第一話 闇に蠢くモノ達 その5
操が院長室の扉を開けると。そこには何もなかった。
誰が片付けたのかテーブル、椅子、絨毯の類はなく、コンクリートの床がそのまま晒されている。
むろん、霊的なモノも何もない。そもそも霊感のない自分には、何かあっても見えやしないのだが。
「ふう…」
とりあえず心が落ち着いた操は、院長室に足を踏み入れた。とりあえず、十枚ほど写真を撮ってさっさとお暇しようと思った。
部屋の中央まで歩いていった操は、とりあえず部屋を見回した。ほんとに何もない殺風景な部屋だ、ほんとにここで自殺があったのだろうか?
「まあいいや…。とりあえず一枚」
カメラを構えて窓のある東の壁を撮影し、続けて北の壁も撮影する。
さらに、南の壁を撮影しようとしたとき、不意に潤の飼い犬の『シロウ』が低く唸りはじめた。
「ちょっと、シロウ…なに唸ってn」
操が潤とシロウがいるであろう院長室の扉のほうを見たとき、目の前に潤の顔が迫っていた。
「え?」
それは考えもしていないことだった。潤が自分を無理やり押し倒してきているのだ。
そんなことをされるほど悪いことを、自分は潤にしてきたのだろうか?
いや、そもそも潤は男…。興奮して自分を襲おうなんて…。
幼馴染だと思ってたのに…。
そんな、場違いなことを思っていた操はしばらくしてやっと、潤の視線が自分に向いていないのに気づいた。
操は潤の視線の先を見る。そこは操の立っていた場所、そこにそれまでなかったはずの手術メスがあった。床のコンクリートに深々と突き刺さっている。操には何が起こったのかわからなかった。
「なにこれ…」
操がそれだけつぶやいたとき、潤が自分の手を引いて立ち上がった。そのまま、操の手をつかんだまま、院長室の扉へと駆ける。
「やっぱり…帰ろう…。シロウも来い!」
潤の顔は青ざめていた。操は潤がそんな顔をするところを数回しか見たことがない。
自分には何も見えない、何が起こっているかもわからない。しかし…。
どうやら、ここは本当にヤバイところらしいことに操はいまさら気づいた。
潤と操、そしてシロウは、院長室の扉をそのままに、二階へ続く階段に向かった。
急いで階段を下りていく。そして、三階と二階の中間にある踊り場を駆け抜けたとき”ソレ”は起こった。
「やめろ!」
潤が突然大きな声を上げる。その時、操は誰かに背中を強く押されたことを確かに感じた。
階段にかけようとした足が自身の体とともに宙を舞う。次の瞬間、二段下の階段の床が目の前にあった。
「…!」
声にならない声を上げて操は階段を転げ落ちた。
体勢を立て直そうとしても無理だった。意識はハッキリしているのに、自分の体が自分のものでないようだった。
二階の床に体がついたとき、操の意識は不意に途切れた。
潤の自分の名を呼ぶ声が聞こえたような気がした。




