』。それが今僕の目の前にいる…。
その事実に頭がくらくらした。
「あんれ? マナちゃんじゃん?」
いきなりそんな軽い声が僕のすぐ後ろから聞こえてきた。
その男はいつの間にか、僕の真後ろに立っていた。
「いやあ。マナちゃん。今日もかわいいね。
おじさんドキドキしちゃうよ」
それは、サル顔で背中に『笑』の文字の入ったジャンパーを着た大男だった。
「お久しぶりです。笑絃様」
「やだなあ。僕と君の間柄でそんなかたっ苦しい言い方は無しだよ」
「そういうわけにはいきません」
笑絃と呼ばれた大男は、真名さんに近づくとその肩を抱きにいった。
…だが、それは成功しなかった。
「こらサル! 姫様に無礼であろう!!!」
いきなり大男の背後に刀を腰に差した女性(?)が立っていた。
その顔は犬を模した仮面で隠されている。
「うげ! 瞬那!!」
「なにが『うげ』だ。このサル!」
瞬那と呼ばれた女性は、腰の刀に手をかけながら言った。
「おい! 瞬那、こんなとこで刀抜くな!! 馬鹿かてめえ」
「誰がバカだこのサル」
僕はこの事態についていけなかった。そんな僕に、悪左衛門さんがそっと耳打ちする。
「あちらのサルが。『狒々王』笑絃どの。
あちらの女性が『狗神王代理』瞬那どのです」
「は…はあ」
…と、さらに門の向こうから三人の影が現れる。
「門の前で騒ぐなサル。うるさいぞ」
「まあ、またあの二人がケンカしてるの?
痴話喧嘩でしょ。ほっときましょ」
「……」
一人目の男性は、笑絃よりもさらに大きな大男で、額に四本の角が生えている鬼だった。
二人目の女性は、蜘蛛の模様の入ったきれいな着物を着た普通の女性。
三人目の無言の男性は、鎧兜を身に着け、深紅の目をした人だった。
すぐに悪左衛門さんが説明してくれる。
「あちらの男性は『鬼神王代理』鉤腕どの。
あちらの女性は『播磨土蜘蛛王代理』雪華どの。
あちらの武者は『甲虫王』千脚大王どのです」
「説明どうもありがとうございます」
「いえいえ、どういたしまして」
これで六人の魔王が自分の目の前に現れたことになる。
「…あの八天様方、わたくし父上に報告があるので、これで失礼してよろしいでしょうか?」
ふと真名さんがそういった。
「いえ、いきなり呼び止めてすみませんでしたね真名様。
道禅様なら奥の八天の間にいるはずですよ」
「ありがとうございます。悪左衛門様」
そういうと真名さんは僕の手をつかんで、逃げるように門をくぐった。
真名さんの手はうっすらと汗をかいているようだった。




