表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
呪法奇伝  作者: 武無由乃
呪法奇伝データベース
47/202

組織 土御門家

土御門家において特に名が残っている者の名を記す。

※ 解説や生没年は、呪法奇伝の独自設定であり、実際の人物とは関係ありません。


★平安時代:

安倍あべの 晴明せいめい 生没:921~1005

西暦921年(延喜21年)に摂津国阿倍野(現・大阪市阿倍野区)に生まれたとされる超人的陰陽師。

その父親は下級貴族・安倍保名あべのやすな、母親は稲荷大明神(宇迦之御魂神)の第一の神使・葛乃葉くずのはであった。

母親が神の使いであったことから、その主神の加護を受けた安倍童子(あべのどうじ・晴明の幼名)は、幼いころから強力な霊的才能発揮し、数々の逸話を残した。

そして、ある日その才能を賀茂忠行かものただゆきに見いだされ、その弟子となって陰陽師の道を歩むことになる。

その彼が初めて歴史の表舞台に立ったのは年齢40代のころ。時の天皇に頼まれて占いを行ったことであった。

そして、50代のころに天文博士に任ぜられ、西暦977年(貞元2年)保憲が没した頃から、朝廷においてその名を広く知られるようになる。

このとき安倍晴明は、蘆屋道満と術比べをして勝利し、彼を自分の弟子にしている。

蘆屋道満とともに、数々の難事件を解決した晴明であったが、陰陽道の師匠の一人である伯道上人はくどうしょうにんの元で再修業をするために、大陸へと渡ったことで運命が大きく変わることになる。

自身との間に確執のあった賀茂光栄かものみつよしの計略にはまって、弟子である蘆屋道満と大きな心の溝が生まれてしまったのである。

結局、弟子・道満は晴明と決別。その二人の進む道は、後の子孫に至るまで別たれることになる。

晩年、蘆屋道満と佐用の地で決戦を行うが、表向きは自身の勝利として元弟子・道満を見逃し、道摩府建設の後押しをしている。

安倍晴明は、常に人類側の呪術師として、妖怪を弾圧する側に立っていたが、その心の内は複雑であり、実際はいろいろ思う所があった様である。



★第一次乱道討伐(1550~):

土御門つちみかど 有宣ありのぶ 生没:1433~1515

土御門家初代。初めて土御門を名乗った人物。

京を離れて若狭国名田庄に引き篭もった。

劇中(西暦1550)では故人。


土御門つちみかど 有春ありはる 生没:1501~1569

土御門有脩の父。若狭国名田庄在住。

親子三代、若狭武田氏と深いつながりを持っていた(土御門の正式な主は天皇家)。

蘆屋一族への当たりが強く、息子が道仙とつるんでいることを快く思っていなかった。


土御門つちみかど 有脩ありなが 生没:1527~1577

若狭国名田庄在住の陰陽師。蘆屋道仙をライバル視している。

道仙とつるんで、死怨院乱道を封じた影の英雄の一人。


土御門つちみかど 久脩ひさなが/勘解由小路かでのこうじ 在綱あきつな 生没:1560~1625

劇中(1550)の後に生まれた有脩の息子。一時勘解由小路家を継いでいたが、父・有脩の死亡を受けて土御門家に戻った。

若狭国名田庄に引き篭もっていた父親に反発して、強い権力を得るために織田信長、そして徳川家康に近づいた。

若狭国名田庄を引き払って京に拠点を移した。


土御門つちみかど 泰重やすしげ 生没:1586~1661

久脩の息子。豊臣秀吉の時代に一時権力を失っていた土御門家の再興を行った。

賀茂系の陰陽師家に移されていた多くの権限を取り戻して、陰陽道の宗家としての復興を望んだため、賀茂系の陰陽師家との間に内紛が起こった。


土御門つちみかど 泰福やすとみ 生没:1655~1717

泰重の息子。長き内紛を征して現在の呪術師に対する支配体制を築き上げた人物。

ある意味、現在の土御門家の始祖的な人物であり、土御門神道を確立した人物でもある。



★呪法奇伝本編(第一章=2019年、第二章=2020年~、第三章=2021年~):

土御門つちみかど 晴男はるお 生没:1825~1870

故人。明治維新において、新政府側について現政府とのつながりを作った人物。

当時の改暦事業に関して、太陽暦に反対し太陰太陽暦を提唱した。

だが、それが『歴』に関する土御門家の権限の喪失を招いた。


土御門つちみかど 晴永はるなが 生没:1858~1915

故人。養父・土御門晴男の死去に伴い陰陽寮を継ぐが、直後に陰陽寮が廃止、土御門は日本の編歴事業から撤退することになる。


土御門つちみかど 永栄ながしげ 生没:1890~1962

故人。土御門晴永の息子。第二次世界大戦当時の土御門家当主。日本の呪術師の総司令官として影で活躍した。

しかし、第二次世界大戦で日本が敗北すると、世界魔法結社アカデミーによる干渉を受けて、その後の勢力弱体のきっかけになってしまった。


土御門つちみかど 永時ながとき 生没:1933~

土御門永栄の息子。父の死後土御門家当主をついで、宿敵である蘆屋一族との同盟を推し進め、長年の確執を終わらせた。


土御門つちみかど 治正はるまさ 生没:1942~2018

土御門家の傍流に生まれた世界魔法結社アカデミーの魔法学者。『汎魔法論』を完成させ、現代魔法の基礎を打ち立てた現代魔法の父。


土御門つちみかど 永昌ながまさ 生没:1965~

土御門永時の息子。稀代の陰陽師であると同時に、世界魔法結社アカデミー所属の魔法使いでもある。


蘆屋あしや 咲菜さな 生没:1974~2005

土御門永時の娘。永昌の妹。ある事件をきっかけに蘆屋道禅と恋仲になって後に結婚、間に娘・真名をもうける。

このことがきっかけで、土御門と蘆屋は同盟を結ぶことになる。

死怨院乱月の魔の手から真名を守って死去。


土御門つちみかど 咲夜さくや 生没:1992~

土御門永昌の娘。蘆屋真名のライバル。稀代の術具職人であり、その道では世界的に有名な天才職人。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=984391252&s
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ